#1 プロローグ
我、汝の心に背く者なり
我、自らを罰する者なり
我、無欲なるに心を閉ざす者なり
汝、我を救いたもうか?
『我、それを心から望む者なり』
心の中に住まう贖罪。それで全てが洗い流される暁には、自らの心を解き放つ事を旨とする。
否、そうする事で、人との距離を測る事が出来る。そう信じていたい。ずっと心の何処かで隠していた想い。それは、今までの自分が持っていた、たった一つの儚い願いだった。
真っ黒な空にひっそりと蒼い月だけが冴え冴えとこのアイーラの空にぽっかりと浮かんでいる。何て冷たい月であろうか?それがまるで、自らの心にその代償を払えと云わんばかりに感じられた。
アイーラ。ここは、太古、アイルランドと呼ばれた土地である。
これまでの年月を経た温暖化、地殻変動と、海流異常により、アイルランドはユーラシア大陸と併合してしまった。否、併合と云うのは、語弊かも知れない。一繋ぎの大陸となったというべきであろう。
そして、永い氷河期が訪れ、一度栄えた文明は廃れてしまった。人間は、次々と息絶え、そして残ったのは僅か数千人ほど。そして、太古絶滅したはずの、翼竜などの恐竜さえもが生息するようになった。
それはまるで、太古のような時代である。否、世界は混沌となったのかも知れない。
既に、北も南も変化を遂げた。地軸がかなりずれてしまったという訳だ。今では、赤道となる部分が北と南を作っている。そしてアフリカ大陸、北アメリカ、南アフリカ。その他の島々。 それらも全て海の藻屑。古き海底都市となってしまった。
また、ユーラシア大陸も、その何千年と云う時を経て、半分近く海に沈んでしまっている。
アジアと云うものは存在しては居ない。今の地球は、そのアイーラという一つの大陸として簡略ながらも地図は書き換えられた。もうその土地しか存在してはいなかった。
これらの歴史を書き記した過去と今を繋ぐ古い文献達。それを保存する事すら殆ど儘ならなかった。それほど急激な変化がこの地上にあった。
よって、アイーラの今で云う地図での西方に重要書庫館として、一部、何とか掻き集められるだけ掻き集められた書籍類が保管されている。及び、口伝として書き記された書物として保管出来ている物もあるらしい。といった時代とも云えよう。
そんな今のアイーラも、その氷河期から解放され随分環境が善くなり、人が何とか生活する事が出来るようになってきた。広葉樹も生え、草花も奇跡的に、夏の季節にだけはひっそりと顔を現す。そして、土地に依ればもっと気候の良い地方もあった。
そんな時代背景は、古代を想わせるような時代の幕開けを迎えようとしている土地と成り得た。
それでも過酷な時代には変わりは無い。それは、アイーラを二分する、民族意識がそれであった。相反する民族。
グリーズコートという獣神を讃える民族である国と、ラスキンハートと呼ばれる気神を重視する国に大きく分かれているからであった。
グリーズコートは主に動物や人間を主体とする民族であり、特に争いに長けている。中には呪術・魔法にも手を出していた。
そして各地を荒らしまわっているような気性の荒い人間が居住しており、云うなれば、此処は混沌とした欲望に忠実な者達が集うアイーラの中央となる国である。
それとは逆に、基本ラスキンハートは、自然や植物を主体と考える民族が住まう穏やかな地方である。
そう、グリーズコートを取り巻くように在る土地。保守的な国。
だが、気神の教えに反する事になろうとも、グリーズコートからの侵略に受けて立つだけの力を持とうと、武力を少しずつ蓄えるため、小さいながらも新たに各施設を創設した。そして、少なくとも年若き者数十人。そこに入学する者達が集い始めたのである。
施設は、希望者を受け入れ少しずつ形となってきていた。それは、自らの意志を向上させる物であり、自己防衛と侵略回避が目的である。
それを、善しとするか、義旗とするか、罪とするかは、判断する者の考え方一つであろう。死を目の前にして人は恐怖を覚え、そしてそれを回避しようとする。その手段を得るためなら、これは一つの手ではなかろうか。
そう、人は穏やかな面を持ちながら、保身する能力。そして死に対しては敏感なのであるのだから。
特にこの時代は、そう云う時代と云えるのではなかろうか。と、自分は考えた。
私の名前は、ベンジャミン・フリント。十五歳。本日付けをもって、数ある施設の内の一つに入学を許可され、そこで生活と勉学に勤しむべき、一人の若き騎士となることを志望した者である。