第二戦は……
控え室の一室でオーディスから渡されたのは、丈夫そうなシャツだ。
「白羚獣の毛を織り込んでいる。白羚獣の毛は魔法を弾く効果があるので、中程度の魔法なら問題ないだろう。そして、刃物の攻撃にもそれなりに耐えられるはずだ」
シャツを検分していたら、オーディスが仕様を淡々と説明してくれた。
白羚獣……初めて聞く名だ。
どうやらかなり北の方に棲息する、鹿のような魔獣らしい。
騎士は着用している者が多いそうだが……これ、まあまあ高価な輸入シャツではないだろうか。眼鏡のためとは言え、随分いい品を貸してくれるんだな。
とはいえ……
「学園から支給される防護服よりも防御効果が高いのは反則ではありませんか」
「何を言っている?」
私の問いに、オーディスは額に皺を寄せた。気難しそうな顔がますます気難しそうになる。
「これよりも良い下着を着用している者も多いだろう。何が反則なんだ?」
「え?」
「……お前は、異国民で平民だ。ここの常識を知らないのは仕方がないが……八大公爵家の者を護衛するならば、もっと勉強するべきだ。それでは主を護れない」
「……はい」
常識……?
私が首を捻っていると、コルネリアが部屋に飛び込んできた。
「ああ、ここにいたのね、リン!もうすぐあなたの出番よ、早く用意して!」
「あ、うん」
もう少し詳しくオーディスに聞こうとしたが、そんな暇もなく私は部屋から引っ張り出された。
コルネリアが「早く早く!」と急かしながら、私の手元を見る。
「あ、主が用意していた方を着るの?じゃ、着替えてるって審判に言ってくるから、急いで着てきなさいな」
うーん……まだ釈然としていないんだが、せっかく用意してくれたんだ。一応、着ておくか。
次の対戦相手は、同じ護衛術の授業を受けている級友(?)だった。私に嫌がらせをしてきたことのある女子だ。
舞台に上がるなり、彼女から好戦的な笑みを向けられた。
「ずっと、あなたと思いっきり戦いたかったのよ。ようやく対戦できて、うれしいわ」
ふうん、そうなんだ。
私も、こういう場なら遠慮なくやり返せるから嬉しい。ぜひ、思いっ切り掛かってきて欲しい。
体から余分な力を抜いて、どのようにでも動けるようする。
パァァッ……!
開始の魔法花火が上がった。
「平民のくせに……あなた、本っ当に生意気なのよっ!」
開始の合図とともに彼女は叫んで、何かを上に投げた。
投げたが、丸い玉に勢いはなく、ゆっくりと上へ浮いてゆく。そして、彼女から2メートルほど上になった途端。
カッ!
強烈な光を放った。
光った、と思った瞬間に私は目を瞑り、斜め前方へ飛ぶ。
もちろんあの一瞬でも、強烈な光で目は眩んでいる。が、舞台の全体は把握しているので、視界がなくても飛ぶ位置は間違えない。
玉が放った光は凄まじく、恐らく会場のほとんどの人の目が眩んでいることだろう。最初から目を瞑っていたとしても、目蓋を通して焼かれたのではないだろうか。
「死ね!」
斜め後ろで相手の叫びが聞こえた。
と同時に、ドッカーン!と大きな爆発音がして爆風が吹き荒れる。
……え?
今、「死ね」って?
思いっきり戦いたかったとか言ったくせに、戦うんじゃなく爆弾で殺そうと?!
一度ぎゅっと瞑って、私は目を開いた。身体強化の力を目に回したので、もう視界は戻っている。
相手は、あの光を防ぐためだろう、ガラス板のようなものを目の前に翳して、私が最初に立っていた位置の方を見ている。私が閃光の瞬間、移動したことには気付いてないらしい。
私は音もなく彼女の背後に立った。
「……もっと正々堂々とした手段で戦いを挑んでくるかと思ったのに。残念だよ」
「ヒッ!」
後ろからそっと声を掛けたら、ギョッとした顔で振り返った。
目が合ったので、にやっと笑いかける。そして、さっと彼女の首に左腕を回して再び背後に回った。
先ほどよりも低く、耳元でゆっくりと囁く。
「ちゃんとした勝負ならいくらでも受けるが……次もまたこんな卑劣な戦い方をするなら、二度と戦えないように両目を抉り、全身の骨を砕いてやる」
言いながら、右手で彼女の片腕をぐいっと捻り上げる。
一瞬、相手は抵抗したが、身体強化している私にはまったく抵抗になっていない。ビクともしないことを悟るなり、彼女の顔から血の気が引いてゆく。
「い、いや……!ご、ごめんなさっ……!!」
弱々しい声がその口から漏れる。カタカタと小さく震えだした。
……うーん。
これじゃ、まるで私の方が悪役みたいだ。
ま、いいか。これでもう私に喧嘩を売る気にはならないだろうし。
私は軽く彼女の首を絞めて、気を失わせた。力加減は、バッチリだ。
―――さて。
審判の方を見たら、ポカンとした表情でこちらを見ていた。
良かった、あの閃光で目は眩んでいなかったらしい。さすが審判。
でも驚いている様子を見ると、彼も私が移動していたことに気付かなかったのだろうか?しっかりしてくれ。
私が気を失った相手を指すと、審判はコクコクと頷き「勝者、リン!」と叫んだ。
よし、これで2勝。
しかし、ちっとも戦った気がしない。
控え室に戻ると、またリーゼッテがいた。
アスワドがちゃんと横についている。
「しゃちょー……じゃなくて、リン!あの、あの……ご、ごめんなさい!」
「何がですか、お嬢さま。……というか、一人で歩き回らないでくださいと申し上げたはずですが」
いつものチワワサイズではない大きなアスワドがリーゼッテのそばに鎮座しているので、みな、脅えて端の方に固まっている。これなら危険はないだろうが、かといって周囲を威圧しまくっているのも問題だ。
リーゼッテの背を押して私は控え室を出た。そのまま観客席の方へ向かいながら、尋ねる。
「何があったんですか?」
「な、何もないです。そうじゃなくて、あの、周りの話を聞いてたら……みんな、じ、自分の護衛に魔道具とかいろいろ渡しているらしくて。制限はあるらしいんですけど。でも、わ、私、そういうこと知らなかったから、社長には何も用意しませんでした。そ、そしたら、さっきからすごい戦いばっかりじゃないですか?社長、大丈夫ですか……?」
なる……ほど?
もしかして、これがさっきオーディスの言っていた"常識"だろうか。
コルネリアもコルネリウスもナルドも……私の世話を焼くなら、まずはそういう常識を教えてくれたらいいのに。




