#6 目的
二時限目は、型の練習。
屋外に出、敷地に設置されている石畳の場所が練習場と成っている。砂埃の舞う中、数列の隊を組み、私達は師範代と向き合った。
そして柄にラスキンハートの紋章が刻まれている剣を持ち型を、合わせ鏡のように模倣するのがこの授業だ。
基本、型はこのラスキンハートに伝わる物である。その為、公的な場所に用いられるものではあるが、実践的に価値観が有るとは云えない。云うなれば、演舞。剣を用いた型の流れを主としている。
そう、誰もが一度は目にすることがあるはずのもの。村はずれや山奥で無ければ、この演舞を行事で見る機会が多々あるのだから。
そしてこれを押さえておけば、実の所、官吏職というのを得ることはできるであろう。ヤンはこの事を知らなかったのだろうか?
でも私は知ってはいたが、興味は無かった。
しかし、官吏職は手堅いと皆想っている。手を抜く者はいないはず。と私は実際の所想っている。
そして一人、この演舞を上手くこなせない者が居た。それがヤンであった。
実践を得意とすると云っていたのに、演舞は苦手であるらしい。リズムや流れがお粗末。そして荒々しい。まず、剣と向き合おうとしていないように感じられた。目の前に居るヤンのその姿を視界に入れる事になる私は、そう想わずにいられなかった。
そう云えば、ヤンは自らの目的があると云っていた。その目的とは一体なんなのであろうか?このような型では、やはり官吏になるという風では無い。彼の意図するものとは?
剣を突き、私は今のこの演舞の流れの中頭で考える。こうも気になる者に出逢ったのは何かがあるはずだ。それが凶と出るか吉と出るか。それは判らないが。
「オイ。そこ!型がバラバラじゃないか。ちゃんと模倣しろ!」
余りにチグハグな型に師範も呆れてヤンの元まで足を運んだ。
「型なんて、自己流でも良いじゃないですか。それより早く実践に入りましょうよ!」
まるで体面を気にするより、実が欲しいという云い方だった。私は、端から見ていて少し不安を感じる。ヤンは、それでも動じない。
強靭と云うか、無鉄砲と云うのか。師範に意見をすると云う事自体、この騎士養成所に有ってはならない事である。
「お前、名は!」
「ベンジャ……いえ、ヤンです」
面倒だと云わんばかりの表情で、師範と向き合っているそれがまた、強気である。
意志がハッキリしていると云うのも規律を乱すと私は想うのだが、そう云う風には考え無いのであろう。それが、少なくともこの騎士養成所でのヤンと云う個性なのだとこの時理解した。
私は、それを受け入れる事ができるであろうか。それを考えると、判らない。自分はそこまで意思表示することはできない。特に、規律と云うものは絶対だ。と信じきっている。
それを破ると云うことは、万死に値する行為。そう、これが私の中の考え方だ。それを直に切り替えることなど出来ない。
「実践は、この後だ。全く生意気な練習生だな。まず、お前がしないといけない事は、演舞。型を覚えることだ!無駄だと想うのは勝手だが、実践にも必要な時がある。この型は公的物と考えるのは愚かだぞ」
師範はそう云うと、また演舞に戻った。
私は、演舞を実践に必要の無いものと考えていたが、そうでは無いと云い切った師範に、考えが甘かったと恥じた。その言葉は、ヤンにも及んだのかも知れない。
その証拠に、その後ヤンは少しずつ型を自分のものにしようと躍起になって行ったのである。それは、彼に向上心を持たせたのかもしれない。いや、向上心と云うより闘志かも知れない。必死で流れを追っている。そう感じられた。
「あ〜かったるい〜!」
今までの流儀やら方針みたいな授業が終わり次は実践授業となるそんな休み時間だった。
オレは、立たされたり、なじられたりで、凄く不機嫌だったりする。何でこうもまた、規律を重んじるかね?ラスキンハートって国は。
それは気神を重んじるこの体制だと判ってはいるものの、納得がいかない。必要なのはもっと他にあると想うが……とは多分このオレの勝手な云い分なのであろう。でも、必要なのは、そんなものでは無い。騎士に成ろうってことは、闘わなければならない事なのだとオレは思っている。守る者があればこその騎士だ。だから、志願した。そして、志を共にする仲間の為にも此処でオレは……
そこで、九竜が、ポンとオレの肩を叩いた。
「ヤン、お前やり過ぎだぜ?」
言葉がこうだから、怒ってるのかと想いきや、そうでは無いらしい。語尾が震えている。笑っているみたいだ。
「さっき、そこでユエに、少し控えるように伝えてくれと僕に云ってきたよ。あの無表情な顔をして、一応心配してるんだな?」
その後、ケタケタと笑った。
「何が可笑しいんだよ」
オレは、そこまで変か?
「心配されてる事に、だよ。お前無茶し過ぎ!ヤンが何を考えてるのか。それは判んないけど、師範にああ云わしめたらそりゃ誰でも引くって。一瞬僕だって引いたよ」
引く?何故。
「どうして引くんだ?」
判らない。そこで九竜は、見せたことの無い真面目な顔をして、
「そこで疑問?仮にも、師範だよ。僕達の将来を決める人間だ。もしかして、ヤン。官吏志望じゃ無いのか?」
官吏。なんじゃそりゃ?オレの頭の中で疑問符が回ったのは云うまでも無い。
「違うけど……?」
そう、違う。オレは、そんなものの為に此処に来ているのではない。それは確かだ。オレはオレの目的の為に来ている。
「大半は官吏志望だよ。そう云う僕もだけど。食っていくためには、その地位に着くのが一番だ。家族を養っていくためにも。でも、ヤンは違うのか。じゃ、何故此処に?」
九竜は、興味津々と云う感じで近くの枯れ木にもたれ掛かり問いかけた。
「……復讐だよ」
オレはボソリとトーンを落として云った。別に隠すことは無い。隠す必要など無い。それが、このオレの最終目標だ。
「……もしかして、グリーズコートと、剣を交えるつもりなのか?」
それは、真面目な九竜の声のトーンだった。いつに無く深い声をしている。それこそ、止めろと云いたげだった。
「もう、メンバーは決まっている。オレの村は、北のはずれだけど、色々グリーズコートとは争いが有るんだよ」
そう、忘れもしない。あの日の惨劇は。
「タナーシャ討伐事変。あれなのか……」
九竜は詳しく知っているのかいないのか、その言葉を吐き出した。
「知っているのか?」
オレは、一言問いかけた。九竜の真っ直ぐな視線を感じ取る。それは哀れみだった。
「有名だよ。一夜にして、村が焼けたというあの事件だろ。グリーズコートがそれを指揮し、そして、焼き払って回った。確か、魔法でそれを行ったと……」
有名……か。今までも、グリーズコートが襲撃した町や村は沢山ある。しかし、その大半は沈下できてはいない。そう、襲われたら最期。その悲惨さはよく知られている。僅かな草木も炎の肥やしに成る。それほどまでに残った村には生活を出来る環境は無い。
「生き残れたんだ。会えて良かったよ」
九竜はちょっと悲しそうに笑った。
別にオレは悲観などしてはいない。ただ、怒りだけで此処まで生きてきている。いつか必ずグリーズコートを排除して見せるというその気持ちだけで。
「オレは、未だ小さかったからな。両親や、大人達はオレ達を逃がすために立ち向かった。それは、当然の事なのだろうけど、オレは忘れる事はできない。最悪の状況だよ。おかげでオレ達子供は村はずれまで避難が出来た。運が良かったんだ。そして、オレと同じ年頃の奴等も生き残れた。そいつ等と組んで、グリーズコートと闘うつもりだ」
その言葉に威厳が有るか無いか。それは自分でも判らない。九竜がどう受け取るかも。これは個人的且つ勝手なオレ自身の問題なのだから。
「気持ちは判かったよ。でも、これと、師範に対するものは違う。騎士に成るんだろう?目的がどうあれ、それなりの心構えは必要だよな。それに、此処はラスキンハートの騎士養成所だ。先にも云ったけど、コンビとなる者の言葉を聴く事も必要だと僕は想う。聴いてないとは云わないけど、感じ取れ」
九竜は、今度は年上としての威厳を出してきた。
「出来る限りは……」
オレは、取りあえず頷いておいた。
確かに、自分だけの考えを押し付けて此処で過ごす訳には行かない。自分でもそう判っていたはず。
だけど、心の何処かで警鐘を鳴らしていたんだ。これは、復讐の序幕なのだと。だけど、あいつは、ユエは違う。あいつまで巻き込むことなど出来はしないんだ。そう、此処での連帯責任は、自分でも判っていたはず。だから、改めなければならない。
そう、今の自分をどうにかして制御しなくては……それが此処での掟なのだと、九竜から学んでしまったのだった。