#15 移動鍵
「このグリーズコートは、云うなれば、移動要塞のような町、村で成り立ってます。地図を手に入れました。これがそうです」
ユエは、懐からその地図と云うらしきものを、取り出し、テーブルの上に広げた。
「この○が刻まれている所が、今私達が居るこの家です。そして、中枢部。が、此処。グリーズコートの中央に位置している、ルーンと云う塔です。で、町や村を見ていただければ判ると想われるのですが……」
それは、あっちこっち矢印を記した細かい物であった。
「この移動方法を知るには、如何すれば良いのでしょうか?」
策を考える立場であるアーイシャは、珍しく困った顔をした。それもそうだ。こんな細かい移動をする訳の判らない町や村などお手上げだ。オレの頭では混乱しか起こさない。
「移動鍵を踏めば良い。但しそれを探すのが困難だろう。村や町のどこかに存在するグリーズコートの紋章を探さなければならないのだから」
また凄く時間の掛かりそうなことを……
オレは、愚痴りそうになったが、これがグリーズコートなのだと自分に云い聞かせてみた。
「紋章やて?どんなんや、それは!」
そうそう、ルシードの云う通りグリーズコートの紋章など知らない。
「古代魔法に使われたルーン文字を組み合わせて作られた、円形の紋章です。例えば、こんな感じの……」
ユエは、その紋章を皆に見せる為に、わざわざその絵をテーブルに直書きで描いて見せてくれた。
「何か複雑やな。何かを模っとると云うわけでも無いし」
ルシードは、ラスキンハートのように、気神を模った紋章とは違う所から、そう言葉を発したに違いない。オレも、その紋章と云うものを見て、何かのマークとだけしか認識できていなかった。
でも、考えように依ったら、円形をしているのだから、ルーン文字というそんな物は関係ないのかも知れない。そう、円の中に複雑な線と、字が書かれている。とそう考えれば、判りやすのだ。
「ルーン文字。それを聴けて良かったですわ。確かルーン文字は、このアイーラの古代から続く伝統的な魔法文字。ルーンとルーンを繋ぐには、ルーンを。ですわね」
アーイシャは、エドの方を向いて、
「その竪琴。貸していただけるかしら?」
と云った。
「え?これか。良いぜ」
エドは、この竪琴が何なのかと云いた気に背中に背負った袋ごとアーイシャに手渡した。
アーイシャはその袋の中から竪琴を取り上げると、テーブルに置く。そして、その竪琴をポロローンと、鳴らしたのである。
するとどうだろう。その竪琴と、さっきユエが描いた紋章の描かれたテーブルが振動でガタガタと揺れ動き、共鳴したのである。
「やはりそうなのね」
オレは何がやはりそうなんだろうと、アーイシャに聴きたい所だった。が、
「この竪琴に刻まれている文字は、ルーン文字。必要なのは、ルーン文字という訳なのか……」
ユエは、ハッと気が付いた様に云った。俺にはその意味が判ってない。何処にそんなものが?と、竪琴の木の枠を見た。すると確かに文字が刻まれている。
「これが、ルーン文字?へ〜そうだったんだ。僕、気にも留めなかった。只の飾りかと想ってたぜ」
エドはあっけらかんと云ってくれた。持ってる本人がこれだからな……気付く訳がない。
だけど、アーイシャは気付いていたのか。本当に頼りになります。姉御!
「それでは、これを使って、紋章を探すと云う事になるのですか?」
リケルはその後を紡ぐ。そう、そう云う事になるであろう。その為には、この竪琴は、必要不可欠だ。しかも共鳴を起こしてくれるとなると、判りやすい。
「エド。あなたがこれを弾きなさい。その間に、わたくし達が、共鳴先を探すことにしますから……そうですね。眠りを誘う曲でも弾いてもらえるでしょうか?」
アーイシャは考えられる事を考えて云っているらしい。オレにはチンプンカンプンだが。
「眠りを誘う?なんで。皆を眠らすんだ?」
話が読めないエドは勿論問い返す。
「わたくし達ではなく、グリーズコートの連中をですよ。わざわざ闘う必要などありませんからね」
力の浪費だと云いたげだった。それもそうだろう。これから、中枢部までどれだけの町、村を跨いで行かなければならないであろうか
?それを考えると、力の温存は必要であろう。
それに、聖戦である以上、関係ない殺し合いは無意味だ。
「なるほど。判ったぜ!その時はやって見せてやる!」
エドは、自分に任せろとハッキリ云い切った。
こういうエドを見て、オレ達はまた、やる気が沸く。一人でも多くの者が力を貸すことで、これからの旅が、充実できる。
だからオレは、こう云った。
「みんなの力が、今までの積み重ねが、オレ達の戦力になる。これからもよろしく頼むぞ
!」
こうして、オレ達は、ユエの家を出た。
そう、このグリーズコートの暗闇に、ユエの光を灯しながら。
地図によると、初めの町は、此処だろうと予測を立てたのは、少し歩いた所にある樫の木が覆い茂った先の開けた場所であった。
建ち並ぶ家だと想われるそれは、木で出来ているようには感じられなかった。石。でも、オレの家の様に石を重ねて作っているようにも感じられない。何かを塗りこめて、それを平らにしているような気がする。その何かは判らないが……
そして、これから先が問題なのである。まずこの町から、次の町に移る為の、移動鍵を探さなければならない。
道を行くグリーズコートの者達は、時々オレ達の明かりの中を通り抜けて行くが、それでも、未だバレてはいない。そして、それが、初めてのグリーズコートの人間を目の当たりにする機会でもあった。
基本的に、背が高いのが特徴である。そして、右も左も赤い髪。赤い瞳を曝している。
まるで、オレたちラスキンハートの人間とは別の生き物でも見ているような気がした。が、それを云ったら、ユエも同じだ。だからそれは言葉に出さないように、気をつけた。見慣れている。そう、見慣れているのだ、と。
「では、この辺りで良いでしょうか?」
かなりこの町を歩いた。そして、人が集まらなさそうな広場でユエは、問いかけた。
「そうだな。アーイシャ。どう想う?」
それに対して、アーイシャは軽く頷いた。
「エド、宜しく頼む」
その言葉で、エドは竪琴を用意すると、掻き鳴らした。それによって、次第に眠りに就くグリーズコートの者達。そして、左の方から物凄い音が聴こえてきたのである。
「これが共鳴なの?気分悪い……」
ミネルバは、耳を押さえてその場に頭を抱え込んだ。聴覚にかなり敏感なミネルバだからこうなるのだろう。オレは、
「暫く此処で耳を塞いでエドと共にいろ!オレ達は、ユエと共に探しに向う!」
そう云って、オレ達は急いだ。この共鳴は、かなり神経を逆撫でしてしまう。オレも、頭痛がしてきた。
「こっちだ!」
走って、オレ達は共に行動した。そして、共鳴する先を突き止める。
それは、路地道と云うのであろうか、店が建ち並ぶその狭間の地面に施されていた。
「此処にいてください。私は、エドさんと、ミネルバさんを連れてまいります」
そう云って、ユエは離れた。そのため暗闇の中にオレ達は取り残された。
移動鍵は、この暗闇の中、赤く光っている。それがとても不気味に感じられた。
暫くすると、ユエは、エドとミネルバを連れて此処まで戻ってきた。
「これに乗れば、次の村に着きます。皆さん、一斉に乗って下さい」
ユエはそう云った。
「では、三、二、一!」
オレがカウントダウンすると、一気に皆がその紋章の描かれた地面を踏んだ。すると、七色の光がオレ達を包み込み、そして、不思議な浮遊感の空間に身を投じる事になる。
「何?この感覚……」
ミネルバが、上も下も無い空間に目を白黒させていた。次の村までの道がこんな空間だとは……まるで、空中を飛んでいるかのようだ。そして程なくすると、次の村の暗闇が見えてきた。オレ達は、気付くと、村の入り口に立っていた。
それは、元から地面に足を着けていたが如くに。
次の村は、人の通りの少ない山奥だった。
さて、如何したものか?先ほどまでの、判りやすい目印も此処には無い。これは、探すのに苦労しそうである。木々が邪魔をしてくれるのだ。これでは、先のようにエドとミネルバを残してはいけそうに無い。
「ミネルバ。暫く我慢していただけますか。
今度は、一緒に行動になりますから」
エドは、確かに歩きながらでも竪琴は弾けるであろう。ただし、ミネルバには酷だ。だから、敢えてアーイシャはそう云ったのだろう。
「我慢できるかい?ミネルバ……」
リケルは心配そうに、アーイシャの言葉を考えて問いかけた。すると、
「我慢すれば良いんでしょ!足手纏いはごめんだからね!ああ、これほど聴覚に自信持てない事って無いわよ!ベンジャミン、指示を出して!」
やけ起こしてるな……オレは、そう感じ取ったが、
「悪いな。ミネルバ。じゃあ、エド宜しく」
その言葉で、竪琴を鳴らした。また奇妙な劈く様な音が響き渡り、聴覚を刺激する。
オレ達は、直に、辺りを見渡し、共鳴部分を探す。そして、見つけたのは、大木の穴の中。そう、判り辛いそんな所に有った。
奇妙に揺れて、木の葉が辺りに散らばっているその光景で、見つけることがやっと出来たという何とも行き当たりばったりだ。
「こんな時は如何すりゃ良いんや?踏む事なんて出来へんで……」
ルシードは、こりゃ困ったと、頭をぼりぼりと掻いていた。それに関して、
「一斉にこの穴の中に手を入れて、紋章に触ってみましょう。それでも駄目なら、この木を切り倒します」
ユエは、腰に下げている剣に手を寄せた。
「剣で切れるんか?」
「やる価値はあります」
ユエは、一か八か試してしまおうと想っているらしい。
「それやったら、儂の拳で、この木を切り倒せるわ。騎士さんの大切な剣の錆にすることあらへん」
これに関しては、ルシードに任せた方が良い。ユエの剣で、この木を切り倒す事などできないのだから。オレにだって無理だ。
そして、オレ達は、まず手で触れてみることにした。しかし、それは無駄な事であった。
そこで、ルシードの出番となる。
「ちょっとどいとき。倒れてきた木で怪我せんようにな!」
すると、腰を沈め、気を静めると、一気に拳を木にぶつけた。すると、大きなその木が地面目掛けてバササ……と崩れたのである。
それは見事な腕前である。丁度、紋章がある部分の木の穴を真っ二つにしたのだから。
「こんなものやろ?」
そう、充分だった。オレは感動して、
「ルシード、お前と喧嘩するのもうやめるからな!」
なんて、そんな和みを入れてしまった。
「そりゃ、光栄やわ。儂もヤンの剣を考えると、喧嘩したないもん」
未だお披露目していないオレの剣を勝手に想像してくれている。それもまた和んだ。
「では、紋章に足を」
アーイシャは、その和みに少し水を差すようだがと、冷静に次を要求する。
そうだ、それをしないと次に進めない。
「次は何処ですか?」
リケルは問いかけた。ユエは地図を眺め、矢印を目で追った。
「次はかなり大きな町です」
「ああ〜もう、こんな事の繰り返し?しんどい〜」
ミネルバは、疲労がピークになっているのであろう。それもそうだ。でも、
「まだまだ先は長い。我慢してくれミネルバ」
オレは、励ますしか出来ない為そう云った。
するとそれを嬉しく想ったのか、
「ベンジャミンがそう云うなら、頑張る〜!」
現金なミネルバに、オレは苦笑いするしかなかった。
そして、再びあの空間を通り、次の町へ。今度は、かなり都会と想える町だった。
人々の足取りは早く、何処にこんな人間が住んでいるのかと想えるほどだ。
そして、その町並みには奇妙な動く箱。それに乗り込む人々が、絶え間ない。そして、また動く。
これは何であろうか?オレは疑問ばかりであったが、此処はそう云う、魔法が使われているのだろう。
さて、町の中央まで歩ききったオレ達は、次の行動に移る。
今度は何処に有ると云うのであろうか?移動鍵は……
歩きながら、エドがまた竪琴をかき鳴らす。すると、以外に近くに共鳴する振動を感じ取った。そして、その場所に急ぐ。
そこには、人々が集まっていた。その奥には移動鍵が赤く光っている。
しかしおかしい。この町の人々は、眠りに就くことなく、オレ達に一斉に視線を向けると襲い掛かってきたのである。
「作戦変更。直に戦闘開始!」
オレとユエは、剣を携えて、向ってくるグリーズコートの人々に切りかかる。何も武器を持たない人間を、敵であると判断するのは愚かしいが、向ってくる者に対抗するにはそれしか術が無かった。
そして、中距離はエドに、肉弾戦と判断できる者は、ルシードが受け持つ。アーイシャは、弓を使い、そのまた奥から襲ってくる人々を捉えた。ミネルバは、鳥を呼び寄せ、扱い、空中から人々に襲い掛かる。
そして、ここで、重要な任務を受けてくれたのが、リケルであった。
南の町ルカンダで、ユエと摘んできた薬草であるシータを燻し、それをグリーズコートの人々に振りかけた。すると、混乱した人々は、オレ達にではなく、味方同士争い始めたのであった。
「ふ〜助かった。ありがとう、リケル」
オレ達は、リケルにお礼を云った。
「良かったです。こう云うことでお役に立てて」
そう、何か怪我をしたりした時の補佐役であったが、その知識で、この場を凌いでくれたのだ。これほど嬉しい事は無い。
「今のうちだ、走れ!移動鍵に乗れ!三、二、一」
オレ達は、何とか無事次の場所に移動する。
こんな事が、何十回と続いたのである。それは、休むことなく続けられた。
時々地図とは違う村山地にも訪れたが、それは、仕方の無い事と考え、次々進んでいく。
そして、最後の町を終わらすと、終に、中枢部分の塔が在る場所へと辿り着いたのであった。