#4 接触
「……」
入学式が終わった後、部屋に戻ったオレは、机に坐って教科書を持ったまま黙り込んでいた。否、隣にいるそいつと初めは話そうと想ったんだけど、そう云う雰囲気にならないから不思議だ。興味ある者には、直に声を掛けられる人見知りしない性格なのに。
それはきっと、こいつの放っている気と云うものかも知れない。ずっと黙って、教科書に目を通している姿だからとかでは無い。持ちえる物が俺とはかなり掛け離れている。それは大人びて見えるからなのか?それともオレが子供っぽいからなのか?それは多分後者だろう。と想って一瞬溜息をついてしまった。
「何だ?」
先に問いかけてきたのは、考えられないのだが、今頭の中に居るそいつだった。
「え、と?」
オレは、言葉を詰らせ、慌ててしまい思わず本を落っことしてしまった。
「さっきからこちらを気にしているようだが……」
それは、そうなんだけど。何故気がついたんだろう。オレは頭の中に?マークが飛んでいた。
「話が無いのなら、このまま本を読ませていただけるかな」
そいつは、そう云って、一度たりともこちらを見ずに言葉を切った。
否、待て!探せ自分!
「あ、お前さ……オレと同じ名前なんだな?オレ思わず、自分かと想って立ち上がっちゃったぜ!」
おい、何自分の恥を曝しているんだ。莫迦か?とも想ったが、
「その事か。驚いたのは、こちらもだ。で?」
やはり莫迦にしている様子ではなかった。それはまぁ置いとくとして……そう。その後だけど、何か無いか!こう云う時は、自己紹介だよな。ムムム。
オレは、まるで人と初めて話をする子供のように覚悟を決めた。
「お前の事、何て呼べばいいのかな?とか想って。それと、何処から来たんだ?年は?」
そう。どう呼べばいいのだろうか?お前って何だかすっげー失礼な気がするんだよな。
「別に。お前。で良いが」
相変わらず、視線は本へと向けられている。きちんと聴いているのかいないのか疑問だ。それに、お前で良いとは本当にそれで良いのか?嫌だろうに。
「否、待て。何か考えよう!って、直考えられる訳じゃ無いから、暫くお前の事は苗字の方で呼ぶな?え〜と、フリントさん……」
「フリントで結構」
あちゃ。何てドライな奴だろう……それで良いのか!オレは何か無いかと考えてみたが、全く想い浮かばない。仕方なく、こいつの云う通り、フリントと呼ばせてもらう事にした。
「じゃあ、フリント……」
オレは言葉を編もうと、続けようとしたら、
「場所は、南の町ルカンダから来た。年は十五歳」
先に問いかけた事を、スラッと云ってしまった。ちゃんと聴いてはいるんだな。でも、愛想が無い。これが地なのであろうか。
しかし、此処でくじける事はできない。何せ、これから暫くはフリントと同室なのだから。相方とも云えるだろう存在だ。
「へえ。南の町か〜良いな。暖かくてさ。オレの所なんて、年中雪が降ってるぜ。って、十五歳……オレと同じ年かよ!」
どう見ても、オレより年上に見える。落ち着いてるからなのか。それとも、身長が高いからなのか。そこでオレは少し大人にならないとな。と想ってみるが、そんなこと直には出来ない。
「同じ年?」
意外にそこに飛びついて来てくれた。フリントはやっとこちらをチラリと見た。
「そうそう、同じ年だよ。って、そう見えないか……」
オレは、思わずハハハと空笑いしてしまった。フリントは、ちょっと、考えるような仕草をしたが、直に元の通り教科書に目を通し始めた。
「なあ、フリント。騎士になると決めてるから此処に来てるんだと想うけど、やっぱそうなのか?」
オレは、話を変えてみた。実はオレには目的があって、この騎士養成所に来ていたりする。
勿論、名目上という訳ではなく、本物の実践で役立つ騎士となる為に。
「……騎士に成る為なのか。自分でもハッキリ分からない。そのつもりで来てはいる。キミには有るんだな。目的が……」
その応えに、オレは唖然とした。騎士に成るつもりが有るのか無いのか。それも分からないのに、主席入学?それって反則……
「あ、でも、騎士講師ってのも有るしな?」
オレは、ちょっと話をはぐらかせる。そうしないと、この場が保たない。フリントが、本に向けていた視線をデコボコした机の上に落としたからだった。
考えてみれば、フリントの事を理解しているわけでは無い。これが初めての会話の様な物であるし……と想って、騎士講師などと云うものをでっち上げた。無いことは多分……無いだろう。こう云う騎士養成所が在るのだから。
「騎士講師?」
「あ、いや、そう云うのも有りかなと」
こいつがどのくらいの能力を秘めているのかは判らない。でも、主席入学しているくらいだから、上級者である事は間違いない。でも、それを、実践で生かせるかはオレには計れないからそう云う道は有ると想う。不愉快だっただろうか。
「まま、ゆっくりこの、騎士養成所で考えればいいじゃん。時間はまだあるしさ」
オレは、言葉を紡ぐのに一苦労しそうだった。黙り込んでいるフリントが、そうさせる。
そのタイミングで、夕食を告げるベルがカランカランと鳴った。オレはこれ幸いと、
「夕飯だぜ。早く食べに行こう」
そう、話を摩り替えた。そしてオレ達は、今していることを全て置き、直ぐ様食堂へと向ったのである。
食堂と云うその場所は、飲み屋か何かのように、丸い木のテーブルを十個くらい配列させて、まるで、酒場の様なカウンターを通して、支給されるお盆に食器が陳列。その中に大衆向けのその食事を摂る体制になっている。
場所によっては、薄暗いし埃っぽいので、皆その場所取りに追われる。それが今朝の食事で判っているから、オレは急いで中央の場所を取りに行った。
テーブルには、四人坐れるだけの椅子がある。オレ達と相席になったのは、あの時オレに坐れと云った、黒髪のあいつだった。勿論その相方も居るのだが。
フリントが、オレの分の食事を取ってきてくれて、食事が始まった。
「面白いコンビだな。お前達」
食事を摂りながら、そう云ったのは、黒髪の少年だった。
「あ、僕、九竜って云うんだ。東の村から来た。で、こいつが、ミハエル。西から来たんだって」
もう一人の金髪頭は宜しくと軽く頭を下げた。
「九竜?また、変わった名前だな」
オレは初めて聴いた発音名だったので思わず問いかけた。
「太古で云う所の、中国。そこの末裔なんだ。この黒髪も、アジア辺りから引き継がれてるらしい」
フリント同様、世界は広い物だとオレは此処に来て初めて知ったような気がした。
「あ、オレはベンジャミン・フリント。で、こいつ……」
云おうとした所で、
「ベンジャミン・フリントさんだろ。今日の一件でキミ達かなり有名だよ?」
九竜はクククと笑った。
そうでした。オレは苦笑いするしかなかった。
「でも、どうやって名前呼べば良いのか判らなくてね。オレは、こいつの事フリントって呼んでるのさ」
オレは、さらに苦笑いをして事のいきさつを話した。フリントをチラ見する。至って平然としていた。だから話しても大丈夫だろうと想ったのである。
「名前の呼び方ね。そう云えば、紛らわしいよな」
九竜は、漆黒の瞳を隠すかのように数回瞬きをした。
「だろ?苗字まで一緒だと、余計に紛らわしいしさ」
黙々と食事をしている後の二人を他所にオレ達二人はベラベラと話していた。あ、でも食べることは勿論忘れてはいない。
「う〜ん。こうして見ると、お前とフリントさんってかなり相反する所あるよな?」
そうなんです。それが苦労の種。何て想ってはみるものの、口には出さない。
「どう見える?オレとフリントって?」
客観的な意見が欲しい所。オレは頬杖を付いてこっそり問いかけた。
「まだフリントさんの性格が判らないから、何とも云えないけど、光と影って感じ」
って、どっちがどっちだよ。オレが影かい。
「光が、キミで、影がフリントさんって感じかな。何だろう?僕にはそう感じられてならないけど」
え?オレが光。で、フリントが影?ってどうしてそう想う?主席入学の光り輝く優等生が影……
「オレが光?」
「そう見えるけど?お前って、他人に何か隠すような性格してないだろう?っていうか、かなり開けっぴろげ?他人に干渉したりしそう」
その言葉はまあ、当たってはいるけれど、云い方がなぁ〜ハハハとオレは笑っておいた。
「でも、フリントさんって、何か隠し事をしてるよな。それも何か心の深い所で重いものを背負ってる感じがするんだ。これ、僕の村の太古から引き継がれてる心理学的見解なんだけどね」
身体を巡っている。血がそうさせているって意味なのかとオレは理解してみた。生まれが違うと、その持ってる能力も変わると。そう云いたいのだろうか?
「ふ〜ん。あいつがね」
オレは、ちょっとふてくされてしまった。何かを隠しているとしたら、それはそれで個人の自由だけど、相談とか出来ない物かね?とそう想う。多分オレの性分なんだろう。
気にするって事は。おせっかい焼きの血が騒ぐ。
いつか話させてやる。何て心の何処かで沸々と血が滾ってる気がする。
「渾名。考えておいてやるよ。というかそう云うの得意だから僕。じゃ、飯食べ終わったから僕達そろそろお暇するね」
もう既に食べ終わっている相方を見て、九竜はそう云った。
オレは、まだ食べ終わってないため、
「宜しくな!」
何て気軽にそう云っておいた。九竜達はその場を後にし、オレとフリントはその場に残った。
「悪い。早く食べるから!」
オレは、フリントにそう云うと、残りをかけこもうとした。が、
「ゆっくりで良い。食事は味わって食べる物だ」
フリントらしい言葉にオレは咳き込んでしまった。こんな調子で一日目は過ぎ去って行った。