回復魔法の授業
翌週。
桃香の動きに特に変化もなく、日々が過ぎて行く。
そんなある日。
朝登校すると、下駄箱にピンク色で可愛らしい手紙が入っていた。
残念ながらラブレターではなかった。
手紙にはメルアドと電話番号が。
差出人のところには天藤桃香と書いてあった。
俺はこの学校に来て、初めて女子生徒の連絡先をゲットした。
どうやら桃香は今日、中山に接触を測ってくれるようだ。
俺はスマホを取り出す。
そして手紙を受け取った旨のチャットを送信し、教室に向かった。
今週に入って、何か変わったことがあるとすれば、それは岸田と沢村の躍進だろう。
この二人は先日バトル部の入部試験に合格し部員になることができた。
F組の生徒がバトル部に入部できたのは5年以来の快挙らしい。
合格の情報はすぐに教室内に広まり、岸田と沢村はより一層クラスメイトからの支持を集めることとなった。
「おっしゃああ! これで10連勝」
「くそっ、また篤志の勝ちかよー」
「勝もまだまだだなあ。オレ様に勝つにはあと10年早いぜ!」
休み時間。
岸田や吉野を中心に、岸田グループが腕相撲で盛り上がっている。
「調子よさそうだな岸田のやつ」
「そうね。調子に乗りすぎて足元を救われなければいいけど」
隣席の天藤は岸田のことを心配しているようだ。
「結局お前はバトル部に入らなかったんだな」
天藤も入部試験を受け、沢村とペアになり無事合格したが、なぜかこいつは入部を断ったらしい。
断らなければ、天藤の地位も上がって友達が増えたかもしれないのに。
「他クラスの情報を集めたかっただけよ。対戦相手がE組の生徒だったからあまり良い収穫にはならなかったけれど」
なるほど、天藤も俺と同じ目的であの場にいたというわけか。
「桜之宮君の方は何か収穫はあったのかしら?」
「天藤も見てただろ。Dクラスの生徒とちょっとトラブルになったくらいだ。特に収穫はなかった」
本当は大ありだったけど。
生徒会に誘われ、Aクラスと水面下で同盟を結び、お前の姉貴の連絡先もゲットしたぞ。
なんて口が裂けても言えないよな。
動きがあったのは昼休みのことだった。
食堂で昼飯を食べてから教室へ戻る道中、中山は周囲の友達に囲まれながら廊下を歩いていた。
中山はちょっとトイレだから先に行っててくれと彼らに伝え、一人になった。
俺は中山のあとをつけることにした。
中山はトイレを通り過ぎ、屋上へ続く階段を登っていく。
屋上で桃香と落ち合うことを確信する。
俺は中山を尾行するのをやめ、Uターンし教室に戻った。
その後午後の授業が始まる直前に教室に戻ってきた中山。
桃香からAF間の同盟の話を持ち出されたはずだが、彼はそのことを誰にも話すことなく平静を装っている。
「みんな席についてー。午後の授業は回復魔法学よー」
三崎先生が呼びかける。
中山のことも気になるが、午後の授業が始まった。
「魔法は大きくわけて3種類存在するよ。水原さん、わかるー?」
「攻撃魔法と補助魔法、それから回復魔法です」
「正解よ!」
一番前に座る水原は淡々と答える。
先生はその3つを黒板に書く。
「小中学校では攻撃魔法と補助魔法を習ったと思うわ。高等学校ではそれらに加えて、新たに回復魔法の基礎を学んでもらいまーす!」
へー知らなかった。
回復魔法って高等以降の範囲だったんだな。
月島は回復魔法の才能があるのにどうして使わないのだろうと不思議に思っていた。
その疑問が解けた。習ってなかったんだ。
この世界でまともな小中学時代を過ごせなかったから、そういう常識については疎いところがある。
「これまで病院や保健室などで回復魔法にお世話になったことはあると思うんだけど、習うのは初めてだよね。それでは教科書の15ページを開いてくださーい」
ペラリと教科書をめくる。
回復魔法の概要が載っていた。
「回復魔法には大きく分けて2つの種類があるの。一つは患部の時間を巻き戻すことで、怪我を受ける前の状態に戻す《時間系》の回復。そしてもう一つは周囲に溢れる生命エネルギーを対象の傷に流し込む《生命系》の回復よ」
先生は教科書に書いてある内容を読み上げる。
回復魔法については国軍時代にすでに習得している。
正直話を聞いているだけ無駄だ。
「時間系の方は必要な魔力が多く技術者的にも難しいわ。この授業で学ぶのは後者の生命系の回復魔法。だからといって生命系も簡単に会得できるものじゃないということを忘れないでね。生命エネルギーを操ることは難易度が高く、魔力のコントロール技術と高い集中力が求められるわ。卒業までに基礎レベルの回復魔法をマスターできるだけで十分なんだから」
「それはつまり卒業まで回復魔法を使えない人も出てくるということですか?」
「ええ中山君。まともに扱えるようになるのはちょうど半分くらいかな」
半分。
それを耳にした途端、教室内はざわつく。
「でも回復魔法を習得できれば、前線で傷ついた仲間を治療することができる。怪我したときだって簡単に自分で治すことができる。難易度が高い分、それだけメリットも大きいということよ。だからガンバってね!」
もし大会までに使えるようになれば、かなり有利になる。
クラスメイト……特に月島や中山あたりにはぜひとも会得してもらいたいものだな。
「いきなり教科書を読んでお勉強というのも難しいと思うから、まずは手本を見せるわね。誰か協力してくれる?」
「アタシがやりまーす!」
「ありがとう沢村さん。それじゃあ前に出てきてくれる?」
沢村は先生の隣に立つ。
そして先生が内ポケットから小型ナイフを取り出す。
「えっ、ちょっミサミサ先生!? 嘘でしょ!」
沢村はいきなりナイフを突きつけられテンパる。
ミサミサ先生は容赦なく彼女の手首をを軽く切りつけた。
「あいたっ!」
沢村の手から少量の血が流れる。
「ヒール!」
まばゆい黄金の光が出血部に流れ込む。
ほどなくして傷が完全に塞がれる。
「あれっ? 痛くない!」
「とまあこんな感じよ。集中して魔力を細かくコントロールすることがコツだよ。それと一番大切なのは、相手の傷を直してあげたいという思いやりの心かな。習うより慣れろ! ということで早速みんなにやってもらうからー。お隣さんでペアになってー」
そう言いながら、先生は小さな針を配っていく。
「この針をパートナーの手に刺して傷つけてね。そして血が出るのを確認したら回復魔法を発動させて、パートナーを助けましょう! 制限時間はお互い10分ずつね」
先生の指示に従い俺たちは実践を始める。
俺のパートナーは天藤だ。
「俺からでいいか?」
「ええ。私は後半グループで構わない。ああそうそう、しくじったら殴るから」
そう言われると失敗できないなあ。
でもいきなり完璧に治療できたら、それはそれで目立つし怪しまれる。
どうしたもんかと思いながら、俺は針で天藤の左腕を軽く刺す。
そして血が出る。
「んっ。もっと優しくしてよ」
「ごめんごめん」
「下手くそなんだから」
「ヒール!」
前世のアニメとかでよく見た回復魔法をイメージしなから魔力をこめる。
「くそう。なかなか上手くできない」
と、苦戦している演技を。
といっても実際緻密な魔力コントロールが必要だから、神経を使い精神的に疲弊する。
「よし、なんとかできた」
手こずっているふりをしながら5分ほど魔力を込めを続け、ようやく止血させた。
「へえやるじゃない。桜之宮君でも苦戦するのね」
天藤が特に疑っている様子もない。
5分かかったとはいえ、初日で治療できたということはすごいことだった。
前半グループの中で治療できたのは、今のところ俺と中山だけだった。中山は3分で治療できた。
しかし、たかが針でつけた傷を治すのに数分もかかっているようじゃ、とても実戦で役立たない。
今後も修練を重ね、習得していくことになるだろう。
さて、前半グループの時間が終わり次は後半グループ。
今度は天藤が俺を刺す番。
「刺すわよ」
「あー、いたい」
天藤はヒールをかける。
「くっ!? どうして治らないのよ!」
さすがの天藤もかなり手こずっているらしい。
なんでもできる優踏生と思ったが、彼女にも苦手なものがあったんだな。
「刺した場所が悪かったのかも。桜之宮君反対の手を出して」
「はあ? なんでだよ。っ!? さてはお前また刺すつもりか」
「そのくらいいいでしょ。減るものじゃないわ。さあ大人しくして」
「やめっ、やめろー!!」
そんな感じで天藤とワチャワチャしていると、吉野の叫び声が聞こえてきた。
「うおおお!! あいつすげええ!! 一瞬で治したあ!」
吉野の視線の先にいたのは月島明里だった。
月島はペアの福西の傷を一瞬で治療していた。
「月島さん、アナタすごいわ! もう一回見本見せて!」
「おめえ矢で嫌がらせするだけでなく、回復の才能もあんのかよ! くっそ〜! オレよりも目立ちやがって〜」
沢村や岸田を初め多くのクラスメイトが月島のところに集まる。
そして月島の回復魔法を覗き込むように観察する。
注目の的となった月島は恥ずかしそうに顔を赤らめている。
アンコールを受けた月島は再び福西を針で刺し、回復魔法を披露する。
乱れのない魔力コントロールで、生命エネルギーの全てを完璧に流し込めていた。
「じ、自分でもビックリしてる……」
月島自身も困惑しているらしい。
「どうやったらそんな上手くできるの? コツとかないの?」
「うーん……わからない。でも福西君の傷が治りますようにってお祈りしながらしてるかな」
魔力コントロールや集中力だけではない。
月島にあったのは相手のことを思いやる優しい心だった。
彼女は俺の想像を超える才能を持っていた。
「月島さん、あなたに教えることはもうないわ!」
三崎先生も太鼓判を押している。
「あなたには次からの授業、私の助手として頑張ってもらうわね」
「わわ……光栄です。こちらこそよろしくお願いします!」
先生からそう言われ、月島は照れながらも嬉しそうにみえた。
そして授業も終わりに近づく。
「それじゃあレポート課題を出すから、来週までに提出してねー」
三崎先生は問題用紙を配っていく。
「うわ、ここでレポートかよ」
「まあまあそんな焦んなよ、勝」
「篤志、お前ずいぶん余裕そうだな」
「別に〜?」
入学してから2回目のレポート課題だ。
吉野勝が嫌そうな顔をする。
しかし、吉野の後ろに座る岸田篤志は特に嫌そうな顔を見せることはない。
なぜなら、俺と岸田は二人で問題を分担しあうという協定を結んでいるからだ。
俺は離れた席にいる岸田にアイコンタクトを送る。
向こうもこちらのサインに気づいたらしく、こっちをみながら親指を立ててくれた。