警戒・撤退・依頼
ズギ村。
宮廷の庇護下にある離れの領地です。
「うああああ! シオンが村を練り歩いている!」
「シオン! シオンだと⁉︎」「子どもたちを家に! 犬もしまえ!」「シオンだ、シオン・ソーファーだぁーッ!」
「……」
俺を見た途端、村人たちは凄まじい勢いで家に隠れます。逃げるとき転んでしまった子を抱き起こした母親の顔など、人の愛を感じさせますね。
「……はぁ」
「……シオン。キミ、ここでなにしたんだい?」
ステラからの視線も冷たい。どうせまた、みたいなニュアンスがひしひしと伝わってきます。
「魔王崇拝の教徒が儀式を広めていたので、俺が収めました。ちょうどあそこに見える教会跡が現場ですね」
ちなみにその向かいに建てられたテントが、現在の仮設教会だそうです。
「何かの爆心地みたいになってる……。しかしだねシオン、それでどうしてこんな扱いを? 誤解されてるなら、解けばいいじゃないか」
「できないんです。事情を説明すれば当然、あの儀式や邪教徒が本物だったことを証明してしまう。それよりは、実際に暴れ回った俺が恐れられていた方が安全でしょう」
「……ふぅん」
納得していないように鼻を鳴らして、しかしステラは俺に半歩寄ってきました。どうやらご理解いただけたようです。
「ステラって、結構態度に出ますよね」
「出ない。ボクは千年生きた大魔女だぞ?」
「そうですか。とりあえず村長さんに挨拶していきましょう」
「出てないよね……?」
◆◆◆
「困ってる人? そりゃあシオン、君が突然村に来てパニックが起きたのは困り事だが……そうだな」
立派な白髪のネク村長は、蓄えた顎ヒゲをいじりながら答えてくれます。
とても柔和な方なのですが、人見知りだからかステラはまた借りてきた猫のようになってしまいました。
「ひと月前か、村の近くにゴブリンが巣を作ったらしくてね。宮廷とは正反対で、被害もまだ農作物と子どもが襲われたところを村で撃退できたからと、取り合ってくれなかったのだ」
「初耳です。その話は誰に?」
「初耳? 直訴状の宛名はブライ宮廷魔導院院長殿にして届けたはずだが」
「……そうですか」
野良ならともかく、ゴブリンの巣があるというのはよくないことです。このひと月、畑と少しの怪我人で済んでいることが奇跡と言えるでしょう。
「よその話ですが、斥候のゴブリンが村に現れてから全てを奪われるまで、2週間ほどだったと聞きます。早ければその日の晩だった、ということも……」
魔生物図鑑第1巻『凡例 魔物の脅威』50ページあたりより引用。数ある魔物の中でも特に卑劣かつ狡猾、残忍な生態として紹介されています。
「そんな……。シオン、あぁシオン、どうか村を……!」
村の平和が(今日俺が来て乱れに乱れたという見方もできますが……)薄氷の上にあると知ったネク村長は、顔を真っ青にしながら俺の手を取ります。
「いいかな、ステラ」
「…………うん」
「実は俺、この間宮廷魔導院をクビになりまして……。いまはこちらのステラ・エトワールに雇われています」
「ども」
ステラが小さく会釈すると、ネク村長は目を丸くしました。
「クビ……? シオンほどの魔術師が?」
「クビになりました。ので安心してください。宮廷に頼むよりも安く、今回のお話を請けましょう」
「本当か⁉︎ よかった、よかった! 下手な宮廷魔術師が来るくらいなら、シオンに10万……いや、シオンなら50万チップでも惜しくない! それこそ、100万でもだ。……で、いくらでやってくれる……?」
……お金の話の上手い村長です。一般的な相場から俺個人への期待額、そして上限額についても、右肩上がりに提示していって相手の気をよくさせ、さらに相手に選ばせることで良心のブレーキを働かせようとしている。
「いくらでもいいんですか?」
「あ……、あぁ! 村が滅ぶかどうかなんだ、額なんて二の次だよ」
「そうですか。では……」
「……」
固唾を飲むネク村長。
「こちらのステラ・エトワールを村のみなさんに紹介させてください」
「は?」
「え?」
「お代はそれだけで結構。お金に不自由はしていませんし、ゴブリン退治とやらもステラのためですから」