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薄明の輪廻

【夢の寿命の限りまで_IF】隠しキャラがアップをしている模様です

作者: 真神

▼『夢の寿命の限りまで』の番外編、且つIFルートの一つとなります。

▼原作ゲーム(架空)へと繋がる、ある隠しキャラの話です。


※某都市伝説をモチーフとしております。あしからず


 壱.


 …おう。あんたか。最近ここいらで噂になってるあんちゃんってのは。どんな噂だって? そらあ、あんた。幽霊列車のことを根掘り葉掘り聞いてくってんだ。噂にもなるさ。

 いっときにゃあそれ目当てでよそからの客も多かったしなあ…。…まぁ今でも、物好きはいるが。ハハ、そうさ。あんたみたいなもの好きが、な。噂じゃあ、中央のお偉いさんや、その子飼いの軍人も、お忍びでおいでだなんて聞くが…。…あんちゃん、まさかあんたそうじゃあないよな? …ま、例えそうだったとしても、言うわきゃねぇよな。おれも聞かなかったことにしといてくれ。

 んで……何から聞きたいんだ? つっても、おれも詳しいわけじゃあねぇ。見ての通り、学もない、なんとかかんとか文字の読み書きが出来るしがねぇ男だ。そんなんだから、幽霊列車なんてけったいなもんと出会ったのかもしれねぇが…。…はぁ、全部、ねぇ…。あんちゃん、ほんと物好きだなあ。まぁいいか。話してやるよ。おれの若ぇ頃……まだ乳くせぇガキん頃の、少しばかりさみしい話ってヤツを。

 …今も若い、って。ハハハ、ありがとよ、あんちゃん。


 弐.


 ありゃ、戦争が終わって、まだそんなにたってない頃だった。

 おれはさっきも言ったようにまだ乳くせぇガキんちょで、お袋に引っ付いてた。情けねぇなんて言ってくれるなよ? 動ける男はみんな兵隊にとられちまってたし、戦争が終わったからってそんなすぐ帰ってこれるわけでもねぇ。…まぁ、いくらたっても帰ってこねぇやつのほうが多かったがなあ…。…うちの親父もそうだったさ。ほとんど顔も声もおぼえてねぇ。お袋が後生大事にしてる写真で「この人が、お前のお父さんだよ」って言われて、分かったって頷くぐらいだ。あとは…そのたんびにお袋が涙ぐんでたぐらいだな。親父ってやつとの思い出は。…ハハハ、ったく、ろくなもんじゃねぇぜ、ほんとに…。

 …あぁ、それで…。そう、それで…おれが幽霊列車に会ったのは、そんな頃だった。まだ、親父ってやつが、いつか、もしかしたら明日、ひょっこり帰ってくるんじゃないかって、まだ…信じてた頃だ。お袋がもう泣かなくて済むかもしれねぇって、幼心にけなげに思ってた頃だ。

 夏だ。白夜の頃だった。知ってるか? ここいらじゃあ夏、太陽が一日中沈まねぇ日があるんだ。それも何日もな。って、なんだ、やっぱり知ってたか。そりゃそうか。おれの前にも、ほかの奴らから話を聞いてるもんな。あと、あんたは学がありそうな顔をしてる。ついでに言やあ、あんた、太陽みてえな髪だもんな。いや、麦の穂か? にしちゃあちょっと薄いか…。

 あぁわりぃ、わりぃ。話がそれちまった。

 夏の…白夜の頃だった。おれは森に入った。一人じゃねぇぞ。近所のガキたちと、あとなんとか残ってた大人と一緒に。近場の森だ。戦争中は軍人さんらに好き勝手された場所でもあるが、それでもおれたちの庭みてえなもんだ。勝手はこっちが知ってる。昔はシカなんかもたくさんいてよ。…そういや、親父は狩りが上手かったんだって、お袋はよく話してた。生きてたら…帰ってきたら、おれもそれをならうんだろうなってな。そう思ってた。…いや、願ってたって言うのかもなあ…。…あんなもん、見るまでは…。

 ……そうさ。あんちゃんのお待ちかね。幽霊列車のご登場だ。

 こんなへんぴな片田舎だが、これでも鉄道は通ってるんだ。あんちゃんもここに来るのに世話になったろう? んで、その線路は、森ん中にも通ってる。今じゃあさすがにどこへ続いてるのかぐらいは知ってるさ。だけどな。ガキんころは分からなかった。人も物も沢山乗せて、走って、森の奥へいっちまう…。おそろしかったなあ。他はどうか知らねぇが、おれはおそろしかった。

 もう知ってると思うが。森の中に、ちょっとばかり頑丈ででけぇ駅があるんだ。あ? なんだ、もう行ってきたってか。あんた、ほんとに物好きだなあ。いやちょっとばかり、それが過ぎるんじゃあ……いや、いいや、おれが口を挟むことじゃあねぇな…。

 ……そんな、おそろしい所に、おれはいつの間にかいた。大勢の軍人が、駅舎ん周りを囲んでるのを、見た。確かに、見たんだ。ガキだったが、それでもさすがに自分んとこの軍人さんと、帝国の軍人を、見間違えたりしねぇ。

 学のあるあんちゃんなら言うまでもねぇだろうが。ここらは戦争中、帝国の土地ってことにされてた。…あぁ、親父も帝国から移ってきたやつの一人だったらしい。お袋も、最初は嫌がってたらしいが…今じゃあ写真見て泣くぐれえ首ったけだ。そんだけイイ男だったらしい。……んで、ガキのおれは、当然というかボケーッと突っ立っちまった。戦争はもう終わってるのに、なんで?とか。軍人がたくさん、どうして?とか。とっとと逃げりゃあいいもんを、頭ん中はぐっちゃぐちゃでよ。きっと足も竦んでたんだろうなあ。幸いなことに、人や物は戦争に取られちまってたが、直接の攻撃なんざここらはほとんどなかったんだ。早い話、のまれちまってたんだろうよ。銃とか、軍人の雰囲気とか、そういうもんに、な。

 目ぇ開いて、逃げたくても動けねぇガキに、しかし当の軍人たちはなんにもしてこねぇ。むしろ、ちっとも動かねぇ。まるでカカシみてぇに棒立ちのまんまだ。間違いなくおれの事は見えてるはずだってのに、なあんにもしてこねぇ。いや、されてぇわけでもないが。とにかく、動くものなんて、時折吹く風に、軍人たちのコートの裾がパタパタなびくぐらいだった。

 そう。奴ら、コートを着てやがった。確かにここいらは寒いが、それでも夏だ。いくら何でもおかしい。おれは、ようやっと顔を巡らして軍人たちの顔を見てみた。すると、どうだ。真っ白だ。どいつもこいつも、まるで雪みたいに真っ白な顔をしてやがる。おれは息を呑んだ。口を手でおおった。でないと、魂をすいとられるんじゃねえかって、必死におさえた。

 そんな風に、おれが動いたからかは知らねぇが。軍人の一人がこっちに歩いてきやがった。背の高い奴だった。白夜の薄明かりん中で、帝国の真っ黒いコートはまるで夜が動いてるみたいだった。森の奥から、残っていた夜が這い出てきたみたいだった。

 軍人は、おれの目の前で止まった。やっぱり動けねぇおれは、そいつを見上げるしか出来なかった。帽子の下、影の中、顔は薄暗くて分からなかった。分からなかったんだ。だのに、だのにおれは…おれの口は、

「おやじ」

って。言ったんだ。手でおさえてたけれど、目の前にまで来た軍人には聞こえちまった。ゆっくりとしゃがんだ軍人の、顔が、ようやく見えた。

 親父、だった。

 薄明かりの中ではっきりしなかったくせに、親父だ、って思っちまった。親父だって、分かっちまった。コイツが、死んじまった親父なんだって…。

 分かっちまったのに、ばかなおれはまた呼んじまう。「親父」って呼べば、そいつは、死んじまった親父は、りっぱな口ひげを震わして、笑ったみたいだった。

「すまんな。母さんを頼んだぞ。父さんは、まだ、任務があるからな」

そんなことを言って、でかい手でおれの頭をわしわしと撫でる親父に、おれもこう言った。

「もう、せんそう、おわったのに? もう、死んじゃった、のに?」

声は、震えていたと思う。きっと、泣いても、いたんだろうな。親父に、ぎゅっと抱き締められた。慣れてないんだろうよ。それとも、軍人ってのはみんなああなのか…力加減ってもんを知らねぇ。ベルトやボタンなんかが当たって痛ぇのなんの。コートに埋もれて苦しいの、なんの…。…心臓の音は、聞こえなかった。分厚い、分厚い、季節外れもいいところなコートの、せいでな。

 親父がおれをはなして、立ち上がる。おれを庇うように駅舎の方、その向こうを向いて、敬礼をした。

 いつの間にか、大勢の軍人たちが列を作ってた。道の両脇にズラーッと並んで、壁を作って、敬礼していた。その間を、誰かが歩いてきた。

 軍人たちみたいな真っ黒い、でももっともっと上等な服を着た、男だった。実った麦の穂みてえな、秋の森の葉っぱみてえな金髪を後ろに撫でつけた男は、何かを、それはそれは大事そうに抱えてた。

 なにかは、女だった…と思う。花嫁衣裳みてえなドレスを着てたから、女だったと思う。ピクリとも動かない女は、目をつむっていて、寝てるのか、はたまた死んでるのか、分からなかった。……いや、女も、そいつを抱えて歩いてきた男も、親父も、ほかの軍人も、全部、ぜんぶ、死人だったんだろう…。

 そんな死人の行列を、おれは親父の足の後ろにかくまわれて、見ちまった。

 女を抱える男が、その後ろを歩くお付きたち諸共、駅舎の中へ入っていくまで。それに続いて、列を作っていた軍人たちがそのまま歩いていくのも。おれは見ちまった。

「閣下方がお戻りになられた。もう行かねば。お前も、かえりなさい」

親父はそう言って、おれの頭をぽんと撫でて、最後に背中をとんと押した。そしたら、今までが嘘みたいに、足が動いて、動いて、おれはいつの間にか駆けだしていた。

「一目、会えて、よかった。元気で、なあ」

後ろから、親父のそんな声が聞こえた。けれど、振り向きはしなかったよ。汽笛みたいな音も聞こえたけど、おれは、絶対に振り向かなかった…。

 …もし、あの時……振り向いたら。どう、なってたんだろうなあ、おれは。


 参.


 ……ざっと、こんなもんだよ。おれの、話は…。きっと、似たりよったりだっただろう? ほかのやつらのと、さ。おれも聞いたからなあ、散々。あんたが先に聞いたやつらの中には、きっとあの時一緒に森に入ったやつだっていただろうから。…お袋に、この話をしたかって? …したさ。しちまって、ボロボロ泣くお袋を見て、とんでもなく後悔したよ…。…まぁ、おれがしなくたって、ほかの…どっかのお節介焼きがいらん世話をしたかもしれんがねぇ…。…そう考えると、おれが話したので、よかったのかもな、なんて…よ。

 ………あんちゃんは、やっぱり軍人さんやお偉いさん方とは違うな。あいつらは、こんな身の上話なんてこれっぽちも求めてなくて。そもそも聞く気すらなくて…口々に「宝はどこだ」なんて言ってきたもんでな。誰も話さなくなるのはすぐだった。それに業を煮やしたのか、それとも元々そうする腹積もりだったのか…やつら、あちこち穴あ掘り出してよ。目ぇ剥いたぜ。なんでも、おれらが見た幽霊列車の正体は、金銀財宝がしこたまつまれた黄金列車なんだとさ。

 ………おれから言わせれば、手ぇ出していいもんじゃあねぇと思うけどな。

 そりゃあ、中身のお宝は奪われたもんだ、自分たちのものをとり返してぇって気持ちは分からなくもねぇよ。…だがそりゃあ、人間同士の話だ。もうあれは…あの列車は、乗るもん全部がこの世のもんじゃなくなってる。魔法が使えて、空を飛べちまえる軍人さんだっているが…それでも、そいつも人間だ。この世のもんだ。……あの世のもん…あっちもこっちも行き来するようなもんと、関わるもんじゃあねぇよ…。

 …真剣な顔だって? そりゃあそうさ。現に、手ぇ出した軍人さんらはもう何人も行方知れずになっちまってる。おれたち地元のやつだってそうだ。探しに行ってくるっつって、出てって、帰ってこなかったやつも何人もいる。他の土地に移ったんだろうって言うのも、分かるさ。でもな、違う。みんな、列車に乗っちまった。もしかしたら、軍人さんの中には乗ることさえ出来ずにやられちまったのもいるかもな。

 ……みんな、みんな、薄明かりの中にいっちまった。おれも、いつかきっと、な…。孫の写真持っていくことにしてるんだ。お袋はちゃんと顔見てからいったんだが、親父に、な…。見るか? 可愛いぞ! おれのカミさんそっくりでなあ!

 ふ、ははは。だろう。可愛いだろう。

 ……親父の、お陰…なんだろうな。親父が、助けてくれたんだろうなぁ…。そう思うおれは、やっぱりばかなんだろうな…。

 ……さて、と。おれの話はこんらいだ。なんの足しになるかちっとも分らんが…、そうなってくれりゃあ、いいな。…あ? 代金だ? たかが与太話にこんな金もらえるかよ。あわれんでるならよそへいき、……まぁ、そうだな、うまいもん、食わせてやるには…今晩の飯を、ちょっとばかりイイもんにするには、丁度いい、か…。………。…分かったよ。ありがたく、使わせてもらうぜ。

 じゃあな、あんちゃん。

 ……あんちゃん。間違っても、生きてるやつと見間違うなよ。間違っても、生きてる奴を呼ぶんじゃねえぞ。間違うなよ。おれは、たまたま、助かった。親父がいい奴だったから、かえしてもらえた。全部が全部、そういうやつとは限らねぇ。いい奴らばっかりとは限らねぇ。

 ……親の顔は、両方とも知らねぇ…か。…そいつは、わりぃことを聞いたな…すまねぇ…。

 …あんたは、きっといい人だ。飯代を恵んでくれたからってわけじゃあねぇぞ。まぁ、これも勿論あるが…。そんないい人のあんたが、これっきりでいなくなっちまったら、せっかくのうまい飯もまずくなっちまう。寝覚めが悪いってもんじゃない。おれをちょっとでもあわれくれるんなら、どうか間違えんでくれよな。…あぁ、あぁ、信じるさ。

 あぁ…じゃあな。達者で。達者でな。


 四.


 彼と別れて、歩き出しながら空を見上げる。かわたれ時に似た薄明かりが一面にひろがっていて、ぼくは何とも言えない気分になった。


「……嗚呼、嗚呼、なんて憎たらしい空なんだろうなあ。

 ぼくの目が、この色じゃないのは、なんと幸運で、幸福なことだろう」


 思わず、かざした手、その指先で目元をなぞる。


「…あまり、触ってはいけません」

「分かっているよ」


 音もなく、ぼくの半歩後ろに気配が降り立つ。顔だけで振り向けば、思った通りの人物が随行していて、ついつい笑みが零れる。黒い外套に身を包んだ彼は、ほんの少しだけ困った風に、その菫青の三白眼気味の目を細めた。彼曰く、ぼくの微笑みは母によく似ているそうだ。それを思い出して、嬉しくてさみしくなる。


「今年は、今年こそは、会えるかなあ。

 …まったく、父の独占欲の強さにはほとほと呆れる。実の子どもであるぼくにさえ、母と会わせないのだから。そうとしか思えないだろう。集めた情報を精査し、その結果にのっとって行動しているのに、だ。影すら見せない。

 ………まぁ、未だに財宝とやらを諦めていない輩を処理するには、十分なのだけれど。…むしろ、それがぼくの役目だといわんばかりだ。

 君にも、苦労をかけるね…。君だって、早く母に会いたいだろうに」

「…繰り返しで大変恐縮でありますが…。微力ではございますが、お役に立ちたいと思うばかりでございます」


 心の籠った定型文は、何度聞いても気分がいい。彼はきっと、母にも何度となくこう言ったのだろう。そういう男だから。そういう男だから、今もこうして生きている。それが幸か不幸かは、ぼくが判断することではない。ぼくにとっては幸運であることは間違いないけれど。


「……さぁ、てと。今回はあんまりゆっくりできないのが、残念だ。なにせ、伯父上直々に手紙を頂いたからね…。

 【学園に『宵の薄明』あり。見極めたくば来られたし】。…なんて、もったいぶって書いてあったけれど…。見極め自体はもう伯父上が終えているくせに、ね。まったく、悪戯好きが過ぎて恐れ入る。…まぁ、楽しいのはぼくだって好きだからね。顔を出しには行こうと思うんだ。ついてきてくれるかい?」

「当然です」

「ありがとう。母のミミズク」


 こう言えば、彼は何とも言えない顔をする。それを分かっていて、それでも口にするぼくも、大概悪戯が過ぎるのだろう。

 仕方ないさ。ぼくを育て上げたのは化け梟と名高い伯父上なのだから。


(仕方ないのさ)


 ぼくはそう心中で独り言ちて、明け方の薄明かりに染まったままの空から顔を前へと戻すのだった。


「…嗚呼、たそがれ時が恋しいなあ」


 夜が来るまで、まだまだ永い。



(21/09/12)

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