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#17 獣神

『お主は闇か?それとも光か?』

 

私の脳髄にその声は響く。目を醒ましたのは、何も無い真っ白な世界だった。

 私は確か、獣神の中に取り込まれたはず。それなのに、私の体は此処に在る。


『グリーズコートか?ラスキンハートか?どちらでも無いのか?』 

 

 さらに、脳内にその声は響き渡る。それは、私に対する問い掛けであった。

「私は混血。どちらも私だ」

 そう応えた。自分の存在。そんな物が何故此処で必要なのか。私にはそれが判らなかった。


『我が名は獣神スカアハ。魔力を民に分け与え、そしてグリーズコートを守護する者。ラスキンハートは、忌むべき神が悟りを(ひら)かず見捨てた土地。それをお前は如何受け止める

?無慈悲な神を如何想う?』

 

 それに関して私は、何も応えられない。神が存在するなどとは想っていなかったのであるのだから。

 信仰心。それは、自分が選ぶべきことではないのか。自らの思念が神を慕う。

 でも、国を別ち(わか)、神はそれぞれを選びそして培った。それは太古の話。今、此処に獣神スカアハが存在するというのは、納得できない。

 それでも、姿無き者は続けた。


『まあよかろう。今から思考をお前と同化させる。お前は、未だ成熟し切れていない。なら、その成長を促進してやろう。グリーズコートは、お前を媒体にこれから存在を続ける。我を倒さない限り、お前は解放されない。そして、闘うのだ。これからやってくる、お前の仲間。そう。ラスキンハートの輩と。それが、お前に架せられた宿命。光を破り、闇を全うせよ!』


 頭の中に響くその声は、語尾を強め、私の脳を(おか)す。それは、ドンドンと私の思考を蝕んでいく。消える。私が……

 過去の映像が走馬灯のように流れていく。火災を起こした夜。私を引き取った祖母の顔。そして、マクベスに騎士養成所に来ないかと問われた幼き日の想い出。それから、ヤンとの出逢い。罪の告白。その全てが私の脳裏から流れ出していく。

 目が霞み、そして何も考えられなくなった時、私は、最後の力を絞り込み、腰の剣を握った。それでも私はラスキンハートの騎士だ。 

だけどその思念は虚しくも、獣神によって打ち砕かれる。神には勝てない。私は大粒の涙をぼろりと流す。そして、私は、獣神スカアハとなったのである。


「結局、皆来たのね?あたしはもとより、ベンジャミンに従うつもりだったけど?」

 ミネルバは、オレの後に続いて階段を上っていた。そして、皆がオレに着いてくる。

 オレは、それを心強く感じた。

 でも、この後の保障などない。それでも、仲間はオレを選んでくれた。有り難い事だ。

 獣神は、ユエを取り込むといった。それは、既に行われたのであろうか。それを考えると、無闇やたらと闘う事もできない。ユエを開放してくれるのであったなら……と云う気持ちが今、オレの頭の半分を占めていた。


 オレ達は、黙々と階段を上る。その先は未だ見えてこない。そして、雲のすぐ下まで来ているため、空気が希薄に感じられた。眼下。そこには不思議な光景が広がっていた。

 普通だったら、町並みがその回りに広がっているのだろうが、この塔の周りは木々しかない。

 そして、そのもっと遠くで、赤い光が点滅している。村と町が移動している為に、起こる現象なのだろう。それがリアルに目に付きオレは途方も無く感じられた。

 魔法。それがグリーズコート内全域で確かに蠢いているのだ。

 そして、黙々と歩き続ける。下から上ってくる皆との会話も無い。誰もが緊張とプレッシャーを感じているのだろう。

 オレは、そのまま足を止めることなく上を目指す。そう。オレの中の突き動かす感情。ユエを救う事。そして闘志だけで満ちていたのであった。

 

「あれは何だろう?」

 背後で、リケルがボソッと声を掛けた時点で、やっと天辺が見えた。

「あそこが最終点なのでしょう」

 凄く長い距離のある階段だった。果てがあるのか?と想えるくらいに。

 雲の遙か上は光に満ちていて、結界など無く、ラスキンハートとの結界であったであろう、場所のその向こうに、オレ達のラスキンハートの土地が薄っすらと見える。

 それは、アイーラの土地を見渡せるほど高かった。

「また、ルーンの描かれた移動鍵なの?此処から先は何処に繋がるって云うのかしら」

 ミネルバは、疑問を投げかけた。赤く光るルーン。それもそうだ。最終地点にまで、移動鍵があるとは……もしかすると、この先にもまだ何かが?と想わせる。

 そして、程なくしてその場所まで辿り着く。

「これを足で、踏めってのか?」

 ルシードは、最後の階段の踊り場に並んでいるオレ達にそう云った。

 そして、手を伸ばす事ができる距離だったので、移動鍵を触ろうとした。しかし、アーイシャがその腕を取り上げた。

「気安く触るものではありません。もしかすると、一人で移動してしまうケースも考えられます」

 アーイシャは冷静に止めた。これ以上の失態は、沽券に係わるとでも云いたそうだった。

 それは、オレも同様。アーイシャを叩いてしまったのは、オレ自身のやるせない気持ちからだった。それを謝る事ができないのは、多分、アーイシャを傷つける事になるからだ。

 アーイシャは自らを律する事で汚名挽回するつもりだろう。

「じゃあ、如何すれば良い。僕達は?」

 エドは、その先を促す。

「エド、その竪琴を貸しなさい。私が弾きます」

 そう云うと、アーイシャはエドの了解も得ず勝手に背中に掛けている竪琴の袋ごと引ったぐった。

「待て、アーイシャ!」

 オレは、それを止めようとしたが、アーイシャは既にその竪琴の弦を(はじ)いてしまっていた。

 これを引き受けたのは、アーイシャ自らの責任を此処で果たそうと云う事だと理解した。自らの犠牲。そう、アーイシャ自身それが当然だと想っているのだとオレは感じた。

 そして、うわっと、オレは身構える。これでアーイシャまで失う事になるのは辛い……

 しかし、ただ、紋章と共鳴を起こすだけであった。オレはホッとした。この塔とは共鳴していない事が判ったからだ。

「何も起こりませんね。では、次は皆で、この紋章を触ってみましょう」

 ホッとしたのは束の間、今度は皆でと云う事になる。それは、死なばもろとも。なのだ。

 死にたくは無い。死なせたくない。でも、この仲間となら……そう、怖くなど無い。

誓いの為の行動の果てに、得られる物があるのであれば!

 オレは、手を繋いだまま皆を見渡した。皆覚悟が出来ているかのようである。オレは、小さく承諾を受けたと頷いた。

「三、二、一!」

 同時にその紋章に触る。すると、移動鍵はブーンと云う音を立てて、オレ達を異空間へと運んだ。今までと同じく浮遊感を味わう。が、飛び出た先は、真っ白く上も下も無い世界であった。


「此処が、獣神がいるところなのか?」

 神はこんな何も無い場所で、ただ魔法を生み出し、グリーズコートを成り立たせていたというのであろうか。オレは、途方も無い白い景色に意識をハッキリさせようと必死になった。

 周りの皆も、フワフワ浮いているこの場所で、同じ事を考えているらしい。呆気に取られているようだ。

 でも、如何する?こんな不安定な場所で。オレ達は何をすべきなのであろうか?答えが見つからない。

「導く者があれば……」

 アーイシャが、言葉を発した。それがオレ達の探しているもの。その答えは、獣神であった。

「何処に居やがる!獣神!」

 オレは叫んだ。すると、木霊する自らの声に、周りは一気に変化したのである。

 ズドーンと云う反響音が、突然起こったと想うと、オレ達は降下して行った。

 オレ達は、それを止めることなど出来ず、一気に落下してしまった。それは重力というものだろう。

 この下に何かがある。それが、何なのか?今のオレ達にはまったく想像もつかなかった。


 ドスンと落ちた先は、闇の世界に、赤く煮え滾った火山がマグマを発している場所だった。

「何なの、此処は!」

 ミネルバが第一声を発した。小柄なその体がオレの体の上にあった。どうやら、オレを下敷きに上手く落ちた分だけ反応が早かったのであろう。

「暑いですね……此処は」

 リケルは、ミネルバの手を取ると、オレの上から立ち上がるようにと促してくれた。有り難かった。ちょっとだけ重圧から開放された為である。

「地面があるからと云って、安心できません。ほら、あそこに誰か居ます」

 活火山の噴出をバックに、誰かがこちらに向ってくる。オレ達は、立ち上がり、そして、それぞれが構えた。

 そう、この赤い光の中、こちらに向かって来る者と相対する為に。

 しかしそのシルエットが、次の火山の爆発の細かく舞い散る光で、長い赤い髪とオッドアイの特徴を知り、それがユエだと知らせた。オレは、ユエが無事だったと想い、一目散で駆け出したのである。 

 しかし、その者は、腰の剣を引き抜くと、オレに向って切りつけたのであった。

「な……ユエ?オレだ!判らないのか!」

 オレは、間一髪その剣から退く。髪の毛の一房ほど切られたかも知れない、本当にギリギリのラインだった。

『我は、獣神スカアハ。この地に降り立つ者全てを排除する者なり』

 その声は、ユエを連れ去ったあの時発した声と寸分変わらなかった。オレは、ユエを乗っ取ったと想い、退くしかなかった。

「同化……しちゃってるんだ。ヤン!もっと退くんだ。そいつと闘っちゃいけない!」

 エドが、この状況を端から見て、もっと退く様にとオレに云った。

 言われずとも、退くさ。ユエの姿をした神と闘えるはず無いだろう!これは訓練では無いのだから。オレは、向ってくる獣神スカアハの心に支配されているユエの剣を只避けるしか出来なかった。

『何故闘わぬ?お主達。ラスキンハートの者達は、腰抜けなのか』

 せせら笑うその獣神スカアハは、オレ達を追い詰める。それは、火山口に向ってジワジワと。

「ちょっと、ユエ!莫迦やってるんじゃないわよ!あんた自分のやってる事に気がついてないの!この甘ちゃん!」

 ミネルバが葉っぱを掛けたが、ユエの心はそこには無い。まあ、有ったとしても、ユエの事だ、困った顔くらいしか出来なかったであろう。

「もう、後が無い。ヤン。剣をお抜きなさい。

闘うのです!」

 もう、一歩後ろに退いたら、火山口に落ちるというところまで追い詰められた。だから、アーイシャはそう云った。だけどオレは、それでも、剣は抜きたくなかった。

「こん畜生〜!」

 オレは、剣をすり抜け、獣神の足元を潜り、後ろへと回りこんだ。これで、逃げ道は広がった。

『んググッグ……』

 想いきや、アーイシャが、矢を放っていたのである。獣神スカアハの、肩に矢が刺さっていた。緑色の光る体液がそこから流れ落ちてくる。

「アーイシャ!何故矢を放った!」

 オレを助けるためとはいえ、ユエに矢を放ったアーイシャを睨み付けた。

「貴方は、闘うしかないのです。ヤン!」

 そんな事出来るわけ無いだろう!相手は、獣神スカアハであろうと、ユエが取り込まれているんだ。それを討つ事など出来るはずが無い!

『我が身に傷を負わせたのは、誰だ〜!』

 ユエのオッドアイだった目が、両方とも炎のように赤く染まっていた。これがあのユエ

?もう別人である。ユエなのに、ユエで無い。オレは困惑した。ユエはどこに!

 そう想っている間に、獣神スカアハはヒュンとオレを飛び越え、アーイシャへと詰め掛けた。オレは、シマッタ、とアーイシャの元へと急ぐ。 

 しかし、その剣は、オレが助けに入る前にアーイシャの身体を引き裂いた。真っ赤な血が、辺り一面へと飛沫いた。

「アーイシャ!」

 オレの目の前で、ゆっくりと倒れるアーイシャ。それは、仲間を護れなかった、自分の最大のミスだ。アーイシャは闘えと云った。それをオレが拒んだばかりに……

 オレは、倒れていくそのアーイシャの体を何とか滑り込んで支えた。それから立ち上がりリケルの居る方角へとアーイシャを抱えて走った。

 そしてゆっくりとその地面に衝撃を与えないように横たえると、オレは再び獣神スカアハを見た。

「お前は、獣神スカアハだ。ユエなんかじゃ無い!ユエはオレの仲間にこんな事はしない

!」

 オレの目に映るその者は、ユエの皮を被った獣神スカアハ。オレ達の宿敵、グリーズコートの連中が崇拝する神なんだ。

 オレは目を閉じて、心を落ち着かせる。

「リケル!アーイシャの傷の手当、何とかなりそうか!」

 オレの背後で、リケルはアーイシャの容態を診ているのであろう、ゴソゴソと物音がしている。オレは、これ以上此処を犯させるつもりは無い。

「これだけの血を流してる。だけど何とかします!任せて!」

 リケルは少し涙声では有ったが、とにかく、何とかしてみせると云った。オレはそれを信じるしか出来ない。

「後は任せる!エド、ルシード、ミネルバ!オレはもうこいつを、ユエとは想わない。だから、お前達も力を貸してくれ。闘え!」

 ミネルバは、この地に獣が居るかどうか、呼び笛を吹き始めた。そして、エドは槍を構え、オレの後ろへと移動する。ルシードは、オレと、獣神スカアハとの距離を測り、拳を構えていた。

「さあ、獣神スカアハさんよ。来るなら来てみな。オレ達は、絶対負けない!」

 すると、一人だった獣神スカアハは、四人に分かれた。魔法を使ったらしい。

 四人に分かれた獣神は、己が相手と、オレ達を見定めていた。

「厄介なやっちゃ。ヤン。此処は四人に分かれて闘うで。後は、野となれ山となれや!さて、久々に暴れるか〜」

 ルシードは、直、目の前に居る獣神と向き合った。エドは、オレとの間にいるもう一人を。そして、ミネルバは、この地にいたのであろう、鼠を先ず獣神スカアハに襲い掛からせていた。

 そして、オレは、残った獣神スカアハと向き合った。

「さあ、始めるぞ!これがオレ達の聖戦だ!」

 こんな勝てるかも判らない魔法を使う神と、己の力が尽き果てるまで、獣神と闘う事となったのである。

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