ペア特訓、桜之宮VS一条
駅を出た俺たちは特訓場所である森まで歩いて移動する。
途中までは各々のクラスで固まりながら移動していたが、交流を図ることも大事という桃香の提案でAとFそれぞれペアを組んで移動することになった。
A組もF組も5人ずつ来ているので、5ペアできることになる。
俺のペアになったのは、たまたま近いところに居た一条という男子。
先頭を歩くのが嫌なので、歩くスピードを遅め最後尾を歩く。
「僕の名は一条真平。よろしく!」
「桜之宮幸成だ。こちらこそよろしく」
隣を歩く一条から握手を求められた。
超短髪のスポーツ刈りだが、目鼻立ちがくっきりしているイケメン。
Dクラスの不良系の丸山と髪型が似ているが、イケメン度が雲泥の差だ。
「オッケー、桜之宮君だね。こいつは僕の相棒《雷切丸》、いつも身につけている! そして趣味は修業と読書! 好きなものは正義で嫌いなものは悪だ! 君が悪の人間でないことを祈る」
一条は腰についている刀を撫でながら、元気な自己紹介を行った。
その自慢の武器から察するに刀を使うことが得意な近接型のアタッカー。
だが正義だとか悪だとか言っててよくわからんやつだ。
悪人だと敵に回されるのかな。
「桜之宮幸成。えー、魔法が少し得意だ。今までの人生で犯罪を犯したことは一度もないから悪ではないと思う」
悪認定されたくないので、ここは人畜無害な人間をアピールしておこう。
「ふーん、ならよさそうだ。ところで桜之宮君! 今回の大会のA組とF組内で同盟を組む作戦についてどう思う?」
「効率的だと思うが」
そう答えてやると一条から深いため息が漏れる。
「やれやれ君も賛成側の人間か。クラス同士のバトルなのにこんなズルい作戦あってはならない! 試験なのだから正々堂々と望むべきだ!」
一条は憤りを見せながらそのような持論を説く。
今回の合同特訓そのものを否定するような発言。
かなり後ろを歩いていたため、今の声が他のペアの人たちに聞こえる心配がなかったのが幸いだ。
「つまり一条は今回の特訓に反対ということか?」
「その通り! 実は今回の作戦の発案者の天藤桃香に抗議することも考えた」
ふーん。だが一条、真の発案者は彼女じゃなくて俺だぞ。
と言っても信じてくれないだろうな。
「悩んだ挙げ句直訴しようとした。だが直前になって、そんなくだらないことでチームに亀裂を入れるわけにはいかないと思い踏みとどまった!」
私情よりもチームの和を重んじた、と。
意外といいやつじゃないか。
こういう男のことを正義マンと呼ぶのか。
電車で痴漢とか変質者が発生したら、真っ先に取り押さえに行くタイプの人間だろうな。
「F組の俺にはすんなりと話すんだな」
「他の人間がどう想ってるのかを知りたかった。同じクラスの人間には聞きにくい事情だったから他クラスの君に聞いてみた」
「なるほど。本音は一条のように正々堂々と戦いたいと思っている生徒も少なくないはずだ。その気持ちも十分わかる。しかしこれはポイントを賭けた試験だからな。仕方のないことだと思う」
「やはりそうなのか。もっと正々堂々、清廉潔白な試験がしたいものだった。うむ、この学園の制度は是正しなければならないところが沢山ある!」
前に桃香が一条が生徒会に立候補したって言ってたことを思い出す。
一条が生徒会に立候補した理由、それはこの学園のポイント制度を変えようと思ったからなのかもしれないな。
Aクラスの人間にもそのような思想を持つものもいるんだな。
その後も俺たちは互いにコミュニケーションを深めながら歩き続けた。
森の中に入り、道なりに進んでいくと開けたエリアに到着する。道中魔物に遭遇することもなかった。
木々が生えておらず人工芝で敷き詰められたこの場所は運動するにはもってこいの場所だ。
おそらくきちんと管理された区域の森なのだろう。
魔物が出ないのも納得だ。
俺たちはリュックなどの荷物を適当なスペースに固めて置くと、それぞれ適当に芝生の上に散らばった。
「はーいみんな注目! 今回の合同特訓について説明するよー」
今回のリーダー役である桃香が呼びかける。
「今回の合同特訓ではペア練習と模擬戦を行います! まずはさっき一緒になったペア同士で互いに教えながらながら特訓を行います。そのあとAクラス対Fクラスの集団戦による模擬戦を行います! ということで早速ペア練習を始めまてください!」
桃香が手短に話を済ませると、俺たちはペアになって散り散りに移動していく。
(月島のペアは桃香か。桃香のやつ、月島に回復魔法のレクチャーをするつもりだな。気が利くことをしてくれるじゃないか。いや、それとも月島の回復魔法の才能を自分の目で確かめたいだけ……といったところか)
月島と桃香のことをはじめ、他のペアのことも気になるが、ひとまずそのことは忘れて目先のことに集中だ。
俺の相手は一条真平。
俺の見立てではこいつはAクラスの中でも桃香に次ぐNo.2のポジションの生徒。
彼の能力についてもある程度情報を得ておきたいところだ。
「さてと。早速修行だ、桜之宮君!」
一通り準備体操を終えると、一条が声をかけてくる。
手に持っているのは一本の刀。
確か雷切丸とか言ってたな。
全長1メートルほどの刀にしては大きいサイズ。
オーソドックスなアタッカーか。
「まずは互いの実力を知るためにも決闘をしよう!」
「え、これってあくまで特訓だよな? 本気で戦う気満々のように見えるのだけど?」
「当たり前じゃないか! 鍛錬の場で手を抜くことは許されない! 常に全力! それが僕のモットーだっ!」
「あの、一条はA組で俺はF組。実力差は歴然だ。本気を出されるとオーバーキルされる」
「そうだね! だが、僕はどんな相手が敵だろうと100%の力で戦う! 万一のときは天藤に治療してもらうといい」
どうやら彼の考えは変わることはないらしい。
一条と決闘か。
ふむ、ここで善戦しすぎるのはまずいな。
本気の一条相手に渡り合ってしまうと、その時点で俺が実力を隠していることがバレてしまうからな。
俺はF組の平均的な実力をもった生徒を演じて瞬殺されなければならない。
「ターン制でいこう。まずは君のターンだ。得意の魔法で好きに仕掛けてくるといい」
一条は両手を横に広げ、いつでもかかってこいと促す。
わざわざ先手を譲るあたり、負けるはずがないという絶対的な自信が垣間見れる。
俺は一条の指示に素直に従い、炎属性の基本魔法であるファイアボールを無詠唱で発射する。
詠唱という予備動作があれば簡単に避けられてしまうのが魔法の弱点。
しかし無詠唱だと発動のタイミングが取れず、途端に厄介な攻撃に変わる。
無詠唱を使えるとは思ってもみなかったのか、一条は突然放たれたそれに反応が遅れる。
しかし、間一髪のところで避けてみせた。
「むう。無詠唱か」
驚いた一条は少し唸る。
だが反応が遅れたとしても回避することができたというところなら、彼の身体能力の高さがうかがえる。
どうやら並のアタッカーではなさそうだ。
「さあ、この一撃を避けられるか?」
俺のターンが終了すると、次は一条のターン。
一条はそっと瞳を閉じ、居合の構えを取る。
刀身には紫色の雷属性の大量の魔力が流し込まれており、バチバチと雷鳴を響かせている。
「一条流剣術奥義――居合・雷!」
一条を中心に半径数メートルの円の魔力でできた領域が展開しはじめる。
おそらくこの円が示しているものは居合の領域。
この内側に入るということは敗北を意味するのは猿でもわかる。
この円に入らないように細心の注意を払わなければならない。
俺は急いで一条から距離を取る。全力でバックステップし、10メートルほど離れた。
「なるほど、これが一条の得意技」
全てにおいて全力を注ぐと言った彼が手の内を隠すような真似は行わないと思う。
ゆえにこの抜刀技がやつの本気。
「この技はあまりにも強大! そのため消費する魔力・体力もまた莫大! 今の僕では1日3回が限界だ。この貴重な3回のうちの1回を君にっ!」
一条が雄叫びとともに闘気を上げると、円の半径が急速に拡大していく。
7メートル、8メートル、9メートル。
そして瞬く間に俺のいるところまで到達する。
「抜刀っ!!」
一条は俺を感知すると、地面がめり込むほどの踏み込みを入れる。
雷のような速さで10メートル先の俺のいるところへ抜刀を繰り出してきた。
(魔眼、発動――)
俺は魔眼により、己の体感時間を超加速させる。
一条の瞬足の攻撃もこの魔眼にかかれば、カタツムリのように遅いものに感じる。
そして俺はじっくりと考える。
さて、どうしたものか――と。
ペア特訓のあとにはA組対F組の集団戦が控えている。
一条の性格のことだ、間違いなく集団戦でもこの技を使ってくるだろう。
もし今の攻撃をクラスメートの誰かが受ければ、敗北どころか回復魔法でも追いつけないような大怪我をしてしまう。
それだけは避けなければならない。
そうならないようにするには、今この場で一条に3回攻撃を撃たせなければならない。3回でPP切れになるらしいからな。
だが一条の本気の攻撃をそんなに防いでしまったら、それはそれで俺の実力が疑われてしまう。
それも避けたい。
俺はどうするべきか。
防ぐのでははなく――。
「うわっ!?」
斬撃が届く直前、俺は地面に躓いたふりをして盛大にこけることで一条の攻撃を回避した。
とりあえず運で避けましたという体にする。
「こんなところに石が。躓いて転んでしまったようだ」
転倒によって傷ついだ右膝をさする素振りをみせて、今の攻撃は偶然避けたことをアピールする。
それにしても凄まじい威力だった。
空振りしたとはいえ、斬撃がものすごい風切り音を奏でるほどだったのだから。
攻撃力、瞬発力がずば抜けている。
身体能力は岸田よりも格上と見える。
「当たらなかった!?」
一条が呆然としている隙にファイアボールを放つ。
が、刀であっさりと弾かれてしまう。
2ターン目の俺の攻撃があっさりと終了。
次は一条のターン。
一条は再び居合の構えをし、攻撃を仕掛けてきた。
しかしそれも回避してみせる。
「くっ、今度は人工芝で足が滑ってしまった」
一度目で攻撃の軌道を把握した。
力と速さに磨きをかけている分、動きが直線的で見切りやすい。
さっきよりも容易く避けられた。
魔眼を使う必要もなかった。
慣れれば天藤でも避けられるのではないだろうか。
「バカな……。またかわされただと!?」
続けて自慢の攻撃を避けられた一条は動揺を隠せないでいる。
一度ならまぐれで済ませられたが、連続で避けるのはまずかったか。
とりあえず俺のターンになったので、再びファイアボールを発射する。
今度は攻撃が命中した。
「なぜ避けなかった?」
「罰だよ。たけ続けに攻撃を決められなかった僕自身への」
そういいながら一条は再び居合の構えを取る。
「どうやら君は相当に運が良いみたいだ」
「いやあ、それほどでもー」
「だがその運もこれまでだ。僕は常に人事を尽くして生きている! だから次こそ天命は僕のところに来てくれるはず! まさか同じ相手に3回も放つことになるとは思わなかった。これで終わりだっ!!」
一条は日に打てる限界値である三度目の奥義を繰り出す。
どうやら奥義を使い切らせることに成功したようだ。
これで後の集団戦でクラスメートが大ダメージを受ける心配はなくなった。
さて、これ以上避けてしまうと面倒なことになるだけなので、大人しく負けてやることにした。