Bクラスの変化球対策
週が明け月曜日。
本戦まで残すとこあと4日。予選を終えたことで校内にも変化が現れ始めていた。
「ここはオレたちの教室だ! 出ていけよ!」
「そうだそうだー」
朝の休み時間。
岸田や吉野たちが教室に来ている他クラスの生徒を追い払おうおしていた。
「他クラスの教室の出入りが禁止なんていう校則はないだろ」
「小中でも当たり前にやってただろー」
今日はいつにもまして多く他クラスの連中がうちのクラスに顔を覗かせにきている。
彼らの目的は隣席の天藤。
どうやら変化球の衝撃は予想以上に大きかったらしい。
「注目されて大変だな」
「よくそんな口が聞けるわね。ほとんどはあなたのせいよ。変化球を教えてくれたのはあなただってことを今この場で口外してあげてもいいわけだけど?」
「それは勘弁してくれ」
「なら余計な口は出さないことね」
なんというか弱みを掴まれている感じだ。
でも、なんだかんだ隠れ蓑にさせてくれてるあたり、彼女の優しさ……というか甘さなのだろうか。
「録画魔法の準備している。本格的にお前を偵察しにきている」
「そうね。流石に視線が気になるわ。スキャンダルが発覚して追い回される芸能人のような気分よ」
彼女の投球練習を撮影し、変化球の研究をするのが狙いどろうな。
偵察に来ているのは主にC、Dクラスのメンバー。逆にBクラスは誰ひとりとして来ていないのが、それはそれで不気味だが。
「この調子じゃろくに昼食もとれなさそうね」
天藤もため息を吐かずにはいられないか。
こうして精神的な負荷をかけるのも狙いの一つだろう。
「大変だよ天藤さん!」
そんななか中山が慌てた様子で俺たちの席までやってきた。
「週末Bクラスに偵察に行ってた子たちから報告を受けたんだ。Bクラスの強さのわけがわかったよ!」
「それは本当!?」
「ああ。どうやらBクラスは独自で開発した機材を使って練習していたんだ」
バッティングマシン、ノックマシン諸々のことだな。
奥田や瀬田と偵察にいったときからその方針は変わっていないようだ。あのときはクラスに混乱を持ちかけるのを避けるために報告はしなかったが。
「自動でボールを投げたり打ったりできるんだよ。マシンの数も人数分手配されていたらしい」
「自動……ということはかなり効率よく練習していたようね」
「おそらく。自分たちの実力に自信があるんだね。通りでBクラスは偵察にこないわけだ」
Bクラスの実情が明らかに。
クラスに波紋が広がった状態で一日が始まった。
◆
そして、昼休み。
相変わらず他クラスからの天藤マークは続いている。食堂に向かう天藤の後ろをゾロゾロとついている。
もしかしたら天藤はBクラスと同等……いやそれ以上に警戒されているのかもしれない。
俺も野次馬としてその中に紛れ込み、天藤の様子を確認する。
廊下を歩く彼女だったが、しばらくしてからふと立ち止まる。
「何か私に用があるのかしら?」
それは後ろのストーカーたちに向けた言葉――ではなく。
前方にいた人物に向けての言葉だった。
「大アリですわ!」
前方に現れたのはBクラスのリーダー西園寺。そして従者の山田と黒木だ。
どういうわけか西園寺はプンプンと怒りを露わにしている。
「予選断然トップのわたくしたちではなくて、アナタのような方が注目されている。これは許せないことですわ!」
開幕一番に理不尽ないちゃもんをつける西園寺。
「はあ? 一体なんなの?」
いきなりのことで天藤も困惑している。
「ちょっと曲がるボールが投げられるくらいで〜。調子に乗らないことですわ!!」
「落ち着いてくださいませお嬢様、少々熱くなられております」
興奮する西園寺をメイドの黒木が抑える。
「ああ、失礼しました。天藤紫苑、確かにアナタの投球を見て多少は驚きました。ですがその程度では臆することはなくってよ。コホン、そこでわたくし、先程執事のものに連絡してスタジアムから持ってきましたの〜」
持ってきたというのはバッティングマシンのことか。
「というわけで外まで来てもらいますわ」
「ちょっやめて、ご飯食べに行きたいんだけど」
天藤が引っ張られた腕を振り払おうとしたところ――
「お嬢に攻撃するな!!」
執事の山田がものすごいスピードで天藤の背後を取り、振り払おうとする彼女の腕を掴んだ。
「お嬢の命令は絶対だ。大人しく従え」
◆
西園寺たちに半ば強引に空きグラウンドへ連れられた天藤。
当然クラスメイトたちや他クラスの偵察組もついてくる。そして俺もその野次馬に混じった。
「ふふ。ギャラリーも多いことですし読みどおりですわね。ここならお披露目ができますの〜」
西園寺がパチっと指を鳴らす。
すると学校の外、校門の方からバタバタとプロペラ音のような音が聞こえてくる。
音は次第に大きくなり、音源が視界に映る。
上空に現れたのは小型のヘリコプターだった。
「ヘリだー」
「なんだってヘリがぁ!?」
ヘリの登場に唖然とする偵察組たち。
ヘリはグラウンドの西園寺の手前で着陸する。
「山田」
「はい、お嬢」
西園寺から目配せを受けた山田はヘリの後部から1台のバッティングマシン取り出し、マウンドに設置する。
「なるほど。これがあなたたちの……」
「オホホホー! 驚いたかしら天藤紫苑。これはアナタを攻略するために作成したバッティングマシン改でございますわー」
「バッティングマシン……」
「驚いている暇はありませんわ。さあ打席に立ってくださいまし!」
追加でヘリから取り出されたメット、バットを渡され、バッターボックスへ。
バッティングマシンというものを見るのが初めての天藤だったが、あれが何をする機械なのかは察したようだ。
「ボールが飛んでくるのね。ふむ、それならキャッチャーが必要」
「そうですわね。わたくしたちのチームのキャッチャー、山田に任せますわ」
そう言われると山田は迅速にキャッチャーミットを装着し所定の位置についた。
「いや、待って。キャッチャーは私が選んでもいいかしら?」
「まあしっかりと捕ってくれるのなら、別にどなたでも構いませんけど」
「じゃあ選ばせてもらうわ。……どうせその中にいるんでしょ、桜ノ宮君」
うわ、バレてた。
逃げるわけにもいかないので前に出る。
「俺がキャッチャーをやればいいんだな」
「ええ。あなたなら正確に球筋を見極められるはず。任せたわよ」
多くの観衆のもと、天藤対バッティングマシンの勝負が始まった。
西園寺はマシン上部の穴にボールを入れる。
「それじゃあ投げますわよー。ポチッとな」
西園寺がボタンを押すと、出口から先程入れたボールが勢いよく飛び出した。
100kmくらいだろうか。ボールはこちら目掛けて飛んでくる。
バスッ
「はい、ワンストライク」
天藤が空振りにとられる。
「こ、この球は!?」
変化量は大きいとは言えないが、ボールの回転、軌道はまちがいなくスライダーのそれだ。
西園寺が変化球を初めて目にしたのは、つい3日前のはず。それからこの短時間でここまでのものを作るとは。
次の2球も続けざまに空振りし、彼女は三振に討ち取られた。
「驚いてくれましたー? この程度西園寺グループにとっては造作もなくてよ。どうやら投げることはできてもそれを打つことはできないらしいですわね。ほらバットを渡しなさい」
今度は西園寺がバッターボックスに立つ。
「これを使って昨日はうんと練習しましたの」
カキーン
きれいなヒット。
それが示していることは一つ。
Bクラスはすでに天藤の変化球対策ができているということだ。
「そこの野次馬たちも見ています? いくらアナタたちが天藤紫苑の投球術を盗もうとしたとてムダであるということを!」
西園寺が野次馬に向けて言い放つ。
どうやらこれが西園寺たちの目的だったらしい。
「くそう! Bクラスの連中め、天藤ボール対策済なのかよ」
「優勝するためには天藤ボールの研究、偵察が必須……そう五木さんがおっしゃられていた。しかし、僕たちの行動は無意味だったというのか」
野次馬、天藤の偵察組は落胆していく。
「わかりました? アナタ達がいくら悪あがきをしたところで無意味。優勝はこのBクラスですわ〜! オーッホッホー!!」
山田がバッティングマシンを収納させると、直ちにヘリは飛び去る。
そして西園寺は高笑いを上げながら、山田と黒木を従えて教室に戻っていくのだった。
◆
西園寺の策略により、他クラスは天藤への偵察をストップした。偵察組もグラウンドを後に各々解散していった。
グラウンドに残ったのは俺と天藤だけになる。
「少しいいかしら、桜ノ宮君?」
いつもより低めの声。さっきの一件で彼女にも思うことができたのだろう。
「きっと私が投げても打たれていたわ。私は西園寺さんに負けてしまった」
その声には悔しさが滲みこんでいた。
「そうだな。まさかあの短期間で変化球対策をされるとは。俺も正直驚いた」
「でも、幸い本番じゃなかった。私はまだ諦めない」
そう言うと天藤は近くに落ちていた西園寺たちが回収し忘れていたボールを拾う。
そしてそれを俺に投球してきた。
「お前、この球……」
変化量はほんの1.2センチ。球速も遅い。しかし、ボール回転の仕方、落ちる方向はスライダーのそれとは明らかに違っていた。
「変化球って、あの方向だけに変化するとは限らないでしょ?」
「…………シンカーか」
一瞬言葉が詰まった。
スライダーのときとは違う。まさか自力で見つけ出すとは。
「なるほど。これはそう呼ばれるボールなのね」
スライダーの対策をされたなら、別の球種を覚えればいい。
彼女は最後の最後まで戦い続けることを選んだようだ。
「もしこのボールが使えるレベルになれば、西園寺たちと渡り合えるかもな。だが、本戦まであと4日しかない。スライダーを会得するのに半月以上かかった。かなり厳しい賭けになることは間違いないぞ?」
「そうね。でもやるしかないと思う。……さ、そのためにも体力をつける必要があるわけだし、お昼ごはん食べに行きましょう」
「ああ」
昼休み終了まで20分を切っている。
俺たちは急いで食堂に向かった。




