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純潔

作者: 青春病患者

手に取っていただいて有難うございます。

どうか少しでも楽しい時間になりますように。

 人は私のことを絶世の美女だと言う。

 肌は透き通る程白く、淡い表情を持ち、誰にでも平等に笑顔を振りまく。


 人は私のことを国の宝だと言う。

 その美しさ故に、私の名前は海の向こう側にまで広がり、わざわざ観に来てくれる人もいる。



 私が外に出れば、人々は揃って観に来てくれる。



 ある者は恋人を連れて。

 ある者は機械という文明を連れて。

 ある者は絶望や悲しみを連れて。



 沢山の人々が私のことを観にきてくれる。


 どんな天気だって私は綺麗だから、どんな時でも観に来てくれていた。

 私はそんな人々を見ることが好きだった。

 普通は見ることのできない、感情の中まで見えるような気がしていた。

 

 

 これが私の日常だった。

 これが私の幸せだった。






 ただ、そんな幸せな日々ばかりが続くわけはなかった。

 

 知らないうちに、どうやら私は疲れてしまっていたらしい。


 毎日毎日、皆と対話することが楽しみで、元気一杯で満開の笑顔を振りまいてきたんだけれど、いつからかそれができなくなってしまった。


 365日の毎日がどんどん少なくなっていくような、そんな気がしていた。


 事実、どうもこういう時の勘は当たるもので、私の毎日は気付けばたったの30日になっていた。


 

 

 悲しくて、怖かった。



 段々と皆の顔を見れる時間が減っていくこと。

 段々と皆と対話できなくなってしまうこと。

 段々と皆が私を忘れていってしまうこと。



 眠り続ける日々は、こんなことばかり考えていた。


 

 尽きることのない不安と心配が心臓を染め上げながら時間は過ぎていった。

 

 

 次外に出れる時には、あの恋人たちはまた来てくれるのだろうか。

 次外に出れる時には、またあの機械で私を写してくれるのだろうか。

 次外に出れる時には、あの人は以前よりも笑えているのだろうか。



 こんなことを考えたって意味がないことくらいわかっているのに。



 ーーーーーー



 永遠とも思えたそんな暗い毎日が尽き、やっと外に出れる日がやってきた。

 来る日も来る日も不安に殺されそうになりながら、この日を待ち望んでいた。

 喜びと不安が混ざり合いぐちゃぐちゃになる。

 

 身支度もしたし何度も確認した。

 忘れかけていた笑顔の練習だってした。

 

 「大丈夫」


 自分に言い聞かせるように呟き、覚悟を決め、扉を開ける。




 ーーー外はとても柔らかかった。



 暖かい風の香り。

 冷たい川の音。

 美しい木々の色。

 


 外の世界を全細胞を使って感じる。


 そして久方ぶりの太陽の光に慣れていない瞳をゆっくり開く。


 「・・・・・・ああ、この日のために生きていた」


 太陽のせいにはできない程の涙が溢れて来る。


 あの日来てくれていた皆がまた私を観に来てくれていた。



 恋人たちは家族に。

 機械はさらに大きく。

 あの人の持つ絶望と悲しみは消えてはいなかったけれど、以前よりもどこか優しい表情をしていた。



 なんて愛おしく、なんて輝く人々なんだろう。


 私を観てくれているこの瞬間だけはせめて、救ってあげたい。

 精一杯の抱擁で私まみれになる人々を見て、私は思う。


 

 皆が私を優しく染めてくれた。

 皆が私を笑顔にしてくれた。



 たった30日だけが皆に会える時間だとしても、毎年訪れるこの時間を心待ちにしながら私はまた眠る。

 


 もう二度と、私は私に負けない。

 

 


 この瞳に映るは、私の宝。


 この瞳が映すは、私の国。




 父と母から授かった私の名は


 「ソメイヨシノ」




 花言葉は


 「純潔」


 

 

いかがでしたでしょうか。

今回は春の物語でした。

個人的には好きな作品です。

あなたにとって少しでも楽しい時間になりましたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても面白かったです。謎解きになっているのがいいですね。
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