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離別の詩

 王都はすでに、夏の盛りである。昼間など、往来に立っただけで、汗が噴き出してくる。歩いていた方が、まだ、涼しいくらいであった。

 コルネリウス・スピレイン邸に、死神心剣が寄寓して二月が経った。そのあいだに、コゼットは、コルネリウス老人とシャノン・ブランドフォードの粘り強い説得もあって、同邸に、ジャンを伴って身を寄せた。

 心剣にとって、ここでの生活は、昨年のそれと違って、ひどい煩わしさを覚えるものであった。

 と言って、別段、邸の者たちから、あれやこれや言われるというものでは無い。むしろ、何も言われない。退屈なのも、昨年と同じ通りである。

 原因は、カレンにあった。

 イザベル・カペーの許から、奪ったのは、懇願に負けたからだけでは、やはり無かった。どうしても、小夜を、彼女に重ねたのであるのを、今更、この男は否定しない。

 老人が保護ついでに新しく使用人としてカレンを雇うと、彼女はおのれから、心剣の世話を買って出た。

 それが、心剣には、この上も無い煩わしさを、感じさせるのである。

 小夜を、重ねてしまうが故の事であった。

 言葉にはせぬが、カレンは、わが身の幸福を、心剣へ見せる、その表情態度に、隠そうとはしなかった。この二月というもの、心剣とカレンは、会話らしい会話を、一切、していない。むしろ心剣は、冷たい態度をとるばかりであった。それでも彼女は、甲斐甲斐しく心剣の世話を焼いた。

 カレンのこちらに対する愛情を、感じぬほど、心剣は鈍くは無い。ただ、何故カレンが、自分に愛情を抱く事になったのか、それが、心剣にはどうしても解せぬ事であった。

 心剣はこの日――というよりも連日、朝から晩まで、いつものように飲み続ける酒で――いい加減頭の濁った状態に、飽きてきた。

 寝台にごろりと寝そべる手枕の心剣は、なんの拍子か、視線の先に、カレンの裁縫の様子を眺めることになった。

 心なしか、はにかんだ表情で、糸と針を動かすカレンは、やはり、髪型と服装を変えれば、小夜が武家の妻女の務めと嗜みに勤しんでいると、思わずにはいられなかった。

 心剣の視線に気づいたカレンが、ちら、と顔を上げて、何も言わず微笑を()いたのち、手仕事に戻った。

「……何を繕っている」

 これが、心剣から初めて、カレンにかけた言葉であった。

「貴方様の、新しい御召し物を」

 カレンの声には喜色があった。(あるい)は、心剣がやっと自分に対して心を開いてくれたとでも、思ったらしかった。

「……要らぬ」

「――え?」

 カレンは困った顔をして、心剣を見つめた。

「そなたに繕って貰う謂われはない」

「でも……」

「要らぬ、と申している」

「……」

 カレンはやがて、悲しそうに、

「……はい」

 と小さく答えて、作業をやめた。

 暫くの沈黙が、二人にのしかかった。やがて、心剣は、言っておかなければならぬ事を言った。

「そなた、俺を好いているようだが」

「は――はい!」

 と、カレンが双眸を輝かして、はっきりと認めたのには、さすがの心剣も刹那、呆気にとられた。

「何故だ、とは訊かぬ。ただ、その感情は、捨ててしまった方が、そなたの為になろう」

 しかし、気を取り直して、心剣は言い放った。

 すぐの理解は出来なかった様子で、カレンはきょとんとした。

「俺に、そなたを愛するつもりは、無い。もっと言えば、男として、そなたを抱くつもりも無い」

 一方的な拒絶にもかかわらず、カレンは、まるでそう言われるのを分かっていたが如く、諦観的な微笑を湛えた。

「はい……。それでも、構いません。それでもわたくしは貴方様を、お慕い続けます」

 こうはっきり言われては、心剣にも二の句が無い。

「ならば、勝手に致せ」

 苦し紛れに言って、心剣は寝返った。

「はい」

 嬉しそうなカレンの返事に、心剣は肚裡で、

 ――解らぬ!

 と首を捻るばかりであった。


 大垣源十郎が、心剣を(おとな)うて来たのは、あくる日の正午であった。

「大垣さんが……?」

 この時、部屋には、カレンのみならず、コゼットとジャンの姿もあった。部屋に母子が居るのは、これは、全くの偶然であった。最近、ジャンは、剣術に興味を持ったらしく、コゼットが諌めるのも聞かず、屋敷で剣を扱える者や、時折訪問してくるシャノンを捕まえては、教えて欲しい、と、頼んでいた。

 自分の力で、母親を守りたいのであろう。

 だが、大人たちは、何くれと理由を付けて、取り合わなかった。コゼットが事前に含みを持たせていた為であった。彼女は、あくまでも、慎ましい暮らしを望んでいるのであった。

 そうとは知らぬジャンは、最後の手段とばかりに、心剣へ頼みに来ていたのであった。

 使用人が大垣源十郎の名を口にするのを聞いて、心剣は僅かに眉宇を顰め、カレンとコゼットは、明らかな緊張の色を面上に刷いた。

「? ――なんかどっかで……聞いたような」

 一人ジャンだけが、記憶を探る様に首を捻ったものだった。

「お帰り願いましょうか?」

 二月前の事情を知っているだけに、この使用人の表情は冴えなかった。

 心剣は、少しの間を置いて、

「いや、会おう」

 と、言いながら、立ち上がった。

「あ、おっさん! 俺に剣術を――」

「その話は、また今度にいたそう。聞いての通り、俺に客が来ている」

 頬を膨らますジャンを置いて、心剣は玄関へと身を移した。

「おお、死神氏! お久しぶりでござる」

 例によって、鬚もじゃの、熊みたいな源十郎の、変わらぬ姿であった。

「一別以来だな、大垣さん」

 源十郎の何とも明るい顔と声音に、心剣も穏やかな態度で返した。

 もっとも、この瞬間、心剣の胸中には、

 ――そうか……その(とき)が来たか。

 この直感があった。

「では、大垣さん、参ろうか」

「うむ、参ろう」

 心剣が促すと、源十郎は軽く、頭を下げた。

 外は曇天で、夏の強烈な陽射を幾分遮ってくれてはいたが、かわりに湿気を高くしていた。

 心剣と源十郎は肩を並べて歩く。と、源十郎のお喋りが、始まった。

「ところで死神氏。あの日の事でござるが、ずっとお訊きしたいと思ってござった。あの日、なにゆえに、カレン殿まで、連れてかれたのでござろう?」

「部屋に閉じ込められた時、あの女に頼まれた」

「カレン殿が。左様でござったかぁ」

「そうしなければ、いずれ、あんたの策にあるじが気付いた時、成敗されると考えたのであろう。……今にして考えれば、我ながら、要らぬ慈悲心というものだったが」

「その事でござるが、イザベル様はあの日以来、痛く反省あそばれておられる。相当堪えられた御様子でござるよ……」

 源十郎の声が沈んだものになった。

「もしかすれば、イザベル様は、お心をお病みあそばしたかもしれませぬ。貴公のような黒い衣装を纏うた者に、ひどく怯えられて、なんともおいたわしい……いや、貴公を恨んでおるのではござらぬ。もとはといえばそれがしが招いた事でござれば、責任はすべてそれがしにある。この腹、掻っ捌きたいくらいでござるよ」

「すれば良かったな」

 と、心剣は微苦笑を返した。

「それは出来申さなんだ。だからこそ今、貴公とこうして歩いているのでござる」

「……一応、言っておこうか」

「なんでござる?」

「大垣さん。俺は、死にたいと望む者を斬る、などという仏心は持ち合わせてはおらぬ」

 源十郎が立ち止まった。心剣も立ち止まって、源十郎を見つめた。

「あいや、それは違う。誤解されておる。確かに拙者は、腹を斬る存念ではござるが、それは、貴公を討ち果たしてのちの事と、考えてござる。決して、貴公の手にかかって果てたいとは、これっぽっちも、考えてござらぬ」

 源十郎はむしろ笑ったものであった。

「そうか。それは失礼を言った。済まぬ事だった」

「いやいや、死神氏が謝られる事ではござるまい」

 二人は再び歩き出した。

 今度は、無言が続いた。

やがて、貴族と庶民の住まいを隔てる「盾備え通り」を越え、ここから一気に、人通りが多くなる。

「ところで死神氏。昼食(ちゅうじき)はお済みでござろうか?」

「いや……」

「どうでござろう? 藤井殿の寿司を肴に一献」

 酒には飽きていたが、どちらかの末期の酒になる、となれば、断る理由は無かった。

「付き合おう」

 藤井圭吾の寿司屋台は、その日その日で、立つ場所が微妙に変化はするものの、基本的には、中央広場から少し離れた場所にあるので、見つけるのに、苦労は無かった。

 昼食時である。心剣は、屋台に十人ばかりの客がついているのを見て、思わず片頬を緩ませたものであった。

 シャノンのおかげで客が増えたとは、確かに聞いていたが、実の所、話半分にしか、受け取っていなかったのである。

 とはいえ、この時間に、たかだか十人である。ブームは去っていると見て良いが、客たちは、この世界に生まれた者たちであると、見て取れた。いつかは、認知されて行くかも知れぬ。

「あっ! 旦那! ――っとっとと、これはこれは、いつぞやの……」

 心剣を見つけて、陽気な声を上げた圭吾だが、心剣の隣の源十郎には、挑むような態度であった。

「圭の字。そう邪剣にするな。この人も客だ」

「客ぅ? 旦那、だってこの人が、旦那やコゼットさんの敵だったんでしょう? 悪いですけどね、俺はこの人の為に、もう握りたくはありませんぜ」

「……」

 圭吾の言葉に、源十郎はなんらの言葉も返そうとはかった。ただ、寂しげな苦笑を刷いたのみである。

「そう言うな。人生の最後に、何を食べたいか、この人と俺の意見が一致したのだ」

「……へ?」

 圭吾がポカンとするのに、心剣は重ねた。

「俺か大垣さんのどちらかが今日、死ぬ事になる。どちらが死んでも恨みっこ無し……。だから、最後になるかもしれぬ食事には、大垣さんと二人、あれこれ議論したぞ。その結論が、お前の寿司だった」

 そんなことを、言っておいて、心剣は源十郎を促して、床几に腰かけた。

「え? は? ちょっ……もしかして、このあとお二人、は――果し合いってやつですかい?」

「うむ」

 圭吾が絶句し、固まった。

「お前も板前なら、客の選り好みなどせず、目の前の俺たちを満足させて見せろ。――どうだ?」

 心剣の言葉に、圭吾は多少の動揺を見せつつも、答えた。

「よ――よし、解りました。やってやろうじゃありませんか!」

 まず酒を頼んでおいて、圭吾が寿司を握っている間、呑むことになった。

 シャノンが、現れたのは、心剣と源十郎が互いに互いの酒を、相手の杯に二度ほど注ぎ合った頃合いであった。


「心剣さん。あ、それに貴方は……」

 シャノンは、源十郎に軽く会釈した。源十郎も立ち上がって、軽く頭を下げた。

「お久しぶりです」

「全くでござる。貴公にも、謝らねばなりますまい。あの時は、申し訳ありませなんだ」

 沈痛そうな表情の源十郎に、シャノンは苦笑するより無かった。

「いえ。わたしどもの方こそ。わたしの弄した詭弁は、いかがでしたか?」

「ははは。やはり、そうでござったか。いや、あれには弱り申した。といって、イザベル様の手前、承諾することも出来ず……。本当に困ってしまった次第でござった」

 源十郎が笑った。シャノンには、その笑顔が、とても人懐っこい、平和なものとして見えた。

「わたしがバルビエ様の真似事をする羽目になるとは、思っていませんでしたよ」

 文句とも言えない文句を、心剣に言って、

「ご一緒しても?」

 シャノンは源十郎に微笑を向けた。

「無論にござる」

 シャノンが腰かけた途端、圭吾が寿司を運んできた。

「ちょっと、良いっすか、シャノン様」

 困ったような顔の圭吾であった。

「少し、失礼します」

 シャノンは心剣と源十郎に断って、圭吾について行った。

「あの二人、これから、果し合いするそうなんですよ」

「え?」

 驚いて、シャノンは、二人に目をやった。

 二人の表情は、すこぶる穏やかなものであった。十秒ほどシャノンは眺めたが、その時間の中で、源十郎が何かを言い、心剣は微笑を刷いて何か答え、源十郎が気持ち良げな笑い声をあげた。不穏な様子は、全くと言っていいほど、無かった。

「まさか」

 と、圭吾に顔を戻したが、圭吾の大真面目な顔つきに戸惑ってしまった。

「そんな――一体、なぜ?」

「あれじゃないすか? あの熊野郎がリベンジしようとして……?」

 圭吾も二人の様子に、今自分が言ったことの説得力という点で、自信を無くしたようであった。

 ――解らない……。どうして、あの二人が果たし合おうとすることになったのか。事件が解決した今、果たし合う必要など……。

 シャノンは席に戻った。

「あの、お二人はこれから、闘うのだとか?」

 意を決して、シャノンは言った。

「うむ――」

「左様でござる」

 まことに、あっけらかんとした、それがどうした、と言わんばかりの二人の態度であった。

「なぜ……です?」

 喘ぐように訊ねるシャノンに、心剣が、言った。

「兵法者だからだな、この人が」

「左様。拙者は、兵法の道を究めたいのでござる」

「だから、だ」

「受けて頂き、死神氏には、かたじけのう存じており申す」

「はあ……」

 シャノンには、全く解らなかった。はぐらかされたとすら、思ったものであった。

「おわかりになられぬか?」

「正直、解りません。これから、チェスをするのだと聞かされた方が、お二人の様子に叶うのですが……」

 言いながら、シャノンはゆっくりと首を振った。

「兵法とは、何かを守るために、己の武を鍛える事かと存ずる。国を守るために兵を養い鍛えるのも兵法。また兵法には、戦に於いて必ず勝たんとする事とも存ずる。勝てねば、守らんとするものも守れぬ。畢竟(ひっきょう)、兵法の究極は、常に勝つ、常勝の用兵にござろうなぁ。拙者は、その奥義を悟りたいのでござる……が、言うのは簡単。これはあるいは、僧になって開悟解脱(かいごげだつ)するよりも難しかろうと存ずる」

「ますます、解りません。用兵を学びたいのならば、個人での決闘事など関係ないのでは?」

「それも、道理の一つ。承知しており申す。神君大権現様も、同じことをお口になされたとの事……」

 徳川家康は、およそ剣法というものを、二つに分けて考えていた。大将の剣法と、士卒の剣法である。大将の剣法は、己が身を守る為の物で、士卒の剣法は積極果敢に敵を斬るというものであった。

 (ある)()、家康は、息子秀忠の、熱心に剣術稽古に勤しむ姿を見て、

「自身の身を守る以上の剣技を習得してどうなる。お前は将軍なのだから、そこまでで良い。それ以上は士卒の者が学ぶものだぞ。今後は、鍛練の為にのみ刀は振るに留めて、軍配太鼓(戦の指揮)の事を学ぶように」

 と、諭した。源十郎は、この事を言ったのであろうが、当然、シャノンが知る由も無い。

 何とか、二人が闘うのを、翻意させることは出来ぬかと、シャノンは再び口を開きかけたが、それは、心剣によって、阻まれた。

「ま、なんのかんのと言った所で、完全な説明は無理だろう。どちらが強いのか、黒白(こくびゃく)をつけたい。自分の方が強いと言う事をはっきりさせたい。……要は、ただの意地の張り合いだ」

 源十郎が、にやりとして頷いた。

「これはしたり。はっははは。まさしく、武辺の意地というもの……。おう、そうでござる、シャノン殿。一つ、お頼み申したい」

「なんでしょう」

「貴殿に、見分役をお願いできぬか?」

 シャノンは、深くため息を吐いた。どうでも果たし合う気らしい。シャノンは諦めるより他は無いと、考えた。

「……わたしで良ければ」

 となれば、見届けるのが、自分の義務であろうと、シャノンは見分役を引き受けた。

 そののち――。

 連れ立って、歩きながら、心剣と源十郎は、ずうっと、親しげな空気を醸していた。尤も、喋っていたのは、殆ど源十郎ばかりであったが……。

 二人より、数歩遅れて、シャノンはしきりに、小さく首を振っては、嘆息していた。

 二人の様子は、幼馴染が、数年ぶりに顔を合わせて、積もる話をしているが如くであった。

 まことに、これから、この二人が、命を切取る決闘を成さんとしているとは、思えなかった。

 さらに、シャノンの気を滅入らしているのは、先ほど聞いた、源十郎が心剣に勝ったのち、己が腹を捌かんとする話であった。

 ――どうして、自殺など……。

 また、シャノンにとって、心剣がその事に全く頓着する様子が無いのも、解せない。

 シャノンに解ろうはずは、無かった。この地に、切腹という概念は無いのである。

 それでも、あれやこれやと、考え、憶測しながら、ふと、気が付いてみると、自分たちが今、コゼットとジャンが住んでいた、あの古い家への道を辿っていることに、シャノンは気付いた。


「思い返せば、ここほど、我らの果し合いに相応しい場所は、ござらんのぅ」

 心剣は、源十郎がそう言って、コゼットのおんぼろ屋に、どこか、遠い視線を当てるのを、苦笑しつつ、見守った。

 源十郎の気の済むまで、感慨にふけさせるつもりであった。心剣には、不思議と、何の思いも去来してなかったのである。

「ここから、始まったのだ、という気がしてござる……」

 源十郎の感慨は、しかし、ほんの僅かの時間であった。

「では、シャノン殿、見分役の儀、お願い仕る」

 深々と、シャノンへ頭を下げる源十郎を眺める心剣の眼は、この時もう、冷たい冴えたものへと変わっていた。

「は、――はい」

 いくらか面食らったようなシャノンの返事を合図に、二人は、ゆっくりと、距離をとった。

 刀が、抜き合わされた。

 双方、晴眼。

「小山一刀流、大垣源十郎。――死神氏、名乗られい!」

 流派名を求められて、心剣は、

「すまぬが……出鱈目勝手流……とでもしておこうか。……死神心剣」

 こう答えた。源十郎が、にこっと、一度破顔して、忽ち厳しい顔つきに戻った。

「いざ! 参る!」

 言葉と同時に、源十郎は上段に刀を移した。それは、尋常の上段では無かった。

 小山一刀流の法形の一手、「(ましら)打ち」であった。

 振りかぶった刀身を背中に隠し、膝をかがめ、全く、上段の構えの意義や利を捨て去った、とも見える、意外の姿であった。

 心剣はその構えの意図を、予感した。跳躍しざまに、斬りかかって来るものと思われた。その為に、あらかじめ、両膝がかがめられているのであろう、と。

 攻勢の構えに対しては、守勢の構えを以って応じる、この常識を、心剣は嫌っていた。

 即ち、心剣は登龍落としの構えに、移行したのである。

 伸ばした左手の五指が不規則に動くのを、源十郎の目に映させておいて、心剣は、つま先刻みに、ゆっくりと、間合いを詰め始めた。

 源十郎は、総身から、闘志を漲らせ、心剣の寄るに任せている。一足一刀の間境で、心剣は歩みを停めた。

 それから四半刻――両者は、互いに撃って出ようとはしなかった。心剣の左手の五指を除いて、絵に入った如く、静止を続けた。

 ――守りの上段とは……。

 これは、心剣から間合いを詰めて行った際、源十郎が全く動かなかった時点で、直感したことであった。

 上段に取りながら、下段の働きも可能な構えであると言えた。更に言えば、隠剣の構えでもあった。しかし……恐ろしい工夫が加えられた構えではあるが、よほど、己の太刀行きの迅さに自信が無ければ、ただの自滅剣であると言える。

 一方で、源十郎も、心剣の構えにどのような工夫があり、どのような弱点があるか、考えていた。

 先に、己が撃つか、相手に撃たせるか。撃つならどこか、撃たせるならどこを? いつ?

 両者の汐合いは、川面を跳ねた一匹の小魚の上げた水しぶきの音で、一瞬にして、極まった。

 心剣の白刃が、陽光を反射させ、空間に光の弧を描いた。

 と、同時に、源十郎の刀も、心剣の残した弧より、やや高い所で、白い半円を成した。

 残光が消えて、二人の間合いは、遠く離れていた。

 シャノンは愕然とした。

 心剣の手に、刀は握られていなかった。刀は、跳び退った源十郎の左胸に、深々と、突き刺さり、背を貫いていた。

 こちらの攻撃を源十郎が、後方に跳んで躱すのを、網膜に映った刹那、心剣は、刀を投げたのであった。意識しての事では、無かった。体が勝手に、成したのであった。

「ぐ……う…………! 死神氏……お見事でござった……」

 呻いて、源十郎は、糸が切れた人形が如く、膝から崩れ落ちた。


 大垣源十郎の遺体を、丁重に葬って、死神心剣とシャノン・ブランドフォードの二人が、会話少なく歩き出した時、太陽は大きく西に傾いていた。

 大通りに差し掛かって、右へ折れれば貴族屋敷区へ向かう所を、心剣は左へ折れようとした。

「あの、心剣さん?」

 シャノンが訝しんだ。

「……わたしは戻らぬ」

「では、どちらに?」

「さあ――」

 薄く笑って、心剣は背を向けたが、シャノンの言葉に立ち止まった。

「コゼットさんたちの事はどうなさるんです? それに、カレンさんも」

「たまさか、袖振りあっただけに過ぎぬ。それだけの事だ。わたしにはもう、関わり合いの無いことだ」

 肩越しに答えて、心剣は再び歩を拾い始めた。その時、ふと、脳裏に陸魯望の詩が、浮かんだ。

丈夫(じょうふ)涙無きにあらず

 (そそ)がず離別の(かん)

 剣を杖つきて尊酒に封し

 游子(いうし)(がん)を為すを恥ず

 蝮蛇(ふくだ)一たび手を()せば

 壮士即ち(かいな)を解く

 思う所は功名に在り

 離別何ぞ(なげ)くに足らん

 ――か」

 声に出してみた時、心剣は、

 ――大垣さんが、欲していたのは、おそらくは、この詩のような生き方だったろう。

 一方で、己が今、最も欲しているのは、孤独であったのだと、気が付いた……。



 とりあえず〆です。14話は以降は「小説家になろう」の判定次第です。もっとも、次話について、今のところ、ぼんやりとしか考えていませんが。

 そもそも、キャラ造形、配置から、

 死神心剣=眠狂四郎

 スピレイン=武部仙十郎

 藤井圭吾=金八 (持ち上げ役。掏摸師の設定はジャンへ)

 カレン=敵だった女がヒロイン?=美保代

 だし、正味、『シバレンが眠狂四郎で異世界転移ものを書いたら』という発想なので、文体、表現、せりふ回し等、盗作だ、剽窃だ、と言われれば、「はい、その通りです」と言うほかはありません。と、いうか、『魅力的な主人公』、製作者が二番目に苦心しなければいけない部分をパクってんですから(劣化コピーにしかなりませんでしたが)。

 なので、お気軽に通報下さって構いません。

表現の元ネタは新潮社からの「眠狂四郎」シリーズです。この作品に類似表現はいくらでも出てきます。「肚裡」とか、「相違なかった」とか、「仕儀」だとか。「憶えおいていただこう」なんて、テレビドラマ版の狂四郎のセリフまんまですし。死神心剣と言う名前だって、死神弥九朗と明日心剣から貰っています。

「小説家になろう」の規約上、文体模倣はセーフ(前作は九年間、おとがめなしです。PVが少なすぎて問題になり様がなかった? ……あ、気が付けば、5000PVいってました。この場を借りてお礼申し上げます)らしいです。

 ただ、ストーリー構成まで寄せて、キャラ造形まで寄せて、どうなるのものか。

 確かめたい、試さてもらう、というのが、この作品です。


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