56歳のお兄ちゃん
初投稿です。
お気軽にお読みください。
視界が狭まっていく…
体の力が抜けていく……
くっ…苦しい………
「木市さん!!木市さーーん!!しっかりしてください!!き!い!ち!さん!!!!!!」
遠くの方から何やら音が聞こえる。
「……臓発作による意識不明の重体、倒れてから2週間が経過いたしましたが依然、目覚める様子はないようです。医師による見解では………」
「テレビ…?私はあの時急に苦しくなって……あぁ…そうか、倒れたんだったな……ははっついにきたか…もう少し……さすがに早すぎるなぁ…」
――これ以降の記憶は無い。
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56歳男性古本屋店員、木市和弘。
個人事業として立ち上げた会社が失敗してしまいアルバイトで生計を立てながら独りひっそりと、のびのびと暮らしている。
定年まであと四年。それまでこの場所に身を置かせてもらうつもりだ。
初めての経験ではあるが今までの人生で培ってきたものを生かして自給アップを目標にしている。
なんて小さな目標なんだって今思っただろう…だが私のような定年目前のおっさんにはこれくらいがちょうどいのだよ。ハハッ……
「いらっしゃいませ!こんにちは!」
心地の良い挨拶が店内に響き渡る。
それに続き私も――
「いらっしゃいませ!こんにちわー!!」
やまびこ挨拶。この挨拶は店舗にとって最大の武器であるため私も積極的に行っている。
こんな年でも元気に張り切っちゃうぞ…!!なんつって…
「いらっしゃいませ!お預かりいたします」
――ピッ…ピッ…――
「合計二点で、580円になります」
「1080円ですね、お預かりいたします!…500円とレシートのお返しになります!」
「ありがとうございました!またお越しくださいませ!!」
――「ありがとうございましたー!またお越しくださいませー!」
何とも完璧な接客だ…我ながらさすがっっ!!………
こうして自分で自分を高めていかないと活力が出ないというか、生きる力が湧いてこないのだ。
それより何か今日は息苦しいなぁ…
3月2日、季節の変わり目だし体調崩したか?頭がクラクラする感覚があったりなかったり……
んまぁ年のせいもあるしいつも通りゆったりのんびり、自分のペースでやっていこう。
「いらっしゃいませ!お預かりいたします」
――ピッ…ピッ…――
「合計4て…」
「ん?……て、店員さん…大丈夫ですか……?」
――バタンッ
「す、すみません誰か…!店員さんが急にたおれて!………」
「ちょっと木市さん!?木市さん!木市さーーん!!しっかりしてください!!き!い!ち!さん!!!!!!」
視界が狭まっていく…
体の力が抜けていく……
くっ…苦しい………
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「………」
目を覚ました。
どれくらい気を失っていたのだろうか。
だが不思議と体は元気な気がする…
見知らぬ天井にフカフカなベット。暗くてよく見えないが机の上には山積みにされた本や地球儀などが置かれている。
勉強机…か?
ここはどこなんだ??病院ではなさそうだ。かと言って自宅でも無い。
一旦起きて部屋を出よう。今がどんな状況化にあるのかを聞かなくては。
私の体はどうなってしまったのだろう…
不安が募る…
――ガチャッッッ
ドアノブに手をのばしたその瞬間、扉が私の方へ向かって……
――ドカンッッッ
「痛ぇ~~……思い切り頭打ったぞこれ大丈夫か……」
「あっ、お兄ちゃんおはよう起きてたの?今何時だと思ってんのよ、はやくこっち来な」
は?
「お、お兄ちゃん??????」
な、な、何を言っているんだこの子は……!!?!
「何寝ぼけてんのよ!早く起きろこのクズ!!もう12時よ!??」
56年生きてきて見知らぬ女の子にクズ呼ばわりされるなんて初めてだぞ……訳が分からない…
それにお兄ちゃんって…兄妹はいないぞ?一人っ子だぞ?私の見た目でお兄ちゃんってどうかしているぞこの子…!
鋭い目つきで見つめてくる…
威圧感がすごい…
とりあえずトイレに逃げよう。そうだ。そうしよう。
「ト、トイレぇ…」
「起きてきて一言目がトイレぇ…ってなめてるわけ!?!挨拶もできないなんてほんっっっとうにクズね。クズ。」
「あ、お、おはよう……ハハ…」
なんだなんだなんだ!?!この子私に対する態度が酷すぎないかぁ!??
そんなクズクズ言われたらおじさん泣いちゃうよ……!!!!
早くトイレへ…トイレどこだぁ…
聞いたらまた怒鳴られそうだしなぁ…
トイレっぽいドアは…
ここか???
――ガタガタガタガタ
閉まってる?誰か入っているのか?
――ザザーー…ガチャッ
おっ開いた…
「あ!お兄ちゃん起きた!やっと起きたー!!起きた起きたー!!わ~い!ギューする!」
「………!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
な、な何言ってんだこの子まで…!!しかも抱きついてきて……
明らかに小学生の女の子だぞ……!!ご両親に見つかったらやばいんじゃないかぁ!?!?
「ご、ご、ごめんねえ…おじさんおトイレ入りたいから……」
そーーーっと肩を触り女の子を外に避けトイレの中に…
逃げ込む…!
扉を閉める…!!
鍵も閉める…!!!
そして深く座り込む…!!!!
はい、大きく息をすってーー深呼吸ー!!!!!
「ふぅ~…」
トイレは私の絶対領域…
よし考えろ。
まずこの場所には私のことをお兄ちゃんと呼ぶ女の子が二人。
あの子たちは姉妹?
二人ともなんとなく雰囲気が似ていたような…
最近の若者はおっさんに対してお兄ちゃんと呼ぶ遊びが流行っているのか?
もしそういう趣味を持っている奴だったら間違いなく事件が起こるぞ…?
だがあのためらいのない様子を見ると…
もしかして世間的に今のトレンドはおっさん…!?!
ドラマ「おっちゃんずラブ」もやっていたしそう考えると納得がいくな…
私の時代が来るじゃないか…なんつって…
ん??
いや!あれは家族ぐるみの犯行の可能性が…
娘自ら抱きつき、その瞬間を両親が激写…!そして通報…
裁判では状況証拠があるため私には勝ち目がない…
両親の顔が今見えないのは外で通報しているから…
そして多額の金を掴み取り、跡形もなく消え去る…
テレビでよくある詐欺グループじゃないか…!
ああああああ…私の余生満喫LIFE計画が…こんなところで崩れ去るなんて…
いや待てよ…今ここで逃げ出せばまだ希望は残っている。そうだろ。和弘!
玄関はトイレの先に見えた…あそこから逃げ出せば!!それしかない!!
…ていうかここはどこなんだよーーーー……!!!!
「お兄ちゃんおトイレながーい」
「梓、ほっときなさいよあんなクズ。汚いから近づいちゃだめよ」
「はぁ~い楓お姉ちゃ~ん」
……今がチャンス…!逃げ出せ!和弘!!
そーっと扉を開ける。
――ぶわぁっっっ!!!!!!
「うわぁっっ!」
「うへへへへ!!!お兄ちゃんびっくりした?」
さっき抱きついてきた女の子が待ち伏せして驚かせてきた。
「び、びっくりしたぁ…」
「やったー!あずさの勝ち!」
何と競っているんだ…
「梓!汚いから離れなさい!汚いから!そのクズから離れなさい!汚いから!」
何回言うんだよ…
「お兄ちゃん手洗ったぁ~??」
「い、今から洗おうとしてたんだぁ~…」
「早くこっち来なさい梓!」
「お兄ちゃんがちゃんと手洗えるか見ててあげなきゃだもん」
「はぁ…全く…」
はぁ…はこっちのセリフだ。
なんで小学生に手が洗えるか監視されているんだ?私は。
ちゃんと洗うからこれ以上話しかけるなよ…
ついでに顔も洗っておこうか。
――ん?
「誰?」
鏡に映っているのは…
誰…?
明らかに私ではない。誰か。
首を振る。横に揺れる。瞬きをする。舌を出す。頬をつねる…………
鏡に映る姿に一挙一動1ミリのズレもない。
反対側に誰かが立っているとは考えられない。
そこに映る姿は中学生ほどの背丈であどけない表情を浮かべており………
髪の毛がフサフサだった…
「………!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!」
夢ではなかった。しっかりつねった。痛かった。
これが私…!?
もうわからんわからんわからん…!!!!!
早くここから出よう!
一刻もはやく!
玄関はすぐそこだ!
はやく…!
はやく…!!
はやく…!!!
――ガチャ
ドアノブに手をのばしたその瞬間、扉が遠ざかっていき…
「たっだいま~~~ん!!!!!」
「ママー!パパー!おかえりなさい!」
「あずちゃーんただいまっ」
ママ!?パパ!?このタイミングで帰ってくるかぁ!?
「あら薫今日は早起きね♪新学期前日で緊張しちゃってるのかしら」
薫…?
新学期…?
もうおじさんにはついていけません………
――バタンッッ
「ちょっと薫!?薫!!どうしちゃったのよ!!か!お!る!…」