#10 帰郷
タナーシャは、もう、冬景色。真っ白い景色が視界を覆う。雪は腰まで深々と降り積もっていた。
オレは、防寒用具を持っているが、ユエは、防寒服さえも身につけてないため、この寒くて凍えそうな雪の中、身動きを取るのが苦しそうだった。「一緒に来るか?」と云った手前、自分に責任がある。だから、オレの持っている防寒服を、ユエに着させようと想い、立ち止まったが、オレと、ユエの体格差と云うものがそれを拒んだ。
「済まない。ユエ」
オレは、自らとにかく着込み、その上に羽織るマントを自らとそしてユエに掛けてやった。
ユエの方が頭一つ以上高いため、その見た目は端から見るとデコボコした岩が歩いてるように見えるだろう。それでも、身体を寄せて歩いている内に、体は温まった。
「ホント悪いな」
オレは謝ったが、ユエは首を横に振った。気にしてないと言いたげだった。南の町で育ったユエにとってははきつい環境だろうに。
オレは、なるべく早く暖を取れるようにと、急ぐように足を動かした。
ユエもそれに歩調を合わせている。申し訳ない気分でいるが、それを見せないようにオレはギュッとマントを持ち、先を見据え歩き続けた。
そして、オレの家に辿り着く。家と云っても、簡素な物だ。石煉瓦を無造作に積み重ね、屋根は木と木を加工し組み立てたもの。それでも、生活には苦労しない。家が在るだけ恵まれているのだから。
「さあ入ってくれよ」
オレは、ユエを家に招き入れた。
「暖かいな。外の空気をキチンと遮断している」
そう。無造作に石煉瓦を組み立てていても、隙間は作っていない。この気候がオレ達の村に知恵を授けてくれたと云う訳だ。
「それに片付いている。ヤンは意外と几帳面なのだな」
その言葉は、オレの性格と違うと云いたいのですかな?確かに大雑把だけど、こう云う事はきちんとしたいんです!オレは苦笑いしたくなったが、
「今暖を取れるようにするから、その辺りの椅子に腰をかけてろよ」
オレは、荷物を自分の部屋に持っていくと、裏から薪を持ってくる。それを暖炉に放り込み、火をくべた。次第に部屋は暖かくなっていった。
オレは、ユエの座っている椅子に対して面と向かうようにテーブルを挟んで腰を掛けた。
「さて、本題に入ろうか」
ユエも、荷物を床に降ろし、寛げる様になったところでオレは詳しい話を持ちかけた。
「まず今オレの友人達は、自らに合う資格を採りに各地方に旅立ってる。オレが此処に還ってくる時期に合わせて、還ってくるようになっているからその内顔見せが出来るだろう。ユエにもちゃんと紹介する」
まずオレの仲間を知って貰わなければならない。それに知りたいであろう。ユエも。
「それに関しては、ヤンにお願いしたい。私の事はどう説明する?」
そうなのだ。騎士養成所の仲間として紹介するのは容易い。しかし、素性は明かさない方が良いだろう。ユエの生い立ちは秘密であった方が無難だ。
「同士だと伝える。それで良いだろうか」
オレは、それしかない。とそう想った。
「それしかないだろう。半分グリーズコートの血を受け継いでいるなどとは云えないだろうし」
ユエは、いつものあの無表情な顔でそう云った。無表情。でも最近こいつが少しずつ、微かに感情を表に出すようになっていることを俺は知っている。
ほんの僅かだが、喜怒哀楽を感じ取る事ができるようになった。それは喜ばしいことだとオレは想う。
ユエらしさ。人間らしさ。それを身近に感じることが出来るのだから。今のユエは冷静にそれを受け止めている所だと判る。
「そうだな。さて、オレが還って来ると、此処の明かりで皆判断するだろう。そろそろ夜になる」
北の地タナーシャは、白夜。そう、夜は短い。それも有り、暗くなるのが遅い。明かりか、それとも暖を取っているその煙突の煙かで判断する所が日常茶飯事だ。
と、此処で玄関の扉を叩く音が聴こえた。
「誰だろう?もう、還って来たって判ったのか」
オレは、呟やくように、
「ちょっと待ってろよ」
そう云った。それに対してユエは、緊張しているかのような表情を見せて、
「ああ。判った」
と返した。俺にもその緊張感が伝わった。
それが、オレとユエにとって、タナーシャに還ってからの、仲間との帰還後の最初のコン
タクトとなった。
ヤンはそっと扉の前に立つと、
「どなたですか?」
と問いかけた。すると、ヤンが扉を開く前にバンッとそれは開かれ、金髪をポニーテールにした色白の小柄な女の子がヤン目掛けて抱きついたのである。その勢いで、ヤンは後ろにひっくり返ってしまった。
その勢いと云うのは凄い物で、何が起こったんだろうと想えるくらい、私は面食らってしまった。
「いたたたた……」
ヤンは想いっきり頭からひっくり返ったものだから、頭を押さえて上に乗っかっている者にこう云っていた。
「莫迦!この、はねっかえりミネルバ!だからいきなりこういうことするなっていつも云ってるだろ!」
ミネルバと云う子に対してヤンはつっけんどんに云った、そして未だにヤンの上から下りようとしないのでそれを困ったように直にその体を押しやっていた。
私はこの場面ここに居合わせているわけで、どう反応すれば良いのか?それを考えたが、見て見ぬ振りを決め込んだ。それは、見て良い物かどうか判らないプライバシーと云う物だろう。
「お帰り〜ベンジャミン。やっと逢えたってのに、その素っ気無さは何なのよ?全く失礼しちゃう!このミネルバ様が抱きついてあげてるんだから、光栄に想いなさいって!」
元気一杯なそのミネルバと云う女の子は、リズム感良くヤンに云い放っていた。よほど自分に自信があるらしい。でも、確かに綺麗な顔立ちをしている。
そんなミネルバが、私の存在に気が付いたのは、それから直だった。思わず私が椅子をギシっと軋ませてしまったからである。
「あら、お客さん?」
ミネルバと云うその女の子は、こっちに一度顔を向けてそして、ヤンを見下ろしていた。
「見たら判るだろう。あと、お客さんじゃ無い。オレ達の新しい仲間だ……判ったら、さっさと退いてくれないか」
ヤンは、真っ赤になってそう云っていた。
それには、渋々仕方ないなと、ミネルバと云う子は顔を歪ませ、立ち上がった。
普段しているのだろうけど、仲間と云う言葉に反応したとも思える。さっきまでのにこやかなその表情が一変した。よくよく見ると、少し吊り上がった目元が印象的である。
「仲間って、女性なの?こんなひ弱そうなのが仲間なんて、大丈夫なのかしら」
女性?って、私の何処が女性だと云うのであろうか。しかもひ弱そう?流石の私もムッとしてしまった。それをヤンが、
「ミネルバ!お前失礼すぎるぞ!彼は、オレと同じ名前のベンジャミン・フリントって名前のれっきとした男性だ。年もオレと同じだし、お前より年上!それに、騎士養成所では主席を通してる。そこらの騎士より、格が違うの!」
それは云い過ぎだろうと私は、ヤンの言葉にちょっと待ってくれと云いたかったが、ミネルバが、
「ええ〜?男なの!どう見積もっても女性にしか見えない。と云うか女性の匂いがするんだけど?脱いでみせてよ」
なんて詰め掛けてきた。とっぴ無い事であるし、何故此処で私が脱がなければならないのであろうか。
余りにも今までになかった発言に、困った私を助けてくれるかのように、ヤンはそのミネルバの首根っこを掴んで、ヒョイっと持ち上げると、近くの椅子に坐らせた。
「そこで反省しろ。全く何をぬかしてるんだかこの莫迦は。悪い。こいつの悪い癖が出ちまった。こいつは、猛獣使い(ビーストテーマー)。云うなれば、動物を操る事が出来る一風変わった能力を持ってたりする。ミネルバ。挨拶は!」
そう云って、苦笑いしていた。まるで保護者のような対応。実際さっき、彼女の方が年下のような私の紹介をしていた。
「ミネルバ・タフト。宜しく。あと、ベンジャミンは、あたしの夫になる人だから、手、出さないでね。と云っても、ベンジャミンは、もう既にあたしと約束してるもんね〜だ」
凄く直線的な性格をしているなと想う。が、やはり敵対視されていると云うことは、私を女だと未だ想っているらしい。
匂いと云っていたが、何の事なのか?私は疑問だったが、余り追及することも無いだろう。そう。私はれっきとした男なのだから。
「おい、ミネルバ!誰が夫だって?お前みたいなハネッ返りの、高慢ちき。嫁になんて貰う訳無いだろう……それにいつ約束した。冗談はその辺りにして置け」
ヤンは、まんざらでも無い顔でそう云った。なんだ、何だかんだ云っても気に入ってるんだ。このミネルバと云う少女を……そう想ったとたん、何だか胸を締め付けた。それが何なのか今の自分には判らず、一瞬不安になったが直に話に耳を傾ける。
「で、お前いつ戻ってきたんだ?それによく気が付いたもんだ」
ヤンは、話をミネルバに向けた。
「一昨日だよ。卒業式があたしの方が早かったんだ。それに、ベンジャミンが還って来るのを待ちに待ってたんだよ。気付かない訳が無いじゃない?それに、あたしにはこの耳と鼻がある。声と匂いですぐに判るよ」
ケロッとした顔でミネルバは、云った。それが当たり前でも有るかのように。それもそうだろう。ヤンの事が好きなのだろうから。
「で、他の皆は?」
ヤンは、少し照れて後の仲間の事を聴き始めた。
「あら、照れちゃって。う〜んと、エドは未だ還ってきてないよ。アーイシャは今日還って来たけど、未だ顔を出さないと想う。あの女、面倒くさがりだから。リケルは還って来てる。相変わらず、薬草図鑑に没頭。ルシードもそう云えば未だかな」
名前を挙げる限り、他に四人居るらしい。私達、此処に居る者を考えると、七人と云う事になるのであろうか。私は、冷静に判断していた。
「そうか。なら皆が集まれるまで、少し待たなきゃな。卒業式が終わってるけど、タナーシャに還って来れてないと云う事も考えられる。さて、俺はもう休みたいから、ミネルバお前帰れよ」
あの雪の中、動いたのはかなり辛かった。流石に私は何も食べなくても休めそうだ。
「え〜折角還ってきたのに、もう少し喋ろうよ〜」
ミネルバは、名残り惜しいとヤンに縋り付いた。それを、
「俺は休みたいの!さて、ユエ、休もう。オレの部屋貸してやるから」
ヤンは、そう云うと、私に話を振った。だけどヤンは何処で休もうと云うのであろうか。
「ヤン、お前は何処で休むと云うのだ?」
私に部屋を貸したら、休む場所が無いであろうに……
「オレは、此処で休む。それとも一緒が良いか?」
ヤンはケタケタと笑った。一緒と云うのでも良いのだが、狭くなるであろう。私はとにかく場所を取るだろうから。
「なら、私が此処で休もう」
そう、居候としては丁度良い。
「そんなことさせられるかよ。ユエは客人なの。奥で休め。オレは何処ででも寝れるんだから良いんだよ!」
ヤンは慌ててそう云った。それは自分の責任であるとでもいうかの如くだった。
「ねえ、ちょっと。さっきから気になってたんだけど、ヤンってベンジャミンの事?」
私達のやり取りにミネルバが間に割って入った。
「オレ、ヤン。って渾名なの。で、こいつは、ユエ。さっきも云っただろ。名前が一緒だって。お前も、オレの事、ヤンって呼べよな。紛らわしいから」
話を聴いてなかったのかと、ヤンは嗜めた。だけど、名前が違うから渾名で呼び合ってるとはヤンは語ってない。だから、
「ごめんなさい、ミネルバさん。私の事は、ユエと呼んで頂ければ嬉しいです」
ヤンの事はともかく、それで良い。出しゃばってしまったかも知れないが、そう云った。
「ふ〜ん。そう。あなたの事はそう呼ぶわ。でも、ベンジャミンはベンジャミンって呼ばせて貰うから!あなた達の都合なんて知らないわ」
ミネルバはハッキリとそう云った。
「ミネルバ、お前な!合わせろよな、このちんくしゃ!」
ヤンは怒っているようだった。もしかして、この仲間達って云うのは、ヤンを中心に集っているのではないだろうか?リーダーとして。
「酷い!今更変えられる訳無いじゃない!ベンジャミンはベンジャミンよ!もう、あたしはそう呼ぶからね!」
そう云うと、椅子から立ち上がり、舌を出して玄関の扉を開けてドタドタと出て行った。
「ったく〜あいつは……」
ヤンは、頭をポリポリと掻いて、溜息をついていた。そして、
「ミネルバってああいう奴だから、手が掛かるけど、気を悪くしないでくれよな。あいつの腕と天性の勘はホント凄いから、仲間としては、手放しがたいんだ」
言い訳かな。でも、私は特に気にはしていない。驚いたけれども。
「で、ユエ?お前はオレの部屋で寝ろ。絶対それだけは譲んないからな!」
念を押されてしまった。それに私は逆らうことは許されない。なんて想えて、
「それじゃ、お言葉に甘える」
と、少し躊躇ってそう云った。
それから、休む準備が始まる。それは、ヤンの下テキパキと進んだ。
流石この家の主。
ヤンは、私が想っているよりしっかりしている。それが凄く心強い。
これからも後に、ヤンの仲間達との対面がある。それを考えると新鮮でも有るが、凄く緊張するだろう。それでも私が選んだ道だ。もう引き返すことは出来ない。そう。ヤンと云う旗頭の下、私は動き始めたのだから。
だから、今は休もう。
備え付けられた布団の中に潜り込む時、私はそんな風に考えに至った。そしてその布団は、薄くても、温かくて、ヤンの匂いがした。それが何だか心地よくて、直に眠りに堕ちた。