#12 出発
部屋の中は、オレとユエだけになる。そう、やっと、二人きりになった。
「……ユエ。お前それで本当に良いのか」
オレは少しトーンを落とした声で問いかける。それに対してユエは、
「断ち切るなら、今しかないと想ったんだが……ヤン、お前は心配してくれたみたいだな
?」
ユエは、テーブルに視線を落としてオレを見ずに問いかけた。
「あ、当たり前だろう!心配しない仲間なんて居やしない。お前は特に、抱え込む。嫌なら嫌で良いんだぞ。何も、ルカンダでなきゃいけないなんてことなど無いのだから」
オレは精一杯ユエに云い聞かせようした。しかしユエは、逆に辛そうな顔で、オレを見た。
「終わらせなければならない。それに、私が此処に来たのは、覚悟を決めていたから。だから、気にしないでくれ。過去は変えれないが、未来は変えられるのだから……」
それが、前向きなユエの考えなら、オレだっ賛成したい。でも……
「ルカンダは、五歳の時以来殆どその町の者との干渉は無い。私を見て判る者も居るかも知れないが、それは覚悟の上だ。だから、心配しないでくれ」
ユエは、オレを安心させるために、笑って見せた。それが、辛いんだ。
オレは、グリーズコートへの復讐を決めて騎士になった。そして、今でも、その復讐の念は変わらない。オレの殺された両親。そして、この村の人々への愛にも似た感情。此処まで復興させたことだけでも凄い事なのだ。だから、憎むべきグリーズコートはオレが生きるための敵として心を燃え立たす。
でも、混血であるユエを友に持ったオレにとって、これが本当に正しいことなのか?その疑問が心の何処かで燻らせる。そう、友人だからこそ踏ん切りがつかなくなっていた。
「ヤン……」
「何だ?」
「私は、後悔はしていない。お前はお前の道を往け。それが私の願いだ」
心の中を読まれている。そんなにオレは顔に出していただろうか……そんな顔を見せては駄目だ。判ってる。だけど、踏ん切りが……
「私を信じられないか?」
オレはその言葉で深い情から目を醒ました。
「判った。ユエ、お前を信じよう」
ユエは、本当に覚悟を決めていると視線をオレに向けた。こんなユエをオレは無視出来る訳が無い。それがお前の往く道なんだな。
ならオレも、それを受け入れよう。
それから、オレ達は、詳しいルカンダの内情を話し合ったのである。
私は、ヤンに心の内を曝したくなかった。
確かに、私を見知った者は多い。この髪、この瞳。あの事件は、私が引き起こした。そして、その贖罪を、ヤンに話してしまった。それで、全てが洗い流せるなら……そう想った。だけど、運命は、私の故郷ルカンダを選んだ。
それは全て私に、その代償を払えと云っているかのようであった。
きっと、これは縁なのだろう。それを自分の身で購えと云う。
そう、私は自分に、そして、自分の過去に勝たなければならない。今度こそ逃げたりなど出来ない。なら、手を広げてそれを受け止めよう。そう、それが私の運命なのであるのだから……
だから、ヤンが気に病むことは無い。こういう機会をくれたのだから。逆にありがとうと云わなければならないのだ。
この闘いが。そして、決着がヤンにとっても私にとっても区切りなのだ。
そうしたら、ヤンに云おう。心からの言葉を。
そんな私達の心は、もう、ルカンダへと飛んでいる。そして、それぞれの想い、そして、考えを乗せて、明日は来る。それは、全ての用意が出来た当日は、慌しくやって来るのであった。
「は〜い。翼竜はこの通り準備できてるわよ〜!それぞれ自分の持ち竜に乗ってね!」
厳つい、翼竜のゴツゴツした鱗。そして、ギョロっとした大きな瞳と大きな足。その爪は鋭く尖っている。ミネルバ以外の皆が圧倒されたのは云うまでも無い。
「さあさあ、乗った乗った。これで一っ飛びでルカンダへと進めちゃうんだから!」
よくよく見ると、翼竜の体の色が微妙に違う。基本、緑色なのだが青みがかっていたり、黄みがかっていたり。
そんな竜の首に、名前が刻まれたプレートが有る。それには数人ずつの名前が刻まれていた。
「おい、ミネルバ。この名前って、ペアで乗る事になるのか?」
オレは何だか嫌な予感がしたので、問いかけた。
「人数分用意出来なかったのよ〜それに翼竜は二、三人乗る事なんて造作ないことだし良いじゃない?で、あたしのペアは、ベンジャミンよ〜!」
オレは、それは勘弁。と想い逃げようとした。しかしミネルバはその腕を取り上げると、
「失礼しちゃう〜何もしないわよ。しても良いけど我慢するから!ね?」
ああ、ミネルバの悪い癖が出ている。何でも自分の想うとおりにならないと、この世界は間違ってると云う思考の持ち主だ。
「あ、別にミネルバが嫌だという訳じゃ無いんだが、ほら。男は男同士、女は女同士の方が良いだろう?」
あたふたとオレは云い訳をしようとした。
「え〜そっちの方が変だよ〜と云うか、ベンジャミン?ユエって人と乗る気じゃないでしょうね」
それはそのつもりだったのだが、
「図星。そう、そんなにあの女が良いの?ふ〜ん。なら、あたしがユエって人と乗るから
!」
うわっちゃ〜。それこそ勘弁。こいつと一緒なんてユエの神経に障る。だからオレは、
「判った。この通りにしよう……」
渋々、従う。そして、それぞれのネームプレートになる翼竜に乗り込んだ。
「向うは、ルカンダ!皆、しっかり翼竜にしがみついてろよ!」
オレは、ミネルバの後ろに乗り込むと、そう云い放った。
ミネルバは、首から提げている笛をピューイと一吹きする。すると、大きな翼を広げ、竜は空へと羽ばたいた。
それから、腰につけている鞭をミネルバは巧みに操りオレとミネルバの乗った翼竜は南へと方向を変えて飛び始めた。
その後に続くように、皆を乗せた翼竜は付き従ったのである。
オレはミネルバと。ユエは、アーイシャ。リケルとエドとルシード。この組み合わせで、飛び立った。全部で三頭の翼竜。それは、上昇気流をも上手く乗り切りどんどんと進んでいく。
「そろそろ、方向を変えなさい。ミネルバ」
後方を飛んでいる、アーイシャがそう叫んでいた。
「どうしてだ?」
オレは振り返った。そう、このまま南に進む方が早くルカンダに着く。
「グリーズコートの結界は、空にも及ぶからです。ほら、この通りですわ」
アーイシャは、背中の弓を取り上げると、それを扱い、矢を前方に放った。
その矢は、鋭く真っ直ぐ飛んでいった。それは、ある地点に辿り着くと、光を発して、火炎を起こしたのである。
「うわっ……ミネルバ、方向変えろ!この結界はどうなっているんだ。アーイシャ!」
こんな結界を空にまで張っているとは、グリーズコートは何を考えているのであろうか?魔法の力というものにゴクリと生唾を呑んでしまう。
「グリーズコート自体を取り巻くのかのように張り巡らされてるのだと、聴き及んでおりますわ。従って、ここから暫くは西を。時々わたくしが弓を放ちますからそれによって方向確認。そして見た目にも判ようになるので、それにて判断をしていただければ宜しいかと」
アーイシャは、平然と云ってのける。彼女が指揮官で良かったと想わずに居られない。心強い。知識と云う物は、大切なのだとオレはこれ程感じ入る事は無かった。
そこから先は、アーイシャの弓とミネルバの翼竜操縦で南へと進む。それは、実践的にオレ達の成果を発揮している序幕であった。
「ユエさん。あなた、グリーズコートとどういう関係なのでしょうか」
弓を放つ必要も無くなり後は南に進むだけとなったそんな時、アーイシャは、私に問いかけてきた。
私は、その言葉に驚きを隠す事ができなかった。それもその筈、彼女はミネルバのあの時の言葉に反論をしたからでもあったからだった。それを今更何故に問うのであろうか。
「困らせるつもりで云っている訳ではありません。そう。わたくしは、ユエさん。貴方を信じておりますから」
それは一体どう云うことだろうか。信じている……ヤンが仲間として連れて来たと云う事で信じられると云っているのかもしれない。と、そう判断してみた。それが一番妥当だ。
「ヤンが、わたくし達を危険に曝す訳は無い。それに、貴方は、グリーズコートと関係が有るとは思われますが、気の持ちようが違うように見受けられます」
やはり、ヤンを信頼していると云いたいみたいである。そして、私をも受け入れていると判った。
「おっしゃるとおり。私は、混血です。その事は、ヤン以外にここの皆さんは知り得ません。それでも、アーイシャさん、貴方は受け入れられるのでしょうか」
私は、こんな時にしか話せないだろうと、心を改めてそう問いかけた。
「受け入れます。貴方の事は、少しだけ存じておりますから。これでも、情報に関してはかなり精通しております。そして、これからの貴方の身の振り方が、この戦の要になるとわたくしは感じておりますゆえ」
アーイシャは冷静だ。そして、情報と云うものを、かなり駆使している。
私のことを何処まで知っているのか。このような時代でそれを知り得るとは……とも想うが、隠し切れないものでも有る。噂は如何様にも伝わるものであるのだから。そして、何を知っているのか。それは判りかねるが、アーイシャにとって、不利にならない。得る物が多いと云う事なのだと推測できる。
「そうですか……」
私は、一言そう云っておいた。アーイシャは何かを考えているらしく、その言葉には何も反応を示さなかった。
私は、それで充分だと想った。