Aクラスとの同盟解除
練習会後、クラスのみんなが続々と帰宅していく中、俺は天藤の投球練習に付き合わされていた。
「ナイスボール!」
天藤の投球をキャッチャーミットにおさめる。
平均球速は120キロくらいだろうか。十分速いと思うが、岸田の140に比べると数段落ちる。どうしても性差が出てしまう。
「ねえ桜之宮君、あなたから見て私のボールはどう?」
4.50球ほど投げ込んだところで天藤がそんなことを聞いてきた。
「どうとは?」
「優勝できるかどうかってこと」
真剣な眼差しを向ける天藤。
「言っていいのか?」
「ええ。嘘はつかないでね」
天藤は覚悟を決めた目をしている。俺は包み隠さず思ったことを話すことにした。
「球速も悪くないし、それ以上にコントロールが抜群。ミット構えた位置に寸分違わず投げられるのは流石だな。野球という競技を初めて知ってから、たったの1日でここまでできるようになったのは正直驚きだ」
おそらく昨日の放課後も一人で練習をしていたのだろう。
「ありがと。ところで桜之宮君って野球経験者?」
おっと勘づかれてしまった。いや、以前岸田の球を捕球した時点で気づかれていたか。やはりあれは失態だったな。
「そうなるな。野球についてはよく知っていた」
実際経験者かと言われれば怪しいところだが。前世では中学、高校、大学と帰宅部を貫いていたからな。
「そうよね。やけに様になってるし。こうしてあなたのキャッチングを見ていると思うわ。とても初心者とは思えない」
「岸田にはバレなかったんだけどなあ。……それで、優勝できるかについてだったな?」
「ええ」
「今のままでは無理だろうな。特に球速が足りない。岸田の方が格段に速い。これは天藤の能力が不足しているから、というわけではない。女子だからどうしようもない問題だ。男子と女子とでは体の造りの差がある」
天藤自体を否定しないよう慎重に言葉を選んでいく。
その天藤は俺から視線を外すことなく、前向きに話を聞いていた。
「今のままでは……ということね?」
優勝はできない。そうはっきりと言われてもなお、彼女は諦める様子を見せない。
「そうだな……。お前ならあの球を投げられるかもしれない。ピッチャーには今のような直球の他に投げられる球がある。それは――」
天藤には変化球と制球力で相手を翻弄する技巧派ピッチャーになってもらう。彼女のセンスなら可能であると判断し、変化球のレクチャーを行うことにした。
◆
「そろそろ時間ね。おひらきにしましょう」
19時。かなり遅くまで練習したが、さすがにこの時間だけでは変化球を習得することは叶わなかった。まあ一長一短で得られる技術じゃないしな。今後も鍛錬を続け、身につけていくしかない。
更衣室で着替えを済ませ、校門へ。
天藤の姿はない。先に帰ったのだろうか。
いや、それはない。
女子の方が身だしなみに気をつける部分が多いので、着替えが遅い。天藤はまだ着替えの途中のはずだ。
10分だけ待とう。来なければ置いていく。もしこれで先に帰られていたらショックだが。
天藤を待っている間にも部活帰りの生徒が校門を次々と通っていく。授業が終われば即帰宅する俺にとって見慣れない光景だ。
しばらく待っていると、一つの集団がやってくる。30人くらいだろうか。
「おっ、これは桜之宮君じゃないか!」
Aクラス。バトルロワイヤル試験では同盟関係を結びともに1位の結果を残すことができたが、それ以降会うのは初めてだ。
桃香が見えないが、一条を始め雪下と安藤と王の姿も確認できる。
特に雪下の俺を見る目が変わっていた。何か恐ろしい化け物でも見たような顔をしている。
「試験以来だな、一条。桃香はいないようだけど」
「彼女は生徒会の仕事があるそうだから今日は不参加だ」
「そうか。そういえばあのときはうちの上杉が勝手な真似をして悪かったな」
「ん? ……ああ、あのことか。まったく秩序を乱すやつもいたもんだ! あいつには正義の心が欠片もない。そしてそんなやつに負けた自分が情けなくてならない!!」
途端に一条の機嫌が悪くなる。どうやら一条の上杉に対する心象は悪いらしい。今後一条には上杉の話を極力しないようにしよう。
「上杉佐助……憎らしいが、あれはかなりの強者だった! あの御神楽までもやったんだろ。まさかFクラスにあんな秘密兵器が存在していたとは。本当に驚かされた!」
バトルロワイヤル試験終盤で起きた本当のこと。それを知らない人からすると、御神楽を倒した上杉が超強いアサシンであると映るのだろう。一条もまたその一人である。
うむ、隠れ蓑作戦が上手く働いているという証だな。
「あれ、桜之宮君まだいたの。それに……Aクラス?」
ちょうど着替え終えた天藤がやってくる。
これ以上前の試験のことを話しても得はないと判断したので、話題を変える。
「次の試験、Aクラスは順調に進んでそうだな」
この遅い時間までクラスの大人数を率いて練習していたとなると、発進は好調のように見える。
このクラスはすでに一つのチームとして成り立っているようだ。
「そんなことはない。まだまだ課題は山積もりさ。まだ練習すら始まっていない。今日は野球のルールを理解するのに教室で勉強会を開いていて、こんな時間まで長引いてしまった。部活も止むなく欠席することになった」
なるほど。逆だったか。膠着状態だったわけだな。ルールを理解するのに苦戦しているらしい。仮にも最上位のAクラスなのに、珍しいこともあるんだな。もしかしてこのクラスは新しいものに弱いのだろうか。
「桃がいれば、もっとスムーズだったアルよ!」
一条の背中からひょっこりと現れた王舞がそう付け加える。
「そうなんだ。天藤桃香は生徒会で忙しいそうだから、今回の試験はパスだそうだ。代理で僕がクラスを導くことになった!」
「ちょっと一条君に王さん、さっきから私達の事情をそんな他クラスの人間に軽々しく話してはいけません。とくにこの人には……」
喜作に情報を提供する一条たちを参謀?の雪下が静止する。
「心配しなくても大丈夫よ雪下さん。前回の試験ではお世話になった仲でしょ。他言するつもりはないわ」
「わかってるわ紫苑さん。でもそっちの彼は……」
どうやら雪下は俺のことを恐れているらしい。
「俺たちのクラスは優勝を目指す本命チームを1チーム作った。そしてそれ以外のチームは大敗を喫さないために、優秀な生徒を各チームのピッチャーに割り当てた」
「ちょっといきなり何話してるの、桜之宮君!?」
今度は天藤が慌てる。しかし俺は淡々と話を続ける。
こちらからもある程度の情報を提供する。雪下を納得させるにはこうするしかない。
「今は中山と天藤主導のもと、練習会を開いている。今日はその初日が終わったばかりだ。そのあと天藤と投球練習に付き合ってこれから帰宅しようとしていたところだ」
「本当……なのですね?」
「ええ。彼の言ったことは事実だけど」
そう言いながら天藤は雪下たちには見えないように顔を角度を調整しながらこっちを睨みつけてきた。なぜうちのクラスの情報を勝手に漏らしたのよバカ、と言わんばかりに。
「やれやれ。こうしてお互いの情報を晒したし、前回の試験でも協定の形をとったわけだけど。それでも今後の試験、余程のことがなければあなた達と組むつもりはないとだけは言っておくわ」
詳しい事情は知らないが、きっと天藤は桃香と組むのが嫌なんだろう。前回は仕方無しに引き受けてくれたが、二度目はない。
「天藤紫苑、聞いてた通り姉と違って君とは価値観が合いそうだ。そもそも試験は正当に行うべき。僕もクラス結託はすべきでないと考えていた」
同胞を見つけたような明るい目で、天藤の意見に同調する一条。
「それじゃあ次会う舞台は試験ってことになるわね。いい結果を残すことができるよう、お互いベストを尽くしましょう!」
「もちろんだ! この試験で最高の結果を残し、クラスリーダーの座を天藤桃香から勝ち取って見せる!」
Aクラスとの結託はしない。それが決まると、その場は解散となった。
俺と天藤は変化球のことについて今日の練習の振り返りをしながら、帰路についた。




