Dクラスからの視察
今日は金曜日なのでいつもよりテンションが高い。
ここを乗り切れば明日から休みだ。
この日はたまたま早く目覚め、いつもより早めの時間に教室についてしまった。
まだクラスメイトも数人ほどしか来ていない。
俺は窓際一番奥の列の自席に着席する。
隣で天藤が机に教科書とノートを広げ勉強している。
珍しいことにサングラスを着用している。
「おはよう天藤」
一応友達になったということで挨拶してみる。
よくよく考えると、こうやって教室で誰かに挨拶するのは初めてだ。
俺も一歩成長したかもしれない。
「……。ずいぶんと機嫌がいいみたいね」
天藤はそっぽ向いたまま機嫌が悪そうに返事する。
どうやら昨日のことを引きずっているみたいだ。
岸田チームに負けて相当悔しかったのだろう。
サングラスをかけているのは、泣きすぎて目が腫れてしまったから。
「昨日はよく頑張ったと思う。岸田たち相手にあそこまで善戦したのは誇れることだ」
そう言って彼女を慰めてみる。
だが天藤がこちらを向いてくれることはない。
「まだまだ。私には至らないことが多かったわ。あそこで水原さんの攻撃を避けられていればっ……」
天藤は唇を噛みしめる。
非常に悔しかったのが伝わってくる。
これ以上励ましても意味がないと思ったので、俺も話を続けるのをやめた。
ホームルームの時間になった。
ナチュラルメイクをキメた三崎先生が教室に入ってくる。
「今日から部活動勧誘週間に入ります。放課後でクタクタになっているかもしれませんが、興味のあるクラブに顔をのぞかせてみてください」
三崎先生が連絡事項を通達する。
部活かー。
500年後でも部活は存在するのね。
「そういえば昨日はお疲れ様ー。話は中山君から聞いたよ。トーナメントを開いたんだってね」
そして、話題は昨日の代表チーム決めのことに移る。
その口ぶりから、先生は昨日の代表チーム選抜について色々情報を取得済みのようだ。
「トーナメントで代表チームを決めるのは無難だね。最もな方法だと思うよ。中には自分の立ち位置のために強引に選ばせようとしたり、逆に誰もやりたがらずってクラスも稀にでてくるからねー」
ふーん。順当に決められただけ俺たちはマシな方だということか。
「とにかく無事代表チームが決まってよかったわ。大会、岸田君のチームには期待しているわ!」
「おう先生、まかせとけえ! オレたち岸田チームが優勝してやるぜ!」
俺たちのクラスは岸田チームが代表チーム。
攻撃力に秀でた強者揃いの5人組だ。
クラスの代表として申し分ない――と言いたいところだが。
アタッカーに偏りすぎているというのが致命的すぎる、とうのが正直なところの俺の見解だ。
「そういえばさミサミサせんせー、他のクラスはどうなったのー? まだ決まってないクラスとかある感じー?」
沢村エミィが大きく手を挙げる。
素朴だが的を得た質問だ。
「いいえ。A〜F組すべてのクラスが昨日の同じ時間に代表チームを決定したよ」
薄薄だがそんな気はしていた。
もし日がズレれば情報が漏れ、チーム決めに有利なクラスとそうでないクラスが生じてしまうことになる。
試験は公平でなければならないという観点からも、チーム決めはすべてのクラスで同じ時間に行われるべきだと思っていた。
うちの学校にはグラウンドがたくさんある。
各クラス別々のグラウンドで同じようなことをしていたのだろう。
「他のクラスの代表チームを教えてくれよ」
「あ、それアタシも知りたーい」
岸田と沢村がずけずけと質問を続ける。
しかし三崎先生は残念そうに首を振る。
「その質問に答えることはできないわ。他クラスの代表チーム情報については教えられないルールなの。ごめんね〜」
「そっか、それなら仕方ないね〜」
「ま、誰が相手だろうとぶっ飛ばしてやるだけだぜ!」
正規の方法で他クラスの代表チームを知ることはできない。
と同時にうちのクラスの代表チームが他クラスに知られることもない。
もしクライス内にスパイがいて情報を漏らされてしまえば、話は別だけどな。
そして、三崎先生はそう言ってるが、これはつまり何らかの方法で他クラスの代表チームの情報を手に入れろというメッセージだ。
果たしてFクラスでこのことに気づいているやつがどれくらいいるのか。
他に質問が出ることもなく、ホームルームが終了する。
三崎先生がいなくなった頃合いを見計らって、中山がクラス全体に呼びかける。
「みんな聞いてくれ、これは立派な情報戦だよ。くれぐれも他クラスの生徒に、うちのクラスの代表チームの情報は漏らさないように」
中山は試験の意味を理解していた。
ここまで大々的に呼びかけてくれたら一安心だ。
2、3時間目の魔法基礎の授業が終わり、昼休みの時間になる。
「さて、どのクラスを視察しようか」
上位の成績を残すため、他クラスの代表チームを見つけることに注力していきたい。
他クラスの代表チームがわかると大きなアドバンテージになる。
相手の出場メンバーがわかれば、その人の得意なポジションを調べ、対策を練ることができるからだ。
情報を制するものがバトル・ロワイアル大会を制すといっても過言ではない。
俺は廊下一番うしろの岸田の席に向かう。
昼休み始まったばかりだったので幸い彼の周りには誰も集まっていない。
「岸田。ちょっといいか?」
「お、桜小路じゃねえか。どした?」
「手短に済ませる。単刀直入に言うが、放課後付き合ってくれないか?」
「お、それは例の件か?」
例の件とはレポート課題分担のことを言ってるのだろう。
「気になる部活がある。よかったら一緒に見に行かないか?」
「なんだ一人じゃ行けないのか? しゃあねえな、一緒に行ってやるよ!」
岸田は迷うことなくOKの返事をくれた。
放課後岸田と約束をとりつけた直後のことだった。
教室の引き戸がバンッと乱雑に開けられる。
「よお。邪魔するぜー」
初めて聞く声。低い声。
見たことのない男子生徒が教室に入ってきた。
岸田に引けを取らないくらいの体の大きさ。
切れ長の三白眼で目つきが悪い。
筋肉もガッチリしている。
ワインレッドに染めた髪はワイルドな印象を与える。
さらに、取り巻きに二人の愛人のような女子生徒も従えている。
両サイドで腕を組んでいて、両手に花といった感じだ。
それだけでこの男が異常なやつだというのがわかった。
「ちょっ、なんかヤバそうなやつが来たんだけどっ」
男の登場に吉野を初めて多くのクラスメイトがビビっている。
吉野たちには目もくれず、その男は声を荒げる。
「Fのリーダーはどいつだ?」
なるほど、他クラスからの視察か。
ざんねんだがうちのクラスにリーダーなんてのは決まってないが。
学級委員みたいな制度があるわけじゃないし。
強いてあげるとするなら中山かな。
誰も返答しないので、男は教室を一通り観察する。
「なるほど、お前か?」
男は取り巻きを連れたまま真ん中の席まで歩く。
そして女子に囲まれてる中山にたずねた。
即座にリーダーを当てられてしまった。
「入学してまもないこの時期にすでに女子からの人望が厚いのは、クラスのリーダーという立派な証拠だ」
男はそんな持論を語る。
「リーダーというのははっきり決めていないんだけど。一応そう……なるのかな。僕は中山歩、趣味はスポーツ全般。君は?」
中山は男に迫られても特に臆することなく、平然と自己紹介をやってのけた。
なんなら向こうの名前まで聞き出そとしている。
こいつのコミュニケーション力はやっぱりすげえ。
「1年D組、御神楽龍之介だ。好きなものは酒、ギャンブル、女、そして暴虐だ」
御神楽と名乗る男は不敵な笑みを浮かべながらそう答えた。
「てめえ何しに来やがった!」
俺の横にいた岸田が立ち上がると、御神楽に突っかかりにいく。
「あ? おめえ入学式のときに遅刻してきたバカなやつだろ。大変だなこのクラスも。こんなアホを背負わないと行けないなんてよ」
「んだよコノヤロー!!」
岸田は殴りかかろうとする。
煽られたら激昂するのが岸田だ。
この男はそのことをわかってわざと煽ったようだが。
「やめるんだ岸田くん!」
中山が賢明に岸田をとめる。
「その手を離してくれよ中山!」
「もしここで喧嘩騒ぎになって、君が大怪我したらどうするのさ」
あ、おい中山。
それ言っちゃまずいだろ。
岸田が代表チームってバラしたようなもんじゃ……。
「怪我なんかしねえよ! なんたってオレは代表チームに選ばれた男なんだぜ」
あっ……。
クラス全員がその言葉を漏らした。
「あ、やべっ……」
岸田も遅れながら自分のした愚かな発言に気づく。
でも安心しろ、お前より先に中山もやらかしているから。
「おい岸田、何自分からバラシてんだよ〜。俺たちバレちまったじゃんか〜」
吉野、今の発言でお前もバレたぞ。
「クックック、ハッハッハー! 面白え、お前らバカすぎんだろ!」
御神楽が腹を抱えて笑い出す。
それは俺たちのことを心底バカにした、皮肉の笑い。
「岸田と、そこのチャラ男君が代表メンバーね。ってことは男子の3人目は中山だろうな。こんなバカ二人をまとめるになお前のような男にしか務まられねえからな」
初めて会ったばかりなのに、まさか中山まで当てられしまうなんて。
この御神楽という男、ふざけたなりしてかなりの切れ者だ。
「残るは女子メンバーか。チームのバランスを考えて……いや、おまえらのことだからチームバランスなんてかんがえないわなあ。どうせ《アタッカー》と《マジシャン》で固めたんだろ」
「さすがです龍之介様〜!」
やべえ、何もかも読まれてしまっている。
やはり御神楽という男は頭が良いらしい。
取り巻きの女子がここまでメロメロなのに納得がいく。
「《アタッカー》はそこの姉ちゃんか?」
御神楽は近くに座る沢村の頭をポンと触りながらそう言う。
はい、四人目当てられました。リーチです。
「な、何よ。そうだけど文句ある? というかその手をどけて!」
いつもにこやかで明るい沢村が珍しくご立腹だ。
「ちっ。そんな怖い顔すんなよ。まあいいや。あとは最後の5人目……だな」
このままでは全員当てられてしまう。
5人目の水原はというと御神楽に悟られないように必死に気配を殺している。
水原はモブ生徒Aを必死に演じている。
「あとは《マジシャン》だと思うんだよなあ。というわけでお前だろ! 昼休みにも関わらず勉強してる、いかにも魔力が高そうなそこのサングラスのお嬢ちゃん」
御神楽は天藤の席に移動する。
そして御神楽は、彼女の後ろの席である俺の机を椅子代わりに座った。
俺はこの瞬間、こいつを卒業までに退学にさせてやると決めた。
「あなた相手に隠し通せるわけないでしょうからね。そうよ。最後の5人目は私よ」
「ふーん。んじゃこれで俺様の勝ちってことだな。ってことで嬢ちゃんの面を拝ませてもらうぜ」
カチャリと天藤のサングラスを外す。
「とんだガリ勉ブスかと思ったら、めっちゃかわいいじゃねえか。名前教えてくれよ」
「そのくらい自分で調べなさい?」
「おもしれー女だな。まあいいや、Fの視察もできたことだし。俺様は帰らせてもらうとするぜ」
そうして御神楽は教室をあとにした。
御神楽が去った後、多くのクラスメイトがホッと大きなため息をつく。
張り詰めていた教室の緊張が一気に解けた。
「天藤さんありがとう。おかげで全員当てられることは避けられた」
中山が天藤にお礼を言う。
確かに天藤の嘘がバレることなく、全員当てられるという最悪のケースは避けられた。
それでも俺たちのクラスが痛手を受けたことは事実だ。
「何もおめでたくないわ。4人も当てられたのよ。この情報はきっとDクラス以外も漏れてしまうことでしょうね」
天藤は淡々と現実を突きつける。
そう、この試験は立派な情報戦でもある。
代表チームの情報が漏れてしまったことで、俺たちのクラスが窮地に立たされたという現実に変わりはないのだ。
だが、これは俺にとって好都合だった。
バトル・ロワイアル大会に限っての話だが、俺は岸田チームよりも天藤チームの方が代表チームにふさわしいと思っている。
一度代表チームとして登録してしまった以上、原則チームの変更はできない。
だが、正当な理由があればチームを変更することができる。
俺は岸田チームに降りてもらおうと思う。
その手はずを行うためにも、他クラスに岸田チームの情報が出回ってくれる方が好都合なのだ。