ギルと二人だけで初めて魔物を狩る
「今日はお前達だけで狩ってみるか」
それは突然のことだった。
大爪灰色熊を視界に収め、グルドが私とギルを振り返る。
私はいつも通りグルド達のサポートに入るための準備をしていたのでポカンとし、反対にギルが目を爛々と輝かせた。
「いいのか?」
「まあ、危なそうなら助けに入る」
勇み足のギルに、どうどう!と頭を押さえるのはシムだ。
グルド達に加わって8か月。今までは小物でも補助しかさせて貰えなかったのに。どういう風の吹き回しだ?
「どうした、リン。不安なのか?」
「えええ?リンちゃんが不安になったら、地震が起こるんじゃなぁい?」
「いやいや、嵐が来るだろ」
「ちがう、ちがう。魔王がやって来るぞ、うちの娘に何してんだコラァッて」
「うわぁ、やべぇ!」
馬鹿か。
「思ったより大物で初戦を飾らせてくれるから、どうしてか不思議に思っただけだ」
「簡単に狩れてもつまらんだろう?」
「そりゃ、まあ」
「じゃ、難しく考えずに行ってこい」
バシン!と背中を叩かれた。
痛いなとグルドを睨んだら、娘の成長を見守る親のような目を向けられた。……気持ち悪い。
「で、どうする?」
―――グルド達から離れ、2人になるとギルが真顔で相談してきた。私は眉を寄せた。
「張り切ってたんなら、オレ1人でも行く!くらいの気合を見せろよ」
「あのな~、さすがにオレ1人で倒せると思うほどには自惚れてねぇよ。とりあえず、最初にオレが目を潰す。そのあと、2人で剣でいくか?」
ギルが鞭と剣を持ち上げて言うので、私は考え込んだ。
剣技の腕はギルの方が完全に上だ。だが、強化の使える私でなければ、熊の腕や首は落とせないだろう。大爪灰色熊の皮膚はかなり硬い。
「うーん……2人で上手く連携が取れるか、あやしいしなぁ。ひとまずギルは後方支援に回ってくれるか?私が思いっきり剣を振り回したときに危ない」
「分かった」
私は腰に差していた双剣を鞘から抜く。背が高ければ大剣をぶん回すのだが、今はまだチビ。攻撃回数が多くなる双剣を最近は好んで使用している。ガフの打った自信作は、非常に斬れ味が良くて使い易い。
トントンと軽くジャンプし……私はギルと目を合わせ、頷いた。
一気に走り出し、前へ飛び出る。熊の意識が私へ向いた途端、横からギルの鞭が伸びて熊の目を潰した。すごい、2つ同時だ!
しかしその瞬間、凄まじい咆哮が周囲に響き渡った。間近で食らった私は思わずよろめく。……やばい、耳がやられた?!平衡感覚が狂ってこれはマズいかも知れない。
クラクラする頭を振ったら、もう熊の腕が目前だった。咄嗟に双剣でガードするものの、吹っ飛ばされる。
受け身を取ってすぐに起き上が―――駄目だ、バランスが取れない。
目を潰されたはずなのに、真っ直ぐ私へ向かってきた熊にタイミングを合わせて、とりあえず無理矢理に上へ飛んでそのまま転がる。なんとか受け身は取れたのでダメージは無い。
熊がすぐに向きを変えた。再びこちらへ向かってくる熊に、今度は鞭が巻き付く。
私の動きがおかしいので、ギルが足止めをしようとしたのだろう。だが、悪手だ。熊は即座に脚にまとわりついた鞭を掴み、振り回した。
あー……ギルが空を飛んでいく……。
くっそぉ、初戦でこれはあまりにも情けない!しかも私は一撃も入れてない!!
一瞬だけ、目を閉じて意識を額に持って行く。脳内を活性化させ、強化を頭に絞るのだ。
効果はすぐに現れ、眩暈が治まって私は急いで立ち上がった。
突進してくる熊を見据える。
呼吸を合わせて。
深く体を沈め―――勢い良く斜め上に飛び出し、その力を利用して熊の右腕を切り落とした。よし!
また、あの恐ろしい咆哮が周囲に轟く。しかし今度はそれを予想して耳の意識を切っていたため(これも身体強化の成果だ)、大丈夫だった。すぐに次の攻撃に出る。今度は左腕……!
ガッ!
さっきよりも勢いをつけていたはずなのに、弾き飛ばされた。
え?
驚いているうちに熊の反撃が来た。
必死でかいくぐり、背後からもう一度、左腕。……駄目だ、全力で斬りつけたのに全く刃が通らない!何故?!
混乱しながら三撃目に移ろうとしたら、光が一閃した。
グルドの大剣が、熊の首を落としていた。
「どうだ。いい経験になっただろう」
「……ああ」
「ウフフ、納得いかない顔してるわねぇ」
気を失ったギルを回収し、介抱をするザグが笑う。
その横ではグルドとシム、アラックが手際良く熊を解体中だ。
私は、グルドを見上げた。
「何が敗因だ?」
「灰色熊は怒れば怒るほど、皮が硬くなる。リンの腕なら、最初っから首を狙わないとムリだな」
なるほど。それは知らなかった。
「そうか。……首は太いし短いから、あの一瞬で狙いを定めて上手く落とせる自信がなかった」
「じゃあ、せめて脚を切った方が良かったかもなぁ。まあ、腕よりも脚の方が硬いが」
「硬いのか」
「ああ。さらに首はもっと硬い」
「……じゃあ、無理だな」
「そうだな」
はあ。
かなり腕は上がったと思っていたのに。
「普通は3~4年、先輩狩人に付いて基本を学ぶ。魔物の弱点や習性、土地の特性も覚える必要があるからだ。しかも親が狩人でない限り、始めるのは14、15才くらいが一般的だな。それを考えれば、その年で俺達に付いてきて死にもせず、充分役に立ってることは驚きだよ」
「ま、アナタ達はビックリするほど筋がいいからねぇ、今の調子で2年も真面目にやってれば、かなりの腕前になるんじゃなぁい?でも、この仕事はミス1つが命取りよ。リンちゃんは同じ失敗はしないけど、知らないことには対応できないでしょ?まだしばらくは大人しくアタシ達の後に付いてきなさい」
「……ありがとう」
ポツリと言葉を漏らせば、全員が驚愕の目で私を凝視した。
「えっ……どうしたの、リンちゃん」
「頭を打ったのか?!大丈夫かっ」
素直に礼を言っただけで、随分な言われ様だな……。
「偶然拾った私やギルの面倒をみる義理はグルド達になかっただろ。だけど、丁寧に戦いの基本や狩りの仕方を教えてくれた。それに感謝しないほど、私だって馬鹿じゃない」
つい口を尖らせてそう返したら、アラックが赤くなって向こうを向いた。
「な…なにを言いだすんだ。オレ達が子供を適当に放りだすほど、非道なワケないだろ」
「よく言うわぁ。アラックが一番、リンちゃん達が加わることに反対してたくせにぃ」
「ちょ、そんなこと今、言うなよ!」
ふふ。
人面鳥に掴まって空を飛んだときはどうなるかと思ったものだが……良い出会いが出来て、私は本当にラッキーだな。
 




