強敵・馬・往復
ウォルフレッドの兄貴は、幼くして宮廷魔術師となった俺の兄として導いてくれた恩人です。魔術なしで戦えば絶対に負ける相手なので、できれば戦いたくありません。
「シオン――」
そんなウォルフレッドが、馬から降り、俺に剣の切っ先のような視線を突きつけます。
「なんですか、ウォルフレッド」
あまりにも剣呑なので、ステラを俺の後ろへ。
「お前、」
汗が頬を伝います。
魔術なしなら負ける、とは言いましたが、魔術ありでも楽勝というわけにはいきません。それこそ命を懸けるとかいうような、そんなやりとりになります。
「どうしてリィン以外の女を侍らせている」
「……」
……。
「…………」
「なんとか言ったらどうなんだ」
なんとか、と言われても。
「失礼。リィンとはなんの関係が……」
リィンとは、宮廷勤めの後輩です。元気にしているでしょうか。
「とぼけるか、シオン。あんないい子を差し置いて、そのような年端もいかない少女を連れて何をしている。返答によっては見損なうぞ、シオン・ソーファー!」
ウォルフレッドの兄貴はいつも正しくあろうとしながらも、それでいてとても寛容な人物です。この手のタイプにしてはめちゃくちゃ話のわかる人なので、俺はとても尊敬しています。
「じゃあ答えますね……」
――ステラこそ俺が魔術師を志したきっかけであること、リィンとは本当に先輩後輩・師匠と弟子の間柄の域を出ないこと、宮廷をクビになったので旅をしていることを話しました。
「オレたちが静帝圏に来ている間に、そんなことが……」
そこそこの情報量だったので、俺たちはその辺の岩に腰掛けました。馬はそこらの草を食べたり、くつろいだり。騎士団の人たちも思い思いに休憩しています。
ステラは……撫でようとした馬がいいタイミングで鳴いたので怖がってしまいました。今は俺の背中に隠れています。
「へぇ、クビか。ブライのヤツ、なにを考えてやがる」
「ブライ院長、俺のこと嫌ってましたからね」
「嫌いって言っても、お前の才能に逆恨みしてるだけだろ。街のパトロールとか魔導機のメンテはどうするんだ?」
「さて。引き継ぎは不要とことだったので……」
「俺たちの手伝いは⁉︎」
この世が終わるかのような形相で、ウォルフレッドが俺の方を掴みます。
「おそらく他の方が……」
「他っていっても……シオンはいいのかよ」
「俺は別に。愛弟子……後輩のリィンもいますし、ステラとの約束もあります。ウォルフレッドや騎士団のみなさんとあちこち廻れないのは……ええ、少し寂しいかもしれませんが」
事務的な考えで言えば、先約はステラなのです。
「同伴の魔術師なら、当然リィンを推薦しますよ。外野の魔術師の推薦がどこまで効力あるかはわかりませんが」
「外野だろうと、シオン・ソーファーが魔術師として意見を出すなら通るだろうさ。……まぁ、お前が楽しそうならいいや。オレたちはこれから宮廷に戻るが、その愛しの後輩に何か言伝はあるか?」
愛しの、という表現はなにか引っかかりますが、目に入れても痛くない子ではあります。
リィンに……リィンにですか。
「そうですね。このノートを渡してくれますか?」
手帳サイズの、事あるごとにメモを取っているノートです。
「これを?」
「はい。西の森のドラドレイクやギズ村のゴブリン、サザン地区の精霊についてです」
半分、ステラとの旅の日記帳のようなものです。
「…………頭が痛くなるな……。西の森の、なんだって?」
「ドラドレイクです。一応駆除はしたのですが、精霊さまによると宮廷方面にイヤな感じがあるというので」
「それこそブライ院長に向けて出すべきじゃないか?」
「ギズ村のゴブリンについてはスルーされてたらしいので、あんまり……。その点、リィンなら任せられます」
「…………お前が戻ってくればいいだろう」
それはそうですね。
「永久追放ですよ?」
「知るか。本当に知らなかったからな。……頼む、シオン」
参りましたね……。
「頭を上げてください、ウォルフレッド。……確かに、リィンの手に負えない状況、というのも想像できませんが、政治が絡んでくると……というのもあります」
「……シオン!」
「いいですか、ステラ」
いつのまにか馬の背に乗っていたステラに声をかけます。彼らはとても賢いので、どんな素人が乗ってもとりあえずその辺を歩いてくれる紳士なのです。俺もお世話になりました。
「馬の礼だ、いいよ。……お礼ついでに下ろして……」
「ヘリオスもいいですか?」
心地よい暖かさを放つ頭上に声をかけます。
「よくてよ。正直、あまり気乗りはしませんが……生まれ故郷の居心地が悪いまま、というのもよくありませんもの」
「ありがとうございます」
一路、宮廷方面へ。
「助かるよ。予備の馬を貸そう。シオンはステラさんと乗ってくれ」
「はい。ステラ、そのまま降りずに乗っててください」
「え、えぇー……」




