上杉との約束
天藤桃香が桜ノ宮を部屋に招き入れていた一方。
妹である天藤紫音もまたとある人物を部屋に招き入れていた。
「ったくこんなところに呼び出しやがって。一体何のつもりだ」
机に出されたコーヒーを一服し。
だるそうな声色を上げながら、天藤の部屋のソファにまるで自分のソファのようにだらしなくもたれかかる男子――クラスメイトの上杉佐助である。
「まさか俺にも勉強会に参加しろとか言うんじゃないだろうな。言っとくが自主勉なんて勘弁だ」
この時期に呼び出しなんて、勉強会のことに決まってる。そう予想する上杉。しかし天藤は首をふる。
「用件はそれじゃないわ。確かにあなたがもっとクラス協力してくれたら嬉しいけれど、あなたのことだからどうせ言っても無駄だとわかっている」
「へっ、よくわかってるじゃんか」
「今回は球技試験のときにあなたと交わした約束を守るために来てもらったの」
「む、なるほど。そのことだったか。よく覚えていたな」
上杉は 合点がいったようにうなづく。
「バトルロワイヤル試験、あなたの代わりに御神楽を倒した者を見つけるための手がかりを教えるわ」
天藤は球技大会で上杉にピッチャーとして出場してもらう見返りとして、上杉にNの手がかりとなる情報を提供する、という約束を交わしていた。
天藤としてもその正体は桜之宮と言いたいところだが、本当に御神楽を倒したのが桜之宮という確証はなかった。
バトルロワイヤル試験の当時、天藤は別のところでD・Eクラスの連合軍と戦っていた。だから御神楽が倒された決定的なシーンを見ていない。そのため彼を負かしたのが桜之宮幸成であると、100%断言できないのだ。
もしかしたら桜之宮以外にもとんでもない実力を隠している生徒がいて、その人が何らかの方法で御神楽をやっつけたのかもしれない。
だからこの場において、桜之宮のことについては明言することはできない。
だから彼女は自分なりにあの試験の場で何が起こったのかを推理していた。
(私があの試験で知っていることは3つ。1つ目はバトルロワイヤル試験で、上杉君が御神楽を倒したというアナウンスによる結果。つまり、桜之宮君が直接御神楽を倒したわけではないという事実。そして2つ目は桜之宮君が上杉君と御神楽君の戦場に赴いたこと。2人の戦いに桜之宮君が関与していたことは間違いない。そして3つ目は――)
それはあの場にいた限られた者にしか知らされていない情報。
桜之宮が三位の加護という強力な補助魔法を使用することができるということである。
「残念ながらあなたたちの戦いを見てたわけじゃない。だけどあのとき、私はどこかしらから強力な補助魔法を受けたわ。だからあなたも同じ強力な補助魔法を受けたのではなくて?」
天藤は三位の加護の魔法について知らない体で言葉を選んでいく。
「補助魔法だと?」
「普段よりも力がこみ上げてくる感覚よ。アドレナリンとは違う明らかに恣意的に付与された魔法よ。なぜそんな魔法を私にかけたのかまではわかっていないけど」
冷静に話を立てていく天藤。
事実に嘘が混ぜながら真実味のある感じで話していく彼女の姿を見て、上杉はまんまと素直に信じる。
「補助魔法はありえない。あのとき俺は確かに御神楽の一撃を受けて敗北したはずだ。補助魔法を受けてあいつを倒したなんて俺が記憶操作されてない限りありえない話だ」
「え、そうなの……」
自分の考察に自信のあった天藤だが、上杉から予想しない答えが返ってきて言葉につまる。
(どういうこと? 桜ノ宮君がバフをかけたんじゃないってこと。じゃあ一体あの状況でどうやって……)
答えは上杉に変身して殴った、である。
しかしその答えに行きつくには至ることはない。
「自分の予想が外れたのが信じられないみたいだな。まあはじめからアンタのことには期待してなかったから気にするなよ」
柄にもなく天藤をフォローする上杉。
「あなたに気を遣われるのって結構屈辱ね」
「ふん、好きに言えばいいさ」
そう言いながら上杉はコーヒーをゴクリと飲み干した。
「それじゃあ用件は済んだから帰る」
軽く伸びをして帰り支度を始める。
玄関前へ行き、そそくさと靴を履いて外へ続くドアノブに手を掛ける。
「ちょっと待って! 一ついいかしら?」
天藤は咄嗟に呼び止めた。
「なんだ?」
「うん、やっぱり……なんというかあなたのことを放っておくわけにも行かなくて」
「……それはどういうことだ?」
「自覚はしているけれど、私は昔から結構優秀な人間でね。私についてくれる人は周りにいなかったわ。別にそれが嫌だったというわけではないけれど。それでも家の事情のために、ずっと一人で努力してきた。だから一人でいるのも結構好きなタイプよ」
天藤家の後継者を決めるための兄弟姉妹間の争い。そのために彼女は幼い頃からストイックに己を磨き続けてきた。高みを目指すため、友人関係などは全て犠牲にしてきた。
「ふーん。だからなんなんだよ」
「私も前までは一人でいいと思ってたんだけど、この学校に入ってクラスのみんなと少しずつ協力する機会が増えてきたの。それも案外悪くないわ。別にあなたにそれを強要しようとは思わない。だからあなたに差し支えない範囲で、私と知り合い以上友人未満みたいな関係を初めてみるのはどうかしら?」
天藤紫音もまたこの学校に入学してから成長している。
超遠回しで不器用な物言い。要はクラスメイトとして少しでも仲良くなりたいというわけである。
「……ふん、勝手にしろ」
「上杉君らしいわね。それは肯定するという意味で受け取っておくわ。それじゃあまた明日からよろしくね」
「……ふん、好きにしろ」
そういうと上杉は俯いたまま足早に彼女の部屋をあとにしたのだった。




