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#5 渾名

 次の朝から授業は始まる。

基本的に、教科書を用いた歴史や、騎士としての有り方等を説いた屋内での勉強と、実践における課外授業。そして、型を教える授業。その三科目がそれである。

 オレは、この屋内授業が一番の苦手だったりするのだけれど、これも勉強なのだと自分に云い聞かせてなるべく眠らないように。何て想いながら授業を受けようと挑んだ。

 

 席に着いたオレ達がしたことは、まず、出席の確認だった。

 席は、自由にと云うわけでは無く、誕生日順とされていた。なので、右前から年上順とされた。

 ここで、一つ判ったこと。オレとフリントが同い年であり、誕生日までもが同じであると云うことだった。

 この時代、月を表す言い方は変わっていて、一月が、ムーンライト。二月が、カーキ。三月が、モーブ。四月が、マダー。五月が、パンジー。六月が、ピスタチオ。七月が、サファイア。八月が、ローズ。九月が、ヘンナ。十月が、カナリー。十一月が、アプリコット。十二月が、レイズン。と表記されている。

 後の日付けは太古と同じ。但し、月は三十日と固定されていたりする。

そして、入学したこの月は、ピスタチオであったりする。

 そんな中、オレとフリントの誕生日は、カナリーの十八日。で、席がどうなっているのかと云うと、オレの席の方が前。

 多分、此処に入学する際行った身体測定で、オレの背が低かったためだろう。それを考えると、凄く虚しい。と云うのも、席が教壇の一番前だったりするからだった。何てことだ。これでは居眠りすると直にバレてしまうではないか。

 オレはグッタリすると、後ろを振り返り、

「フリント。席変わらないか?」

 なんて云ってみる。がしかし、

「既に決められている。私は変わるつもりは無い」

 なんて云って退けられてしまった。何だか不機嫌そうだったけど……ああ、優等生らしい言葉だとオレはガクっと肩を落とし右横を見た。

 右横には、九竜が居る。こいつはオレより年上なのか……

「よっ!お互い一番前ってのは辛いな」

 なんて云いながら、九竜は教科書を用意し始めていた。

「はははそうだな。にしても恨めしいのはこの背の低さだぜ。何で、同じ誕生日で、ここまで差別されるかね〜」

「へ?誕生日まで一緒なのか?」

 九竜は、大きく目を見開いて、こちらを覗き見た。

「いつ?」

「カナリーの十八日……」

 オレは肘をついて、ぶっきらぼうに言った。

「カナリーか……確か旧暦で云う所の十月。中国では、(ヤン)(ユエ)って云われていたらしい」

 九竜は想い出すように、視線を遠くに移すと、何か考えるようにして、そうだ!と云った。

「渾名想いついたぞ!」

 いきなり突拍子もなく手をポンと打つ。

「何だよ、ビックリするな〜」

 オレは考えに耽っているところからいきなり現実に戻ってきた九竜にそう云ってやった。

「お前、(ヤン)で、フリントさんは、(ユエ)!」

「はあ〜?」

 ヤンにユエ?何だそれ……意味判んないし。

「ヤンってのは太陽の陽って字からも入るんだけど、お前に、光みたいって云っただろ?だから、ヤン。ユエってのは、月。太陽の陰に隠れてその光を受け取る。まそんなとこかな?」

 と、凄い雑学というか何と云うか。何処からそんな発想が出て来るんだか?そう想いながら、ヤンね……悪くは無いと想う。

「じゃあ、フリントの事をユエって呼ぶようにするって云ってみようか?」

 とオレは、後ろを振り向くと、

「フリント。お前の事ユエって呼ぶからな?オレの事、ヤンと呼んでくれ」

 フリントは、一瞬何を云っている?と云う表情をしたが、

「それで良ければ、私は別に問題無い」

 と、無表情で云ってのけた。本当に愛想が無い。オレは、引きつりそうになる顔をなるべくそう見せないように笑った。

 その後時間を惜しむように、無機質で退屈な授業が始まろうとしていた。


「騎士の称号を得るには、古代で云う所では……こらっ!ベンジャミン・フリント!」

 黒板に書き連ねている文字を中断して、先生が、私の名を呼んだ。

「はい」

 私は何か怒られる事でもしてしまったのだろうか?と一瞬本から目を離し、前を向くが、どうやら目の前で寝息を立てているヤンだったらしい。

「あ、すまん……キミでは無いのだよ。この背の小さい方のベンジャミン・フリントで……」

 こうしてみると、確かに紛らわしいのかも知れない。私はそこまで考えていなかったが、実際名前が一緒だと不便だ。

「起きんか!莫迦者!」

 先生は、名前を呼ばないように心掛けているようであった。名前……

 私は珍しく、自らこう発言した。

「先生。彼の事を、こう呼んでいただけますか?ヤンと。私の事は、ユエで結構です」

 自分の意志をこういう形で主張したことは無かった。が、背の低い高い。で判別されるのは確かに良い気分では無いであろう。

 昨日の自分では此処まで考えなかった。でも、今日、このヤンと誕生日まで一緒だと知ったことで自分と云う者が何者なのか?何故此処まで育った環境が違って、考え方が違って、そして何より入ったところが同じなのか。

 これを運命とするなら、本当に何かを変えることが出来、そして、自らも変わらなければ成らないと考えが及ぶ。

 だからこれは、私の意志。

「ベンジャミン・フリントという名前で困られるのでありましたら、そうして頂けますか

?先生」

 そう。これを堺に、変わらなければならない。贖罪はもしかすると、此処での生活で洗い流されるのでは無いだろうか?そう。ヤンが私を変えさせてくれるのでは無いだろうか。

 私は、自分の意志を表すことで少し報われた気分になる。これが初めの一歩となる。だから……

「キミがそう云うのならそれで良いが」

 と先生は少し困惑していたが、

「え〜と、ヤン!起きんか莫迦者!」

 そう云って、目の前の者のこめかみをグリグリと拳で締め付けていた。

「イタタ!何でい……あ、すみません先生、寝てました〜!余りにも退屈で……ハハハ」

 慌てて立ち上がったヤンに、

「そう云えば、お前の得意とするのは実践だったな。でも授業中に居眠りは良くない」

 先生は、ヤンの顔を斜めに見て、そう云うと、

「先生、話判ってるじゃん!」

 調子のいいヤンに、喝を入れた。

「廊下に立っていろ……莫迦者!」

 ヤンは渋々廊下へと足を伸ばす。そこで爆笑がこの教室に起こった。

 そして、ヤンを後に、授業は引き続き行われたのであった。


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