謝礼・目標・距離
「もう出てきて大丈夫ですよ、ステラ」
……。
出てきてくれません。
「ステラ、ステラ? もう大丈夫ですよ?」
「…………ほんと?」
少し色褪せた花畑に一歩。
「もう頭掴んでこない……?」
ん?
「頭、ですか?」
「開花直前のドラドレイクを……素手でやったんだよね?」
「素手、ですね。魔力を吸われるわけにはいかなかったので」
「人間を辞めたご経験は?」
「ありません。……散々な扱いですけど、ステラもできますよ、これ」
「はぁー! これだから宮廷出のエリートさまは!」
ぷりぷりするステラを先頭に、街に戻ります。
おぶったアルの娘さんは次第に寝息を立て始め、よだれでしょうか、背中が少し濡れてきました。
「コツさえ掴めば誰でもできますよ。――着きましたね」
城門前。
「シオン様!」
今朝の衛兵さんが駆け寄ってきます。
交代までに間に合ってよかった。
「命に別状はありませんが、ドラドレイクに取り込まれていたので、念のため宮廷で調べてもらった方がいいです」
「はい、はい……ありがとうございます!」
しきりに頭を下げる衛兵さん。
お礼をいうべきはこちらです。おかげでドラドレイクの細胞標本と種をいくらか採れましたから。
「あ、あの……これ……」
今にも首が取れそうなほど頭を振る衛兵さんに、フードを被り直したステラが花を一輪差し出しました。
「これは……探していた薬草! お嬢さんもありがとう! 今度ウチにご飯でもどうだい?」
「あ、いえ、あの……その……」
ステラが助けを求める視線を俺に向けてきますが、俺はアルの娘さんを他の衛兵さんに任せていたので対応できませんでした。
◆◆◆
改めて出発です。
「えへへ……」
衛兵さんに感謝され倒したステラは、とても上機嫌になりました。
「いいね、人助け」
「いいことですね」
往路半日のギズ村を目指して東へ。
「最期にもっと褒められたい」
「いいことですね」
「せっかく旅をするんだ。困ってる人を助けながらでもいいかな」
「いいことですね」
よほど浮かれているのか、歩きながら俺の周りを回るステラ。
「さっきから生返事だけど、どうしたの?」
「尾けられてるんですよ、さっきから」
開けた野原だから、と安心している旅人を狙う追い剥ぎでしょう。透明化の魔術でしょうか……目的の割に手段は器用ですね。
「気付かれちゃしゃあねぇや!」
背後に突如気配――と、男は俺を羽交締めにして、首元にナイフを突きつけてきました。
「え、そっち?」
「え、こっちですか?」
人質目的で狙うならステラでは?
「オレはな、男が情けなく女に助けを求めるのが好きなんだよ……!」
「なるほどー」
わかるんですかステラ。
「でもですね、荷物と言ってもギズ村に行くだけですから、お金しかありませんよ?」
「知ってるぜ。酒場のじいさんから聞いたからな……金持ってるヤツがそろそろ街を出るってよ」
お酒とお金が怖いおじいさんでしょう。あの人は本当、ブレなくて尊敬します。
「そうですか。金貨一枚差し上げるので、それで帰ってくれませんか?」
「ダメだね! 全部寄越しな」
「強盗といえど怪我をさせるのは忍びない。せめて捕まえるならあの子にしませんか?」
「キミってやつは! 人でなしなのか⁉︎」
「ダメだね! オレは男が殺されて成す術なく泣き喚く女を嬲るのが好きなんだ」
「……そうですか」
交渉決裂。こういう話し合いはどうも苦手です。
仕方ありません。魔術……ではやり過ぎてしまうかもしれませんね。
「では」
瞬間、俺に触れている男の体が弾けます。
「っ、い……痛えぇえぇ!」
あまりの痛みに、男はうずくまりました。特に強く俺に押し当てられていた右の二の腕は折れていることでしょう。
「あああ、腕! 胸も! 骨が!」
うるさいですね……。
「胸の骨も折れてるので、騒がない方がいいですよ。《睡眠》」
眠りについた男は、あと数時間大声を出せません。
「さて。……あれ、あれ? ステラ、ペンか何か持ってます?」
オレのペンは、さっき全身で男を殴ったことで砕けてしまっていました。安物だったのでいいんですけど。安物だったので。……くそっ。
「……いまのは」
ドラドレイクを素手で討伐してから、ステラは少し怯え気味です。困りました。
「いまのは……、人間はパンチやキックだけでなく、頭突きもできますよね?」
「うん」
「あれを全身でやりました」
「……ふーん」
ペンを差し出すのに、魔獣にエサをやるときみたいな手付きになりますか? ……はぁ。
「ありがとうございます」
懐のメモ帳を一枚ちぎり、男が噂の追い剥ぎであること、金貨一枚を治療費にあててほしいことを書いて、男の傍らに。
狼煙を上げ、彼の救助と逮捕を任せて、ギズ村を目指します。
「…………」
「…………」
「ステラ、近くないですか?」
「別に」