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こかげでひるね。







「……そこまでですよ、姫様」

「なにが?」

「……騎士様が熟れた林檎のようです」

「…………熱があるの?」

「……そのようです」


まぁ大変、とエレナルイスはリオアベルの膝の上で、下から顔を覗き込む。

広げていた魔道書を傍らに置いて、リオアベルの頬を両手で挟んだ。

自分の方に強引に顔を向けると、お互いの額をぶつける勢いで合わせる。


「休んでちょうだい、リオアベル! とっても熱いわ!」

「姫様が少し離れれば治ると思われますが」

「え?! そうなの? リオアベル」


おっしゃる通りだと言いたいが、この距離感は維持したいので、リオアベルは咳払いをして濁そうと試みる。


落ち着こう。

そもそも熟れた林檎のようにならなければ、チェルにイヤミったらしい指摘を受けることもなかったのだ。


「……大丈夫です、熱などありません」

「でも、こんなに熱いのに」


ぺたぺたと顔や首筋に当たっている自分のよりも小さな手を取って軽く握った。


「心配はいりませんよ」


そう。そうなのだ。

これは単に心配をして触れているだけなのだから、意識しないようにしよう。

子どものように、なんの心組も無く、ただの椅子として膝の上に座ってきたのだから。

見上げて微笑んだ顔が可愛かったのは、それはまあいつものことだし。

真っ赤になってしまった、己の精神の惰弱さを嘆こう。


そう考えてリオアベルはすっかり身に付いた呼吸法で、胸の内側を鎮めようとした。


「……本当に? 無理をしてはいないの?」

「していませんよ、私が嘘を言っているとお思いですか?」

「……いいえ……でもとても熱かったから」

「姫様が騎士様の膝に座るからですよ」


落ち着きそうな時機を見計らって、チェルは卓の上に茶器を用意し始めた。


「それがいけなかったの?」

「むしろ良過ぎたのです」

「……どういうこと?」

「分からない内は、騎士様の膝に座らないことです……さぁ、姫様。お茶の時間にしましょう」


理解の及ばない返答に、エレナルイスは不満そうに息を吐いた。

分かりやすく説明してくれないチェルではなく、教えてくれそうな人に顔を向ける。


「どういうこと? リオアベル」

「チェルの言う通りです……そうして下さい」

「よくぞおっしゃいました騎士様」

「……どうも」

「……なあに? ふたりは分かっているのに、私には教えてくれないのね!」


ぷくりと頬を膨らませて、エレナルイスは茶を入れようと卓に向かった。

リオアベルも天井を仰いでから、深く呼吸をして後を追う。




そんな調子で三月(みつき)が過ぎた頃。


「……というわけで陛下から許しが出た」

「……何ですか、来たと思ったら急に……何のお許しですか」

「うーわ。なにその、邪魔すんなあっち行けみたいな顔……失礼だよねぇ?」


まとわり付くようなエレナルイスを、師団長はにやにやと見下ろしている。

頭を撫で回すとエレナルイスはうっとりしたように目を細めた。


かなり苛ついたがリオアベルは表に出さないように拳を握って何とか堪える。


「……何の用件ですか?」

「おいおい……お前、俺にそんな態度取って。後で泣きながらお礼を言うことになるんだから、もっと丁重に扱えよ」

「……ああ、そうですか」


もったいぶってなかなか話しだそうとしない師団長をぎりと睨んでも、ちっとも悪いことをしている感覚が無い。

やあねぇ、怖いわぁ、と師団長が頭を傾けると、エレナルイスも同じ方向に首を傾げて、怖いわねぇと返して笑っている。


もうエレナルイスがかわいいので良しとする。


「……で?」

「いやぁ、俺があと二十若かったら……いや、十でも良いか。あーあぁ、ちくしょう、だよなぁ」

「だからなんですか」

「お前、お師匠のとこ行け」

「は? ……ええ、はい」


この師のお師匠様は、この国の端にある森に住んでいる。

気まぐれに弟子を拾ってはしこたまこき使って、ついでに育てては魔術騎士団に新入りを送り込む、ということをしているような人だ。


リオアベルは直接は師事していないが、多忙な我が師に代わって、定期的に生活必需品を持っては『師匠の師匠の森』に出向いていた。


その日は一日中しこたまこき使われる。


本当は自分で何でも、それこそ体力的に無理なら魔術を使えば簡単にできることを『老いている』を盾にとって、リオアベルを働かせる。


ものすごく口が回って、何より強い。

そりゃもう、めっぽう強い。


それでも嫌な人ではない。むしろリオアベルは好きだし、尊敬もしている人なので、否もなく師団長の言葉に頷いた。


「姫様も一緒に」

「はい?!」

「ついでにチェルも付けよう」

「は?!……な? 何が、何の?!」


師団長はエレナルイスの両手をそっと取ると、片膝を床に落とす。


にやにや笑いは収まって、真摯な目を向けた。


「姫様……国と民のため、長きに渡るお役目、ありがとうございました。民を代表して感謝の言葉をお贈りいたします」

「どうしたの? 師団長」

「この度、陛下から解任の申し渡しがありました」

「え? お父さ……国王から?」

「はい……『呪われ姫』はもう終わりです」

「そ……んな……ことが……」

「お聞き及びではありませんでしたか? まさか死ぬまでこちらに居るつもりだったんですか?」

「いいえ……でも、次の者が来るまでは……って、まさか、次が決まったの? お兄様は何ともおっしゃってなかったのに」

「ええ、まだまだ王は治世されますし、王太子も妃殿下を迎えてはおりませんよ」

「では、どうして?」

「民が忘れる時機を待てとお聞きでは?」

「ええ……それは……こういう意味なの?」

「そうですよ」


初めてではないかと思うほど真剣な顔をしていた師団長が、にやりと口の端を持ち上げた。


『呪われ王子』や『呪われ姫』は十年に一度は神殿に出向いて、国に安寧あれと祈りを捧げている。


民の前に姿を現わすのは、その時をおいて他にはない。


民は『おかわいそうな呪われ姫様』が存在すると実際にその目にすれば納得する。


エレナルイスは子どもの時、そして昨年、神殿へ向かい、二度は民の目に触れた。


「あと九年もあれば、次の王子か姫のひとりやふたり生まれるであろう……と、そういうことです」

「そ……ういうものかしら……私はもう、ここに居なくていいの?」

「そういうものです……もし生まれなくとも、その時はまた姫様を引っ張り出しますので、そのおつもりで」

「……ずっと、ここに居るものだと」

「ええ、でも実はそうではありません」

「私……でも、ここからどこへ……」

「さっき申しました通り、リオアベルと私の師匠の元へ……という訳だ。分かったか?」


話を飲み込もうと頭の中でかき混ぜていたものが、師がこっちを向いた瞬間にぴたりと止まった。


「俺……わ、私と一緒に、ですか」

「そうだ……人目に触れぬよう、俺の師匠の元で姫様をお守りしろ……適任だろ?」


いつものにやにや笑いにもどった師は、立ち上がってリオアベルの肩に腕を掛けた。


「チェルからちゃんと聞いてる。お前……手を出さず、我慢して正解だったぞ? そうじゃなきゃ陛下から許可をもぎ取れなかったからなぁ……良くやった! ていうか、よくやらなかった! おお、よしよし」


ぺしぺし頭を叩く手に、リオアベルはされるがままになっていた。


「エレナルイスが外に……?」

「そうさー! それでそのままお前を護衛にしてやろうって。俺ってあったま良いー!」

「……そのまま護衛?」

「そんでそのまま夫になっちゃえば? 」

「おっ?! 夫?!」

「どうせ他の男に姫様は渡す気はないだろ? その辺お前めんどくさそうだし……ねぇ、姫様。こいつが夫でも別に良いよねぇ?」

「リオアベルが? ええ、良いですよ」

「ほらな?」

「?!!」


エレナルイスがにっこりと笑ったので、リオアベルは何も言うことができなかった。


とりあえず我がお師匠様には後で泣きながらお礼を言った。





大きな木の下の、午後になると日陰ができる場所に、休憩できるように長椅子をぶら下げている。


その場所までこっそり近付くと、リオアベルは後ろ側から長椅子を覗き込んだ。


長椅子ではエレナルイスが横になって目を閉じている。


「……エレナ?」

「なあに?」


すぐにぱちりと目を開ける。

始めから少しにやついていたので、眠っていないのは分かっていた。

前に回って手を差し出すと、手を置いて起き上がる。


「エレナのお茶じゃないと飲まないって」

「……ふふ。じゃあ、すぐ行かなくちゃ」


ふたりは手を繋いだまま、家に向かって歩き出した。


「……どうして眠ったフリなんか?」

「羊飼いの仕事で疲れた娘がね、木の下で眠っていると、そこに素敵な人がやって来るのよ……実は身分を隠した王子様なの」


エレナルイスは内緒の話をするように、声を潜めてくすくすと笑う。

可愛すぎて握り潰してしまわないようにと、繋いだ手に意識を集中した。


「……今読んでいる本の話ですか?」

「ふたりは冒険の旅に出て、それから恋をするの」

「……はぁ、なるほど」

「私の所にも王子様がくるかしら、と思って」


楽しそうに話すエレナルイスを抱きしめてしまいたいが、すぐその先に師匠の師匠がいる。チェルもいるので、そこはぐっと我慢する。


「リオアベルが来たわ!」

「王子ではなくて、残念でしたね」

「なぜ? 来てくれるならリオアベルだと思って待っていたのに」

「立場が逆ですが……」

「でも私は毎日冒険をしているみたいで楽しいのよ?……だからいつか、私もその娘のように恋もするの!」

「……そうですね」

「だったらそれはやっぱり、リオアベルが良いし」

「……そうですね」

「……むぅ。ひどいわ、ため息なんて」


このため息が感嘆からだと、エレナルイスは分かっていない。


日々、何度となく放たれる好意の言葉も、口説き文句だと、本人は気付いていない。


はじめは面白がっていた師匠の師匠もチェルも、最近では気の毒そうな目をリオアベルに向けている。


「恋をするなら、それは私だけにして下さいね」

「ええ、そうね。そうする」

「あと、夜は寝る直前まで本を読まないで下さい」

「どうして?」

「ゆうべ怖くなったと私の寝台に潜り込んで来たのはどこのどなたでしたか」

「……だって……」

「やめて下さい、身がもたない」

「身がもたない? どうして?」

「……それが分かるまでは、やめて下さい」

「うぅぅん……しょうがないわねぇ」


リオアベルが堪り兼ねて目元に口付けると、エレナルイスはくすぐったいと子どものように笑った。






森で暮らす毎日が新鮮で、やることなすことが冒険の姫君。


恋をするのは、まだまだ先の話。













挿絵(By みてみん)



twitter宣伝用の絵です。

どうぞご笑納下さい。

(*´-`).。oO(この絵の存在をすっかり忘れていて、さっき思い出して慌ててアップしました……おいおい、ていうか、絵に日付もサインも無いし! どんだけだよ!……やれやれだわ)



このお話はこれにて終わりでございます。


ここまでお付き合いいただきまして、本当にありがとうございます!



ポイント、ブクマをいただきました方々。

少しでも読んでいただいた方々。

皆さまに感謝を申し上げます。

ありがとうございます!!



これからも楽しんで頂けるよう、精進して参ります。

是非またお寄り下さいますように。

伏してお願いを申し上げるものであります。


ではまた、次作で。





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― 新着の感想 ―
[一言] かわいらしい二人にほっこりした気持ちになりました^^ありがとうございました!
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