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ぼっち魔女、看取ります  作者: 人藤 左
9/23

started/死が二人を別つまで

 ボクたち『ナナホシの魔女』が数百年前に魔王を打ち倒した時に受けた呪い。


 千年の寿命という途方のない時間は、燃え尽きる間際になってついにボクを苛み始めた。


「いやだ、いやだ、いやだ……」


 余命十年。

 そうなってようやく、それが真に呪いであったことに気付かされた。


 世界を救ったのち、気味が悪いと疎まれるようになってから数百年、孤独だった。たまに関わった人たちも、ボクより先に死んでいく。


 老いて枯れることを許されないボクは、みんなに置いてかれるばかりだった。


「ひとりは、いやだ……」


 ボクはなんだったんだ? 何度試しても、痛いだけで自らの命は断てなかった。


 残り十年。

 ボクは誰だったんだ? 魔女。ステラ・エトワール。それがなんだ?


 残り十年。


「残り、十年……!」


 あれだけあった時間が、もうそれだけになってしまったその日。

 ボクは、人売りからとりわけ賢そうな子供を買った。


 少年、シオン・ソーファーは、ボクが家に連れ帰って被せられた袋を取るなり、

「きれいな髪ですね」

 そう言った。


 魔女であるボクを象徴する、みんなが忌避する、薄桃色の髪。

 ボク自身ですらくすんで見えたそれは、小さい手に触れられただけで輝いて見えた。


 ……気がつけば、ボクは年端もいかぬ少年に、全てを話していた。


「大変ですね、魔女さま」

「うん」

「寂しい、のですか?」

「うん」


 無駄に長く生きてきた自覚はある。スラムに引きこもってどれほど経ったことか。いまでは、世の中知らないことの方が多すぎる。


 寂しい……そう、寂しいのだ。


「ひとりは寂しい」

「そうですか」


「ひとりで死ぬのは、……………………、いやだ」


 気付けばボクは、少年を抱きしめていた。いや、抱き返していた。


「魔女さまは、ぼくが助けます」

 涙を押し殺した声で、シオンは宣言する。


「むりだよ。そういう呪いだもん」

「助けます。待っていてください」

「…………」

「待てますか?」


 その目はウソをついていない。


「わかった。待つよ、何年でも」


 いくつかの魔術を展開する。道標、時空間接続、その他諸々。それらを束ねた魔力は門の形をとった。


「まずは家にお帰り。ボクは待ってるから。……待ってるからね」

「はい!」


◆◆◆


 余命半年。

 ボクにはもう、本当に時間がない。


 シオンもきっと、あんな小さいころの約束なんで忘れてしまっただろう。


 気を紛らわせるための酒場通いもやめて、家にやけくそな数の結界を張って引きこもることにした。


「失礼します」


 そんなある日。


「魔女ステラ・エトワールさまですね?」


 不慣れながらも何重にも束ねたメチャクチャなプロテクトが一瞬で突破されてしまった。


「っ……」


 普段訪問者はいないし、並の魔術師にはどうにもならない障壁を構えていたので、ボクはお風呂上がりのささやかな楽しみとして、裸で過ごしていたのだった。


「……ヘンタイ」

 《暗闇(ブラインド)》……一時的に死角を奪う魔術をかける。


 幸い抵抗はなかったので、急いで服を着る。


「すごい……詠唱省略(ファストスペル)なんてレベルじゃありません! やはり魔女ステラ・エトワールさまですね?」


 訪問者は感嘆しながらボクの名を呼んだ。ヘンタイと彼を評したが、なかなかに窓を射ているようだ。彼はヘンタイだ。


「あだっ」

 慌てていたのと、そのヘンタイがあの日の少年に似ていることに気を取られて、ボクは下着姿の巾着オバケの姿で転んでしまう。


「支えてくれたっていいだろう⁉︎」

「いやほら、見えませんし……」

「あの扉を開けたんだ。解除どころか、そもそもレジストだってできたじゃないか!」

「見られたくないのかと……。それに、すごいファストスペルだったので受けずにいられず……」


 ……嬉しいこと言ってくれるじゃないの。


 って、そうではなくだね!


「わかった! キミがヘンタイでもなんでもいいから、ボクを助けてくれ! はーやーくー!」

「では失礼して……っフ」

「笑い事じゃないんだぞー!」

 


◆◆◆


「で、だれ?」


 紅茶とクッキーを差し出す。しばらく手をつけていなかったけれど、大丈夫大丈夫。


「覚えていませんか? 十年前、あなたと約束した……」

 ――。

 そうか。

 やっぱりキミか、シオン。


「十年……? すまないねぇ」

 待っていた! と抱き着きたいところだったが、ボクはオトナなのだ。なんとしても、この美しく逞しく育ったシオンから求められたい。


「では改めて。魔女ステラ・エトワールさま。どうか、このシオン・ソーファーに、あなたを看取らせてほしいのです」

「――――」


 120点がきた。


 ……きちゃった。


 決意を秘めた眼差し。たまに外に出るだけのボクでも知っている、宮廷の大魔術師。『教本の偶数ページよりシオン・ソーファーのページは多い』という文句には笑ってしまったほどだ。


 そんな彼が、ボクを看取るという。


「――――」


 そうか。

 それだけの人物になってなお、ボクの呪いを解くには至らなかったか。


「……あの、」

「す、すこっ、すこし、待って……」

「はい」

 ボクは助からないというのに、とても嬉しかった。ボクの心のキャパシティから溢れた分が、涙としてこぼれていく。


 ……。

 …………。


「はぁー……、よし。それで、なに? ボクになんの用?」


「はい。酒場にある依頼書を見ました。魔女ステラ・エトワールを看取る、という依頼、俺に受けさせてください」


「キミ、わかって言ってる? 看取るっていうのは、ボクが死ぬのを見届けるって意味だよ?」


「わかっています。そのために宮廷の魔導院で勉強してきました。あなたに、最高の最期を迎えてもらうために」


 あれ?

 あれれ?


 目をじっと見る。ウソではない。


 ……? ボクの最期を見届けるために、勉強?

 え?

 忘れている? 約束を?


 あれ?


「その、ステラ?」

「少し泣くので、待っていてほしい」


 そうか。10年だもんな。忘れたり、知らぬ間に変わってしまうってこともあるだろう。あるだろうさ。


 でも寂しい! 寂しいぞシオン!


 こんな子どもみたいに拗ねて泣いているところはあまりにも恥ずかしいので、寝室に逃げ込む。いま張れるだけの結界もありったけ。


「そういうわけにはいきませんよ」


 突破されてしまった。ノータイムである。


「その涙も見せてください。ステラの全部は、俺のものです」


 そうして彼は、シオン・ソーファーはボクに言った。

 ……あの日のキミではなくなってしまったようだけれども。

 愛の告白と殺し文句を引っ提げてきてくれたのだ。


 最期の時間全部、キミに捧げるとも。


不老不死(厳密には違いますが)の鬱屈とした感じを書きたくて仕方ないので書きました


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