一人、洞窟を彷徨う
突然背中の壁が消え、後ろへ倒れ込むときにぐにょんと妙な感触がした。何かの膜を通り抜けるような感じ。
それと同時に、私の横をすり抜けてゆくフードの人物を一瞬、視界の端に捉えた。
(あっ……!)
しかし、顔を見ることは出来なかった。
無様に尻もちをつき、顔を上げると……目の前はもうただの壁だ。
そして、周囲は真っ暗である。
真っ暗だが、私はアスラのおかげで暗闇でも目が見える。
とりあえず、無駄と思うが目前の壁を触ってみた。そして、身体強化して思いっきり殴ってみた。
……うん。
壊れないし、ビクともしないな。
特殊な魔法の掛かった壁兼扉なんだろう。
さて……フードの人物には、私が尾行けていることはバレていたらしい。その上で、ここへ閉じ込められた。
ということは、簡単には出られない場所ではないかと思う。
振り返り、後ろの空間を眺める。
入ってきた(?)ところは人工の壁だが、他は自然の洞窟のようなゴツゴツした岩肌だった。
広がっているのは、そんなに大きな空間ではない。高さは3、4メートル、奥行きは5、6メートル。幅はそれより少し狭いくらいだろうか。
奥の端の方に、私でも身を屈めなければならないような穴があった。
入ってきたところから出られないのなら、もう、そちらへ行くしかないよな……?
やはり、洞窟っぽい。
とはいえ、多少は人の手が入っているのか、天井や壁はぼこぼこしているが足元はそこそこ平らである。歩きやすい。
また、一部、天井や壁も荒く削られているところがあるので、通りにくい箇所は広げているらしい。
歩き出して5分ほどで、二股に分かれている場所に着いた。
どっちへ行こう?
何かの書物で、人間は左右に分かれた道で左に行くパターンが多いと読んだ。
じゃあ、反対の右にしておくか。
ついでに火竜のナイフで簡単に目印を付けておく。
―――そうして体感的に6時間は経っただろうか。
迷った。
いや、迷うというか、この洞窟から出られそうにない。
今、私はかなり下層にいると思う。
目の前には、水が流れている。流れは速いし、深そうだ。
喉が渇いていたので、有り難く潤わせてもらったが……この地下水の流れに身を任せて外へ出る作戦は、止めておいた方がいいよな……?
ほんの少し先で、洞窟が狭くなっている。
顔を出す隙間はほとんど無いだろう。
どこかの川とすぐ繋がっているならいいが、何キロも地下を流れていかなければならないとしたら、さすがに身が持たない。
ずっと歩き続けていたので、腰を下ろして休憩する。
体は疲れていないが、延々と正解の見えない洞窟迷路を解こうとするのは疲れた……。どうせなら、地下ダンジョンっぽく魔獣でも出てきたら気分転換にもなるのに、蟻一匹、いやしない。
何か出てこいよ……真っ暗で、閉ざされた空間を1人でウロウロし続けるのは、さすがに気が滅入る……。
それにしても……護衛者の武術大会はどうなっているだろう?
私が行方不明だと騒ぎになっているだろうか。それとも、逃げ出したと思われているのか。
どっちにしろ、ここへ誰かが探しに来ることはないだろうなぁ。
少なくともリーゼッテは私を探すだろうが、こんな洞窟にいるとは微塵も思うまい。
自然に出来た洞窟を、なんのためか人の手で歩きやすいように加工はしているが、どうも長く使われていない場所のような気がする。
崩れて通れなくなっているところが結構あったのだ。
おかげで何度も途中で引き返し、どこをどう歩いたか分からなくなったという次第である。
一応、目印は残しているが、洞窟が複雑すぎて全体像はさっぱり掴めない。
少し前からアスワドやアスラに喚びかけているが、そちらの応答もまったくない。
参った。
ここまで手詰まりになるなんて、滅多にない体験だ。
……仕方ない。気持ちを切り替えるために、少し眠るか。
起きたときには、気分がすっきりしていた。
硬い地面の上で寝たにも関わらず、体に痛みのある部分は特にないので、短い間しか寝ていないだろう。30分も経っていないと思う。
煮詰まって思考力の低下していた頭が働き始める。
さて。
どうやってここを脱出するかな。
私の想像だが、この洞窟は―――城からの非常脱出用に作られたものではないかと思う。
それ以外で、こういう洞窟の存在理由が思い付かない。人の手は入っているのに、明かりは設置されていないし、案内標識もない。
アスラやアスワドに呼び掛けられないことも、光属性の強い守護が掛かっていることを意味するだろう。
もしものときに皇族が逃げ出すための脱出路だとすれば、納得だ。
突き当たりだけ、石造りの壁になっている行き止まりが3つほどあった。入ってきたところもそうだが、その3つも出口になっていそうだ。もしかすると、他にもあるかも知れない。
もちろんどの壁も全力で殴ってみたが、傷一つつかなかった。
そして―――崩れている通路。
あれは、自然に崩れたのだと判断していたが。そのうちの1つだけ……今、すっきりした頭で考えると、人為的に通れないようにしたのでは?と思える通路があった。
1箇所、洞窟の幅いっぱいの大きな岩で塞がっている通路があったのだ。そして細かい瓦礫で、隙間がみっちりと埋まっていた。
他の崩れている通路で、そんな大きな岩はなかった。あの1つだけが、明らかに変だ。
うーん……。
あの塞がれた通路は……洞窟の上層部にあった。上ってゆく通路の先にあったのだ。
もしかすると、城へと繋がる道だったりするだろうか?
だとすれば。
……あのルートは行かない方がいいな。
使われていない(しかも忘れ去られている可能性もある)通路から城に出たら、問答無用で捕まえられ、処罰されそうである。
となると……頭の中で、歩き回った通路をなんとなく立体図にしてゆく。
空間把握能力が優れている訳ではないので、おおよそでしかない。が、学園の競技場そばの小屋から入ったとして、あの上にある塞がった通路の先が城だとすると……うん、外街区の外れにある丘辺りに出るのでは?と思われる出口があるな。
よし。
石造りの壁の行き止まりの1つに行く。
私の頭の中で描いた地図が間違っていたら悲惨なことになりそうだが……誰もいない地下通路でただ死ぬのを待つより、やれることをやった方がいい。
私は拳を強化し、思いっ切り―――ジャンプして天井を殴りつけた。
『ある……!主殿……!』
遠くでかすかな声が聞こえる。
アスラだ。
私は土砂に埋もれた体を必死に動かす。
石造りの壁は魔法で硬いが、他の洞窟部分なら破壊出来るのでは?という目論見は正解だったようだが……やはり地上まではまあまあ距離があったな……。
なんとか土砂から右手と顔を出し、ぽっかり上に空いた穴を眺めて、私はぼんやり思った。
ただ、穴から見える感じでは、周囲に家などはないようなのでホッとした。
かなり上の穴の縁に、白く小さくアスラの姿が光っている。
土砂から顔を出した私が見えたようだ。アスラはすぐに飛び降りてきて、人の姿になった。
「アスラ……その姿になるな」
まだ、周りには誰もいないだろうが、他の人に見られると大変だ。白い髪の美少女は、明らかに異質である。
しかし、アスラは赤い目を光らせて怒った。
「莫迦者!急に主殿の気配が消えて声も届かなくなるから、妾がどれほど心配したと思うておる!」
「うん。でもこれは不可抗力で」
「わかっておる。じゃが、許さぬ」
「……後で説教はいくらでも聞くよ。とりあえずその前に、ここから出たい。アスワドは?」
結構がっちり全身が埋まっていて、あまり動けない。
よく顔が出せたものだ。出来ればアスワドに周囲を掘ってもらいたいんだが。
「犬には、モシャ娘から離れるなと命じておる。モシャ娘も狙われるかも知れぬでな」
なるほど。
アスラ、頼りになるじゃないか。
「この穴は……主殿が開けたのであろ?その瞬間、主殿が何処にいるか分かったので、妾は飛んできた。今……」
アスラが穴を仰ぐ。
「バカ鳥が人を連れてこちらへ向かっている。あの菓子男とか、モジャヒゲとか」
えーと、それはヒルムートやナルドのことだろうか?
そうか。こんな遅い時間までヒルムートを引き留めることになってしまって、申し訳ないな。
―――アスラが私の周囲の土砂を軽く撫でた。
少しだけ考え込んだあと、私の右手を掴む。
「身体強化をするが良い」
「?……分かった」
私が頷き、身体を強化した途端……ぐいっと引っ張られ、すぽーんと私の全身は土砂から抜けた。
……アスラ。
すごい力持ちだな……。
リンの気配が消えて、犬猫鳥は大騒ぎでした……。(普通ならパニックになるリーゼッテが宥めて回らないといけないくらい)




