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#9 ユエの過去

「どうだった」

 部屋に戻ると、九竜の部屋に転がり込んで居るであろうと予測していたのに、ユエは机の前に腰掛けていた。

「お、おう。合格!」

 オレは、そう云って笑った。でも、この笑顔は作り笑い。本当は、居ないと思っていた

者が居たので驚き、どうすれば良い?と云う困った顔が出来ない、咄嗟の反応だった。

「そうか。良かったな」

 ユエは未だ笑った顔を見せたことが無い。

 楽しそうにしている時でも、表情には出さない。そう云う時は少しだけ語尾を和らげるか、

言葉数が増えるかで読み取れる。

 だけど、そう云う生い立ちなら、笑う事など難しいだろうなと俺は痛感する。オレも、タナーシャ討伐事変の後、笑う事など出来なかった。只憎しみに支配され、荒んだ。

 でも、仲間と目的を見つけ、元来の自分を取り戻し、今に至る。

 元来根が明るかっただけ有って、それは自然と出来た。過去に縛り付けられるだけではいけない。未来を変えるだけの力を持つ。それが、オレの出した結論だった。その先にあるモノが復讐だとしてもだ。

「なあ、ユエ。お前此処卒業したらどうするんだ?」

 オレは話を切り替える。というか遠まわしにユエの事を知りたくてそう云ってみた。応えてくれるかどうかなど判らないのに。

「未だ考えてはいない」

 ユエは、視線をオレから外してそう云った。

「あのな。オレと一緒に来ないか?」

 何てことをオレは云っている!自分で発言し吃驚してしまったが、もう云ってしまったものは元には戻らない。

「ヤンと?何故。キミには目的が有るのだろう」

 そう、そうだからなんだけど……ユエの事が気になるし、これからの事も考えてないのなら……否違う。オレはユエに……そのなんだ?

「オレは、友人達とグリーズコートと闘う。お前も手伝ってくれないか?ユエ」

 ああ、これって、不自然だよな。ユエにこんなこと云って。それに残酷な事をオレは云っているのではないのか?此処でグリーズコートを出すなんて。

 今迄だって過去の話をした時にはグリーズコートの名は出している。それを余り心地良くは想ってないのも良く判っていたはずだ。

 だけど、ユエにこのまま過去の贖罪を抱えていて欲しくは無い。向き合うべきなんだ。やっと考えが纏まった。

「ヤン。キミ……何か変だ」

 そう変だよ。だって、お前の過去の一部を知ってしまったのだから。

「ユエ。お前の過去が知りたい」

 オレはハッキリとそう云った。その言葉に、普段冷静沈着なユエは、ハッキリと左右の色が違うその瞳を大きく見開いた。

「どうしたというのだ。キミは……」

 そうさっき、オレは一部を聴いてしまった。でも、オレはユエの口から知りたいんだ。

「さっき、職員室の奥の部屋でユエの過去を少し聴いてしまった。悪い。聴く気など無かった。だけど聴いてしまった……」

 その後は察しが着くだろう?ユエなら。

「……」

 ユエは静かな面持ちで、いつもの微動だにしない表情でオレを見ていた。

「オレはユエの口から聴きたい。短かったけど、オレはお前と同室で過ごしてきた。そして大切な友人だと想ってる。だから、聴きたい」

 こんな台詞、オレ、何、恥ずかしげもなく云ってるんだ?何てことはもう切り捨てた。此処から先は、ユエの考え方次第だろう。

「聴いても、キミにはどうにも出来ない。とは想わないのか?」

 ユエは全く表情が変わらない。何を考えているのか。それをオレは、どうしようか考えていると判断した。ユエは、吐き出したくても出来ないだけだ。こいつはそう云う奴なんだ。自分 で抱え込む。それは、苦しいはずなのに……

「オレなら、何か出来るとそう想ってる。別に自惚れてなんかいないさ。でも、オレにしか出来ないとそう想う」

 そう。オレだからこそ出来るんだ。オレは強気に出た。するとユエは、

「何処から話せば良いだろうか」

 折れた。ユエは窪んだ床を眺めつつそう云ったのである。オレは自分の机の椅子に坐りユエと向き合い話を聴く体勢を取った。

 それは、過去と向き合うユエにとっての断罪だったのである。


 あの日、私は母と父とごく普通に食卓を囲んでいた。

 父はラスキンハートの官吏で、よく南の街ルカンダの職務を果たしていた。ラスキンハートの純粋な血。そう、豊かな心の持ち主。  

 そして、母は、グリーズコートの外れに在る村で育った、純血であるグリーズコートの血を受け継いだ者。気性は血を感じさせないほど穏やかさを持った母だった。芯はかなり筋を通す人では有ったが。

 そんな母をたまたま官吏の仕事でその村に訪れた父が、見初め結婚した。その時出来た子供が私だった。

 勿論回りに反対された。その事の詳細など詳しくは知らないが、父方の両親、親類とは疎遠になった。でも、父は母をこよなく愛していた。国の為に働く官吏と云う職を持ちつつ、それでも愛する者には国をも超えた考えが有ったのだろう。私はそんな父を尊敬していた。でも、もしかすると、私は心の中で自分と云う存在を両親がこの世界に残したのは間違いだった。とも想っていたのかも知れない。

 世間は、父と云う存在を大切にしていた。でも母は日陰の身。それでも母は朗らかな性格で、異郷の地、グリーズコート特有の赤い髪と赤い目を惜しげもなく町で曝していた。 その事は良く憶えている。母は強い人だったと。

 私は、父の血を濃く受け継いでいたのか、見掛けはラスキンハート特有の面影をしていた。だから、周りの者は温かく迎え入れてくれていた。恵まれて育ったはず。それが、あの日あんな事に……

 

 夕食を終え、寝る準備をしていた私の体がいつに無く熱くそして火照っていた。

 風邪でも引いたのかと、両親は早めに寝かしつけたが、私は体の火照りで寝ることが出来なかった。異常な感覚。そして、突然の激しい頭痛。まるで、頭が叩き割られるのではないかと思えるほどの。

 眠れない私は母と父の寝室に行った。二人とも既に眠りに就いていた。でも私は、二人に助けを求めたかった。そして、二人を起こしに掛かった瞬間、炎が辺り一面を覆った。

 私は、混乱した。何故こういう状況になったのか。それが判らなかった。

 燻った臭いが充満した時、父にまず引火した。父は転げ回るようにして、ベッドから落ちた。そして、私に手を差し伸べようとした所で息絶えた。

 母はその様子を見て、何が起きたのかを判断したのだろう。父を助けようと、汲んできた貴重な水を父に掛けた。しかしそれも既に遅過ぎた。

 火の勢いはとどまらず、母は私を抱いて、屋敷外に連れ出そうとしていた時、倒れてきた箪笥の下敷きに。

 私に、逃げなさいと言った母の言葉が未だに耳に焼き付いて離れない。

 これは私のせいなのか?

 助けが来た人達は私だけを連れ出し、そして看病をしてくれたが、私の姿はこの通りだ。

グリーズコート特有の面影をしていた。左眼を残して……

 周りは、この事件が、私が引き起こしたものだと疑わなかった。魔法。そう、力が覚醒をしたのだと。

 

 その後私は町を追われ、母方の祖母の住んでいるラスキンハートの南の地。その国境近くで過ごした。あの事件以来、失語症となり、話す事さえ出来なかった私は、本にかじりついていた。そんな私に祖母だけは優しかった。

 そこでは異端だと罵られる事が多々有ったが、それでも、理解してくれる人間は、祖母一人。私は祖母にだけ心を開くことが出来た。ただし、行動としてだけ。

 その祖母は、ラスキンハート。そう、この騎士養成所の校長と縁を持っていた。それは、二つの種族を繋ぐ架け橋の役割を持った間柄だった。

 今想えば、単なる推測になるのだが、二人は恋人同士だったのではないだろうか?それほどに親密で、穏やかな会話をしていた。お互いを見る眼差し、相手を想いやる心がその会話の中に見え隠れしていた気がする。

 その校長が、私に騎士に成らないかと私の目の高さまで腰を落として肩を抱き寄せそう云った。私は、騎士になるという行為がどう云う事になるのか?それを考えられる年頃にはなっていた。

 だけど、迷いはあった。何しろ、私は親殺しと云う大罪を犯している。例え自覚症状の無いことであったとしても。そんな者が、ましてや、グリーズコートの血をも受け継ぐ者が、ラスキンハートの騎士になど成れるのであろうか?それに、私は自分自身、父のように国に忠誠を尽くす仕事を望んでいるとは思えない。そう、何をしたら良いのかさえ判っていなかった。

それでも、彼はそんな私の身を案じたのだろう。何か目的を持とうとすれば、今の自分を変える事が出来るし、道は何処かに繋がると。そう希望を持たせようとした。その事は、私に色々な考えを齎せてくれた。

 だから私は、それに賭けてみようとこの騎士養成所へと導かれ、やってきた。それまでの期間、失語症を回復させ、必要な物を全部頭と身体に叩き込んた。

 でも、私が帰るべき所はもう無い。それは、祖母が此処に来る二日前に既に黄泉(マー)の(グ)(メルド)へと旅立ったからだった。私の唯一の心の支えは無くなった。

それでも私は生きていかなければならない。そう。今自分は、大きな罪と、未来を抱え、こうして生きているのだから。


 私の罪をどう受け取るのか。話し終えたところで初めて、ヤンの顔を見た。それまで私はずっと床を見て話していた。目を見て語れるほど私は強くは無い。強くありたいと想うのだが、罪と云うものは、人を弱くする。

 そして、何か救いを求めようと目を見張る。それが罪人なのかも知れない。

 せめて、ヤンがこの話を。私を受け入れてくれるのなら、私は少しだけ救われるのかも知れないだろう。怖いけど、辛いけど、私はヤンを、ヤンの瞳を真っ直ぐ見詰めた。

その視線の先には、ボロボロ大きな碧い瞳から涙を流しているヤンが居た。何故ヤンが泣くのだろうか?私は不思議な感覚に陥った。その訳が判らなかったから。

「何故、ヤンが泣いている?」

 私はつい口から言葉が零れ出た。

「お前が泣かないからだろう。お前泣いてないんだろう。オレには判る!」

 そう云って、ヤンは私の手を取った。その手にヤンの涙がポトポトと落ちた。私はどうすれば良いのか判らずそのままその涙を見ていた。

 掛ける言葉が判らない。私は何をすれば良いのだろうか。考えるが、答えなど無い。

 ただ、想い出した。こういう時、抱き締めて貰ったら、心は落ち着くのだと云う事を。

 私は、恐る恐る、ヤンの肩を抱き寄せた。そして、

「もう、泣くな」

 と云った。

 よく考えると、変な言葉だ。泣くなって云うのは変だ。子供をあやす言葉ではないだろうか?自分で云って、ん?となる。何故だか可笑しい。

「ほら、顔を上げろ」

 そう云うと、ゴシゴシ服の袖でヤンは目を擦ると、私を見上げた。そして、一瞬驚きの表情をしたかと想ったら、何故かとても嬉しそうに笑った。

「何が可笑しい?」

 私は、問い返した。するとヤンは、

「初めて見た。お前が笑ってる顔」

 私が笑っている?自覚がないうちに笑った?私は、どう言葉で表現していいのか判らなくて、戸惑う。

「良いから、考えるな。そのまま笑ってろ。その方が、オレ嬉しいから」

 ヤンは、そう云って、私を見た。それは心の底からそう想っていると私にも判った。だから私は、何も考えないようにしようとした。でも、疑問を感じると、そっちに頭は回るものであって……

「混乱するな〜!あ、そうだ、この話知ってるか?九竜が、二段ベッドから寝ぼけて落ちたって話!」

 私は、プッと噴き出した。

「んで、たまたまミハエルがその前に起きようとして、上を見たら、よだれたらした九竜が降って来たんだってさ!可笑しいだろう?」

 私は、その話を聴いて、笑ってはいけないと想いつつも、何か込み上げてくるモノにしたがって笑ってしまった。

 笑う。そう、こんな感情は両親を失う前の穏やかな日々以来だ。

「おめでとう。ユエ」

 そうヤンは云った。それはきっと、私の凍て付いた心を溶かした瞬間だろう。

 贖罪。

 それを洗い流した、一瞬。

 何か特別な事をした訳では無い。只、自らの罪を話しただけ。でも、感情と云うものを少しだけ取り戻した。それは、他人に。否、一番自分に近い友人と云うべき存在に、自分を判って貰えた事。それが、断罪でもある。

 癒しは、こんな身近な所にあった。そう、それは私にとっての、新たなる始まりの場所にもなったのである。


「で、どうする?」

 オレは、ユエの端正で優しい笑顔を堪能するだけ堪能して、話を戻した。

実際、ユエには還る場所がないのだと知ったし、このまま官吏なり師範になると云う手もある。

 がしかし、オレは何故かユエをそう云う職に就かせることは、ユエを潰すのでは無いだろうか?と云う考えにも至った。九竜の云う通り、ユエは弱い。感情を潰したら、それこそまた失語症にでもなりかねない。

 それなら、オレと共にオレの目的を果たす手伝いをしてくれた方が良いのではないだろうか?何て事を考える。身勝手なのだろうか。

 もしかして、オレはこのままユエを手放したくないのかも知れない。否、此処で別れるのは間違っているのではないだろうか。そう真剣に考えた。

「それは……ヤンの云う通り出来るならしても良いと想うが、私はグリーズコートの血も受け継いでいる。それが仇になるかも知れない……」

 悩んでいるのだろうか。

 確かに半分はグリーズコートの血を継いでいる。その事で自分を否定する事は無いとオレは想う。でも、同族と闘うと云う事に反発があるというのであれば、俺が介入できることでは無い。そこまでオレは、ユエを束縛できはずは無いのだから。

「オレは……その、ユエに傍にいて欲しいと想った。でも、お前にそれを強要する事は出来ない。だから、仇とか気にしているのならその事に関しては、オレは気にしない。ただ、ユエが本当はどうしたいか?それが知りたいだけだ」 

 ユエはその言葉に、考え込んだ。自分がどうしたいか?それを考えているようである。  

 出来れば、共に。と云って欲しい。そうオレは、その短くて長い時間願っていた。

「本当に、大丈夫か?私で……」

 その考えた末の、最終的な問いかけなのだろう。

「オレが良いと云ってるんだ。ユエが心配する事は何も無いぜ」

 オレは云い切った。不安そうな印象的なオッドアイが揺らいだ。オレはそれに吸い込まれそうになる。何かオレ変かも。だけどそれを打ち消し、

「心配するのは、オレの方。ユエを護れるかどうか。だって、お前オレには実践で一度も勝った試し無いものな?」

 そう、ユエは実践的には不向きかも知れない。でもそれは、オレが強過ぎるだけなのだから。

「そうか。判った……なら、此処を卒業したら、ヤンに着いて行く」

 ユエの中で心が決まったらしい。

 その答えがオレを喜ばせた。

「なら卒業後、北にあるオレの村まで一緒に旅立とうな。お前荷物少ないから、苦にはならないと想う。ああそうか、もう冬だから、雪がかなり降り積もってるだろう。あと、オレの友人にもお前を紹介しないとな」

 オレは俄然やる気が出た。この気持ちは何なのだろうか。凄く気分が良い。それに、体が軽く感じる。

 オレは、早く卒業式が来ないかと楽しみにした。そして、その卒業式は来た。


 ユエは、無事此処を卒業できるように取り計らって貰ったのであろう。卒業式の講堂にちゃんとユエは居た。

 そう、きっとあの校長。あの方が、話を纏めたと俺は想った。全ては何事も無く進む。

「卒業おめでとう。どうだった?ユエとは話がちゃんと出来たかな?」

 卒業式後、よく怒られたあの先生はオレに耳打ちした。オレはにっこりと笑って、

「はい。おかげさまで!オレ達はオレ達の道を取り敢えず進むつもりです。先生にはお世話になりました!」

 満面の笑みで、オレは先生に応え、そして、ありがとうございましたと感謝した。

 卒業式で配られた白い絹の騎士の服と紋章。それを身につけての卒業式。それは、少し大人の階段を上った気がした時間だった。

 そして、オレ達は荷物を片付けると直ぐ様北のタナーシャに向って旅立った。そう、オレが還るべき故郷へと……

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