#2 出逢い
ラスキンハートの東に在る、草木も無い砂漠と化した辺境の地である騎士を育てる施設に到着した私は、荷物を、広い敷地内にいくつか建ち並んでいる古巣の様な木造の二階の簡素な部屋に持ち込んだ。
と云っても、持って来ているのは、入学時に必要な制服と、施設での休息に必要な服。剣が一本。
そして、教科書と云えるのであろうか、ただの紙で束ねられた書籍類。それも施設で必要とされるものだけ。後は、特に何も無い。
私は、そんな身軽な身なりで此処の施設。通称、騎士養成所に居る。
ここは一応、合宿所というべきところであろう。生徒数十人が収容できる、それなりに作られた寮のようなところであった。
そして私にとって問題とされるのは、寮は二人一組の相部屋となると云う事だった。
私は、人とのコミュニケーションと云うものがとても苦手であり、出来れば避けて通りたいという程に駄目なところが有る。それは自分の生い立ちに関係するのだが、それを誰かに話すほど莫迦では無い。否、話せないのだ。話したら最期、自分の愚かさ、醜さを知られる事になる。だから、人とのコミュニケーションはなるべく避けたい。
それでも、此処に来た経緯は、施設側も了承済みではある。その過去を受け入れてくれたという訳だ。だから、今の自分は此処に居ても良いのだと想いたかった。そう、此処は、自分の居場所だ。そう心に念じた。
そして、私は部屋に設えている数十本の蝋燭に火を灯すと、歪な木であしらわれた机の前に座り、一度入学手続きの書類に目を通し直すと、寝る準備をするため着替えをすることにした。
それは、もう、夜中と云っても良い時間帯。
それなのに、まだ、もう一人の此処に居座るだろう者が現れていなかった。遅刻にも限度があるだろう?と私は想ったが、それを批判するつもりは毛頭ない。それは、自分が云える立場では無いからである。そう、私はきっと、自らの罪に縛られているのだ。誰をも非難する権利など私には無いのだから。
「お〜寒い!」
その頃の、相部屋となる住人は、寮に着いたばかりで、自らの部屋の前で、小柄な体を震わせながら手に息を吹きかけていた。
「此処だな?オレの部屋は」
そんなことを呟きながら、後ろ髪を短く刈り上げたフサフサとした金髪頭を直しながら今、建て付けが悪そうな木であしらわれた扉を開こうとしていた。
「よし!」
そう云い残すと、想いきり良く扉を開けた。
しかしその狭い部屋の先には、仄かなる光に照らし出された、真っ赤な腰まである長い髪をした、まるで女性のような容貌をした者が、後ろ向きで着替えをしているのをそのまま直視してしまったのである。
「わ〜〜〜済みません。間違えました!」
と、その少年は慌ててドアを閉めた。鈍い木の擦れる音が耳に残る。
あれ?でも変だな。此処に女性が居る訳は無いし。ちゃんと男子寮の筈。
少年は、この寮の入り口付近で、寮案内をちゃんと見たのである。確かに男子寮であった。
「と云う事は?」
そう、今着替えていたのは、相部屋の住人と云う事だ。
「何だ。間違って無いわけだ」
と、また扉を開こうとした先に、
「どうぞ」
勝手に扉は開かれた。
無表情のその者は、特に怒っている様子が無い。少年は少しホッとした。
それにしても身長がかなり有るなと気付いた。それは自分を見下ろすように視線を下げたからだろう。そして左眼がアッシュグレイ、右眼がルビーと色が異なる瞳。これは、オッドアイと云うのであろうか。そして燃えるような真っ赤な髪が凄く印象的である。まるで、炎を連想させるかのようだ。とにかく自分の村には居ない種族に感じられた。
「あ、悪い!」
オレはそう云い添えて、扉の中に入る。
それにしても、何とも狭い部屋だ。埃っぽいし、掃除をしているのだろうかとさえ想われる。
あとは簡素に作られた歪んだ木の机二つと、簡易な二段ベッド。それも、今にも崩れそうな感じを受けた。これから暫く此処での生活を送る事になるのかと想うと、少し何とかならんのかと想う。
そして、少年はまだ相棒になる目の前の人間に自己紹介をしていない事に気がつき、
「おっと、初めましてだ!オレ。北のタナーシャって小さな村から来た、ベンジジャミン
・フリントって云うんだ。宜しくな。お前の名前は?」
オレは、目の前に居る物静かなその少年と云うか青年と云うべきだかに問いかけた。
するとそいつは、一瞬ギョッとした様に瞳を見開いた。只それだけなのに、かなり印象が強く感じるのは、オッドアイの性だろうか。そいつは、そのあと、
「明日判る」
トーンの低い声で一言だけ残すと、スルリと簡易ベッドの下段に身を沈めた。
「え?おい。寝るのかよ!」
その応えは返ってこなかった。
オレは、早々に就寝しようとするこの者を扱い辛いと想い、溜息が出た。こんな奴ばかりだと、この騎士養成所での生活は息が詰りそうだとも想える。なにやら前途多難だ。
そう考えてオレは大きな荷物を広げると、小箱のようなこの部屋に収納し、そしてそれが終わると就寝に入った。
それは、明日の入学式をも控えるというそんな一夜の事であった。