この細い目は気に入っているんだ……!
商会設立となったので、フレディスにそのことを話に行く。リーゼッテも一緒だ。
フレディスに、ベラルダ夫人が商会長になると伝えると仰天された。が、彼女から、"実は自分も新商会のためにすぐにでも学園を退職しようと思っている"と聞かされて、私たちも驚いた。
「フレディス先生は、化粧水の顧問として参加していただければ十分なので、学園を辞めなくても……。もしかして、学園の教師は副業禁止ですか?」
「いいえ、そんなことはありません。しかし、学園は学術研究機関でもあるため、教師は学生に教えるだけでなく、研究もしなければなりません」
私の質問に、フレディスは沈痛な顔で答えた。
「私はもう……美に関する研究以外のものには携わりたくないのです!」
フレディスによると、帝国学術学会は、美肌効果のある薬草などの研究は浮ついたものだと認めてくれないらしい。なので今まで、表面上は火傷の薬草治療の研究をしていたそうだ。
さらに研究成果は、数年ごとに学会で研究発表をしなければならない。
ということで、フレディスはダミーの研究をしつつ美肌薬草研究もしていたため、かなり大変だったのだと切々と訴えた。
「日中は教師としての仕事、そのあとは二つの研究。薬草は育てて薬効成分を抽出するまで時間が掛かるし、その薬効成分の効果を確かめるまでも時間が掛かります。美しい肌のため、より良い成果を出そうとすると、もう、余分な時間を割いていられないのです!」
「そ、そうですか」
まあ、フレディスがそれだけ熱意を持っているというなら、新商会の商品開発部の中心となってもらった方がいいだろう。とはいえ……
「まだ、計画は始まったばかりです。これからアインベルガー領で薬草園を作るところから始めます。もちろん、フレディス先生のお力は必要なので、協力いただけると有り難い。でも、教職の方は今年度末までされては?学園側も混乱するでしょう」
うんうんと横でリーゼッテも頷く。
何ごとにも事前準備は必要である。思い立ったが吉日という訳にはいかない。
「…………分かりました」
ちょっぴり不満そうだったが、フレディスはおとなしく私たちの提案を受け入れた。
さて、リーゼッテのダンスの授業が始まった。
そして何故か、その授業で私は女生徒からモテモテである。
「リン!どうか、わたくしの相手をしていただけません?」
「まあ、わたしの方をお願いします」
「いいえ、わたしが先ですわ!」
……男子生徒からの視線が痛い。
うう、まさかこんなことになるとは!
―――事の起こりは、ダンス授業前日のことだった。
リーゼッテが珍しく、級友の女生徒といろいろ話をしているなと思っていたら……寮の部屋へ帰るなり、興奮して言われた。
「社長!あ、あ、明日は私のダンスパートナーになってください!」
「は?」
「何年か前にですね、とある公爵家のご令嬢が……は、初めてのダンスは婚約者と踊りたいと言って、授業では、じゅ、従者とダンスをしたそうです。それ以来、希望する生徒は従者や護衛とのダンスが認められるんですって!」
んん?
従者とのダンスはファーストダンスにならないのか?
というか、ダンスを習得するには相手が必要だ。学園の授業も、あくまでダンスの練習である。その練習相手は、ファーストダンスの相手とみなされないと思うんだが。
私が首を捻ると、リーゼッテはがしっと私の手を握った。
「む、昔の公爵令嬢のヘリクツはどーでもいいんです!とにかく、これを利用しない手はありません。婚約者がいるのに他の男子生徒と仲良くなっては心配だという親の意見もあってですね、じゅ、従者とのダンスはOKなんです!というワケで、明日は社長と踊りますからね!これなら、皇太子と踊ることもありません!」
なるほど。
また、私が女だというのもポイントが高いらしい。
リーゼッテは、いまだ婚約者のいない身だ。女の私相手なら、「もしや従者と……?」などという妙な勘繰りもされなくて良いのだという。
そんな訳で、私は半ば強引にダンスレッスンに引っ張り出されたのだが。
レッスンが始まると、リーゼッテと同じく男子生徒と踊りたくない女子から、次々に相手を願われる事態となった。特に下位貴族の女子が多い。
どうやら、私相手だと気楽らしい。
なにせこのクラスには皇太子だの、八大公爵家のゼックスバッハ家の坊っちゃんがいる。
もちろん、彼女らには彼らとお近付きになりたい気持ちはあるが……あまり上手くない段階で相手の足を踏んだりしたくないのだ。高位貴族の子女は家でダンスレッスンを受けているが、下級貴族の場合は授業で初めてダンスをするという子も多い。その心配は当然のものだろう。
ということで、下手でも足を踏んでも問題のない私と踊りたいそうである。
「それに、あなたはダンスがとても上手いわ!」
私にダンス相手を頼んできた女生徒の一人がこっそり教えてくれる。
「ほら、皇太子殿下なんて、ちょっと強引で乱暴な踊り方じゃない?こっちは緊張しているのに、あんな風に引っ張られたら転んじゃう」
ちらりと横目で皇太子を見る。
うん……確かに、皇太子は相手に合わせる気が全くないダンスをしている。あれでは、相手の女子は大変だろう。
「リーゼッテさまが羨ましいわ。あなた、とても強いらしいし、こうやってダンスも出来るし。まあ、ちょっとお顔がね……もったいない気がするけど」
むっ。
ここもイケメン崇拝者か!
顔で相手の価値を測ると、損するぞ?
その夜。
食後のデザートに舌鼓を打ちつつも、リーゼッテとアスラが憮然としていた。
「社長、モテすぎですぅ。つ、次の授業からは、私の護衛だから他の女子の相手はしません!って断ろうかしら」
「馬鹿者。そもそも、モシャ娘と踊るのが納得いかぬ。主殿、妾とも踊るのじゃ!」
うーん。こんな謎のモテ方をしても、全然、嬉しくない。
そんなことを思いながら、私はふと、リーゼッテの手鏡を引っ張り出して覗き込んだ。
「社長?どうしたんですか?」
「うん……まあ、この顔は気に入っているんだが……」
ダンス中に言われた一言。
ちょっと引っ掛かる。
イケメン至上主義に一撃を入れてみたいんだよな。せっかく化粧水の商会を作るのだ。その他、メイク商品も開発して……私もメイクで大変身出来ないだろうか?この平凡な顔だと、メイク次第で大変貌できるので、面白いと思うんだが。
いろいろと考えつつ、両目を指でクッと広げた。
すると、リーゼッテが大きく息を飲む。
「しゃ、しゃしゃしゃ社長!その目……!」
「ん?」
左の瞳に、禍々しい紋様が浮かんでいる。
これは……ああ、きっとアスラの印だ。喚び出したときに、左目をえぐられた覚えがある。そのときに刻まれたものだろう。今までちゃんと見たことは一度もなかったので、自分の目とは思えず、不思議な感じだ。
「そ、それ、悪魔の印ですね?!」
「そうだな。アスラと最初に会ったときに左目が欲しいと言われた」「ど、どどどどうして、そんな印があるのに中街区の門を通れたんですか?!も、門は闇属性の検知とは別に、悪魔の印の検知もするはずです。さすがに悪魔の印のある人は通れない……!」
どうしてって……それは私には分からない。
「……うーん、目が細くてバレなかったんじゃないか?」
「糸目、恐るべし……!」
あ、馬鹿にされた気がする。
なんとなく釈然としない気持ちでいたら、興奮状態のリーゼッテがアスラを振り返って問いを発した。
「あ、悪魔は契約者に所有印を入れると聞いたことがあります。でも、しゃ、社長にはないので、てっきり、受肉していないせいかと思っていたんですが……」
問われて、アスラが深い溜め息をついた。
「いいや、妾は一番目立つ場所に印を入れたつもりじゃった。しかし、主殿の目が思ったより開かぬでのう……」
「そう……だったんですね……で、出会ったときに、細い目だなーって思わなかったんですか?」
「あのときは、妾の美貌に目を細めているだけだと思っておったのよ」
なんだ、それ。
私は一度もアスラの美貌に目が眩んだことはないぞ。
私の内心の突っ込みには気付かず、アスラは残念そうに私を見る。
「派手に顔に印を刻む者もいるが、妾はそういうのは好みではない。なので瞳が一番、派手でお洒落だと思っておったんじゃが……正直、失敗であったな……」
リーゼッテも気の毒そうな顔になった。
「ま、まあ、でも、そのおかげで帝国で無事なワケですし。……ただ、内街区のチェックはもっと厳しいので、ちょ、ちょっと対策をしておいた方がいいかも知れないですね。帝城に行きたくはないですけど、わ、私はアインベルガー家の人間ですから、これから先、何で行くことになるか……」
アスラは鼻を鳴らした。
「ふん。この国の防御など、長い年数を経てもはや破れた紙の壁のようなものじゃ。ほとんど機能しておらん。対策など、必要なかろう」
「そ、そうかも知れませんが、念のために……」
「この目で?」
「……はい、この目でも」
2人が揃って私を見た。
なんだかムカッとするぞ……?
アスラの魔界時代の思い出をどうしても書きたくなったので、活動報告へ上げます。
おヒマがあれば、覗いてください~。




