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ゼロ転生 ~ 気ままなモブスタート ~  作者: もののめ明
成長期

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リーゼッテの密かな野望

 3人のご令嬢方との和やかなお茶会兼宿題会が終わったあと、夕食までの短い時間はフレディスとの化粧水研究だ。

 記録をつけ、それを整理することは、この頃、リーゼッテが一手に担っている。こういう仕事はとても丁寧で、綺麗で見やすく……やはり秘書的な仕事は彼女に合っているらしい。

 なお化粧水は、商品化して売り出すことも可能な段階になっていたが、これにはフレディスが反対していた。

「わたくし以外が美しくなったら、嫌ですから」

 ……なんてジコチューな。

 もっとも、これには彼女なりに深い理由がある。

 若いときに婚約者が美人な同級生と浮気している現場に遭遇し、婚約を解消したという過去だ。だからこそ、美に対する執念とコンプレックスが複雑に絡んでいるのだろう。

 婚約解消以後は男が信じられなくなり、自立した女になろうと一大決意して教師の道を選んだのだとか。

 ちなみに婚約解消した男は、浮気相手の女性と結ばれることはなく、別の女性と結婚したそうだが……

「ふふふ……結婚当時は相手の女もまあまあ可愛かったけど、今やぽっちゃり小デブのただのオバさん!そして、アイツもそれにお似合いなタプタプ腹のオッさんになったのよ!あ~、結婚しなくて良かった~」

とのこと。

 うーん……教師とて、人。妬み嫉みと無縁ではないだろう。とはいえ、こんな私怨たっぷりな面を知ると、教師として大丈夫なのだろうかと思うときもあるな……。


 その日の夜。

 夕食後にお茶を飲みながらまったりと寛いでいるリーゼッテに、私は尋ねた。

「秘書子。歌劇を観に行ってみないか?」

「歌劇?アスラさまの大好きな?」

「ああ」

 アスワドの上で寛いでいたアスラがピクンと反応する。

 しかし、リーゼッテは渋い顔をした。

「歌劇……って、つ、つまり歌う劇ですよね?」

「そうだな、歌がなかったら歌劇にはならないだろうな」

 ふう、とリーゼッテは溜め息をついた。

「私、前世からミュージカルって合わないんですよねー。ほら、突然、歌いだすじゃないですか。い、意味が分からない。現実世界で、きゅ、急に歌い出したら……引きません?」

「……そんな風に考えたことはなかった」

「そうなんですか?う、歌って愛を語られても、なんか……響いてこないですよー。ふざけてるみたい。バレエも苦手です。つ、爪先立ちでちょこちょこ踊りながら出てきたら、笑っちゃう!」

「…………」

 そうか……。

 人によって、こんなにも感性は違うのか……。

 バレエを観て、踊りに感動せず笑う人間がいるとは!

「私はバレエでもオペラでも、わりとなんでも鑑賞していた。ストーリーで好き嫌いはあるが、観ること自体は嫌だと思ったことはなかったよ……」

「そうなんですね!あ、じゃ、じゃあ、クラシック音楽も聴かれていました?」

「うん。よく音楽会へ行ったよ」

 さすがセレブお嬢さま……とリーゼッテが小さく呟いたのが聞こえた。

 いやいや、クラシックとセレブは関係ないだろう。単なる趣味の問題だ。

 リーゼッテはパタリと机の上に伏せた。

「はー……や、やっぱり、社長が公爵令嬢の方が合ってますよねぇ。どうして私みたいな庶民が、こ、こんな身分に生まれちゃったんだろ。クラシックなんて、き、聞いたら5分で寝ますよ。そんな私がダンスですって。せ、せいぜい盆踊りが限界なのにぃ……」

 盆踊り?

 私は盆踊りを踊ったことがないので、盆踊りを踊れることの方がすごいと思う……。

「でも、ど、どうして急に歌劇の話を?帝国貴族ってどっちかというと武寄り思考で、芸術方面は冷遇されてるし、歌舞音曲をすき好むのは軟弱だとかで、あまりそういうのは見ないようですけど」

 ふと、我に返ったように起き上がり、真面目な顔でリーゼッテが聞いてきた。

 私は柔軟体操を終え、リーゼッテの前に座る。

「そのことは知っている。知っているが……秘書子をダシにして、ベラルダ夫人を歌劇に連れて行こうと画策していたんだ」

「お祖母さまを?」

 思わぬ名を聞いて、リーゼッテが目を瞠る。

「も、もっとも帝国貴族らしいお祖母さまが、歌劇を観ることはないと思いますけど」

「だろうなぁ。でも、私が帝国で最初に世話になったフロストラーゲンという店のお嬢さんから頼まれたんだ。ベラルダ夫人がお硬すぎるから、少し歌劇にでも興味を持って欲しいって」

「な、なるほど。お祖母さまは華やかなドレスや帽子を好みませんもんね。か、歌劇を観てハマったら、変わるかも?ってことですよね。うーん……」

 詳しく説明せずとも、リーゼッテはエルナの意図を読み取った。首を傾げて、考え込む。

 そして、しばらくそのまま黙考を続け、何か閃いた様子で私を真っ直ぐに見た。

「わ、分かりました。では、今度、ダンスの授業が始まるけれど、き、緊張して出来そうにない。じ、実際の夜会に行くのもまだ怖いから、歌劇を観て、華やかな様子に慣れてみたい。お祖母さま、付き合ってくれませんかと、私から、さ、さ、誘います!」

 えぇっ?!

 リーゼッテからの提案に、私はビックリしてしまった。

「ど、どうしたんだ。珍しく前向きな……」

「お、お祖母さま、実は結構、綺麗なものや可愛いものを好きだと思うんです。ハンカチは、レ、レースぴらぴらの花柄のすっごく可愛いものだし、今はタウンハウスで暮らしていますが、アインベルガー家にはまだお祖母さまの部屋は残していまして。そ、その部屋の中のクッションや寝具は、これまたリボンやレースを多用した可愛いものなんです」

 い、意外だ……あのベラルダ夫人が可愛いアイテムに包まれている姿……。

「つ、つまり、本当はそういうのが好きなのに、我慢して隠しているんだと思うんですね。歌劇を観たら……あ、案外、ハマる可能性はあります!」

「なるほど。だとすれば、試してみる価値有りだな」

「はい!」

 何よりリーゼッテがやる気になっているのも良い。

 歌劇は好きじゃないし、ベラルダ夫人も苦手なのに協力してくれるとは。

 そのことを言ったら、リーゼッテは照れたように頭を掻いた。

「もう一つ、し、下心があります……。フレディス先生は、化粧水を販売するつもりがないですけど……も、もったいないじゃないですか。あれ、絶対、売れると思うんです。で、でも社長は商会をやらないと言うし、わ、私もトップに立つのは難しいし、フィータも考えてみましたが彼女も事務方です。だから、お、お祖母さまを引き込めないかな?って」

 予想していなかったリーゼッテの野望と人選に、私は目を見張った。

 まさか、そんなことを考えていたなんて。

「秘書子……商会の立ち上げを何度も提案していたが、結構本気だったんだな」

「もちろんです!わ、私は前世で、社長の秘書としてやり甲斐と生き甲斐をずっと感じていました。そして、商売の面白さも最前線で見ていたと思います!も、もう一度、あの世界に帰りたいんです!」

 そうかぁ。

 私は前世で30年ほど商売の世界を突っ走ってきたから満足しているが、秘書子は5年経つかどうかだったよな……まだまだ面白い盛りだっただろうな。

 ふむ。

 それなら、ここはベラルダ夫人引き込み作戦に挑戦あるのみかな?


 ということでその日の夜、リーゼッテは張り切って祖母宛ての手紙を書いた。

 翌日、届けてもらったら……なんとその日の夜には返事が返ってきた。

"貴方がこのような前向きなお願いをしてくるとは、大変驚きました。公爵家の娘として、いずれ社交界に出ることは必要です。今、そのための努力をするというならば、当然、わたくしも手を貸しましょう"

 ―――これは早急にエルナに連絡しなくては!

 今やっている演目、なんだろう?殺伐とした冒険物や破廉恥な不倫モノは駄目だ、何か感動的な歴史モノだといいんだが……。


 翌日、授業が終わってから、一人で中街区にあるエルナの店―――シュパーツへ行った(フロストラーゲンの一部門が中街区へ出店している形だが、扱っている商品がフロストラーゲンとは全く違うので、別店名になっている)。

 シュパーツは、最初はとある商会の一角を間借りする形で店を開いたが、すぐに人気となり、今は独立した店舗を構えている。開店のお祝いには、私も駆けつけた。

 他の商会に比べるととても小さな店だが、中街区初の平民の店だ。快挙である。

 店に着くと、ちょうど閉店の準備をしているところだった。

 中街区の服飾や宝石など高級品を扱う店は、日が暮れる前に閉めることが多い。遅くに買いに来る貴族はいないし、中街区とはいえ防犯対策として暗くなる前に閉めるのが普通だからだ。

「あら!珍しいわね、どうしたのリン」

 店に入るなり、エルナに驚いたように言われた。

 エルナの他に3人店員がいるが、みな、ケストナー侯爵家でマナー講習を受けた仲間なので顔見知りだ。

 もっとも、そのうちの1人は貴民で、ケストナー侯爵家で働いていた男性である。ケストナー侯爵がエルナのために、シュパーツのスタッフとして出してくれたのである。

「エルナ。歌劇をあの人に観てもらう件、実行することになった」

「へ?ウソ?!……ちょ、ちょっと展開が早くない?」

「私もビックリしている。いつ、どういう形で行くのがいいか、相談したいから急いで来たんだ」

「分かった、奥の部屋へ入って!」

 エルナは慌てて店員に残りの作業を頼み、私を奥の部屋へと案内した。


 高い身分の貴族が来たときに使う商談スペースだからだろう、質のいいソファや机、調度品が設えられた部屋で、エルナと2人で向かい合う。

「で?どうして、こんなに早く奥さまを行く気にさせたの?」

 ベラルダ夫人に歌劇を観せたいと言い出したエルナだが、そう簡単に事は運ばないだろうと考えていたようで。

 ソファに座るなり、身を乗り出して聞いてきた。

「リーゼッテお嬢さまが、やる気になってくれたんだ」

「あら。リンは、お嬢さまは歌劇に興味ないようだって言ってたけど、ホントはそうじゃなかったってこと?」

「いや」

 私は首を振る。

「お嬢さまは、歌劇はそんなに観る気は無さそうなんだが、ベラルダ夫人を柔らかくする作戦には前向きでね。夫人は、結構可愛い物が好きなようだから、案外、歌劇の華やかな世界も好むんじゃないかと言うんだ」

「ほーう?夫人は可愛いモノがお好きなの?それ、初めて知ったわ。ちょっと詳しく教えて。……歌劇の演目も、可愛いドレスや動物が出てくるおとぎ話のような題材がいいかも知れないわね」

 キラン!と目を光らせて、エルナは悪い笑みを浮かべた―――。


 大まかな計画を立てているうちに、すっかり遅くなってしまった。

 他の店員たちはもう帰ったので、私はエルナを中街区の門まで送って行く。もちろん、エルナの専属護衛もいるが、まだ話し足りなかったからだ。

 歩きながら、エルナが「そういえば……」と思い出したように私を振り返った。(中街区で平民の彼女が馬車に乗るのは貴民から反感を買いそうなので、中街区では馬車に乗らず歩いているらしい)

「お嬢さまがやる気なのは、どうして?」

「うん。実は、ちょっとした美容に関する商売を始めたいとお嬢さまは考えているみたいでね。でも、まだ学生だし、上に立つ性格でもない。だから祖母が商会長になってくれるといいな……と思ったらしい」

「えっ、リンのお嬢さまが商売を?」

 エルナはリーゼッテとまだ会ったことはないのだが、内気なことは私の話で知っている。意外な彼女の夢に驚いたようだ。

「そうなんだ。そのために、まず祖母の意識改革をどうすればいいか、悩んでいたみたいだよ」

「そうね。真面目でお硬い商売なら協力してくれるかも知れないけど、美容じゃあねぇ。……って、美容ですって?それ、どんな商品?」

たぶん、エルナも興味あるからだろう。

 ワクワクした目が、じっと私を見た。

「……まだ、秘密。共同開発者が売り出しには反対で、夫人の意識改革が出来たとしても、商会立ち上げが出来るかどうかは謎なんだ」

 フレディスの説得も難しそうだもんなー。こっちの問題も難題だよ。

 すると、エルナはニヤリとした。

「共同開発者って……もしかして、うちの店にリンが連れてきたあの女の先生?」

「…………」

 バレた。

 まあ、仕方ないか……フレディスは服のセンスがいまいちだったので、エルナの店で似合う色や形の服を作ってもらったのだ。

 学園の薬草学の教師であることは、そのときに説明している。平民のわたしが、何故か教師と一緒なことに疑問を挟まず、またあれこれ注文をつけることの出来る店など、中街区ではシュパーツしかない。

 そして私がフレディスと来たのは2回ほどだが、そのたった2回でも、フレディスが垢抜けて若返るのを店員も目を丸くしていた。エルナが"美容"と聞いてすぐフレディスを思い浮かべるのも当然だろう。

「いいのよー、ムリに言わなくて!でも、急にどんどんキレイになっていくから、ビックリしてたの。そっか、あの先生の説得に困っているのね?ふうん。……ねえ?そっちに関しては、私が協力してもいいわよ?」

「え?」

「彼女、結構うちの店に来てくれるの。いろいろと話をして、性格や嗜好も把握してるから……イケると思うわ。これ、今回の件の御礼ね。でも」

 そこで急にエルナは声をひそめた。

 私に近寄り、耳元でそっと囁く。

「その美容に関する商品、ぜひ、私にも格安で売ってくれない?」

 なるほど。

 それくらい、お安い御用だ。

今年もお付き合いいただき、ありがとうございました!

良いお年を~!


※ アスラはリンとリーゼッテの会話を聞いていても、「ゼンセ」や「シャチョー」の意味はさっぱり分かっていません。いつも適当~に聞き流しています。基本的に自分本位の性格なので、興味のない話はスルーなのです。

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なんだかんだ仲の良さそうなアスワドとアスラで和む お祖母さまフリフリ作戦
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