ハンターたちの苦悩
「ラーガ、もうそろそろ学校に戻らないかい?」
クルトは今なお肉食獣のように獲物を探すラーガにそう提案した。朝から始まったゴブリン狩りは既に昼を過ぎていた。天頂から降り注ぐ熱い陽光が二人の額に汗を浮かばせる。
「そう......だな」
流石のラーガも腹は減っていたのか大人しく木の上から飛び降り、すぐさま学校へ戻る準備を始める。
その間クルトはついさっきまで聞こえていたゴブリンの断末魔と生徒の声がぴたりと止まった森の奥に目を向ける。
(みんな帰ったのか、それとも......)
「クルト、帰るよ」
剣に付いた血を拭き終え、ラーガはつま先を学校の方へと向けていた。クルトもそれを見て学校の方へ足を向け、歩き出す。
騒々しかった森に静寂が舞い降り、風に吹かれた木々が不気味にその体を揺らしていた。
「な、なんだよ、これ......」
森を抜けた先に映った光景にクルトのラーガは背筋に鳥肌が立ったのを感じた。毎朝のように見てきた石畳の玄関がおびただしいほどの血に汚れ、あちこちに人体の一部と思われるものが転がっている。
鉄の臭いが二人の鼻を強く刺激し、クルトは吐き気を催してその場にうずくまる。
「クルト、立て。中を、見に行くぞ」
胃から逆流する胃液を喉元でせき止め、クルトは小さくうなずいた。瞳に小さな涙を浮かべながらクルトは立ち上がり、鼻をおさえ、目を瞑り、ラーガに口内まで引っ張られていく。
校内は、ある程度の綺麗さを保っていた。しかし、こびりついた血の臭いと廊下の所々に残る血痕がクルトの顔を歪ませる。そのままクルトたちは階段を上がり、普段使用している教室の戸を勢いよく開けた。
「っっ!」
室内の光景を見た瞬間、クルトは全身に鳥肌が立つのを感じた。ラーガさえもその場に立ち尽くすことしかできなかった。
二人が開いた教室の扉の先。そこには片腕を失くした者や両足をノコギリのような物で強引に切り落とされた者、顔の左半分が大きく抉られた者などがベッドに寝かされていた。
「クルト、先生の所に行こう」
森の中での生き生きとした表情はラーガから消え去り、微かな怯えが彼の瞳の奥に映っている。
クルトはそれには気づかず、ただコクンと頷いた。先生なら何とかしてくれるかもしれない、そんな甘い期待を込めて。
職員室の前は、無気力な生徒で溢れかえっていた。全員の瞳に朝の元気と闘志はなく、絶望と恐怖が生徒を支配している。
「もう......嫌だ」
震える声で何人もの生徒が呟いている。いつもの明るい雰囲気は、半日にも満たない時間で通夜にも負けないほどの静けさへと変貌した。
「校長先生、先生たちも、戦ってください。俺たちだけじゃ、戦えない......」
唯一職員室前にいた校長先生も、生徒たちと同じように下を向き、負のオーラを撒き散らしていた。だが、誰もそれに気づけない。自分が生きるために必死で、誰も周りが見えていない。
「私以外の教員は、皆殉職した」
重苦しく、抑揚のない声で校長先生はそう呟くと職員室の中へ入っていく。ガチャリ、と鍵の閉まる音が鳴り、また多数の虚無生徒が生まれる。
太陽は既に雲に隠れ、次第に雨を降らし始める。一切の希望を失った生徒の耳に雨が窓ガラスを叩く音が連続する。
「ラーガ......」
クルトは隣に視線を向ける。親しい友人は戦意を喪失したのかその瞳に光はない。周囲を見ても生気のない顔つきばかり。教室には大量の重症患者。
「外に、行ってくるよ」
自身の唯一の武器である短剣を強く握りしめ、クルトは駆け足で外に出た。クルトの頭の中には政府の高官が言っていた最優先事項であるという言葉が何度も何度も繰り返されている。
「あの手の命令は、守らなかったら何をされるかわからない......。誰も戦わないなら僕がやるしかないんだ。この僕が......」
クルトは短剣を胸に当て、湿った土を自身の制服に塗り始める。あっという間にクルトは泥臭く汚れた、みすぼらしい恰好へと変化する。
「僕が、やらなきゃいけないんだ」
決意を込め、クルトは森の中へと入っていった。