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笑った顔がみてみたい。







幽閉塔はどこまで伸びているのか、見上げても真っ白に霞んで上階部分は見えない。


しばらく上を向きっぱなしだったリオアベルは頭を元に戻して、痛くなった首をこきりと鳴らした。


振り返って、わずかながら持ってきた自分の荷物を馬から下ろす。手綱を引いて鼻先を逆方向に向けてやる。


「ありがとう、じゃあな」


労いの言葉をかけてから強く腰を叩いた。

何年も共にしていた愛馬が、戸惑う素振りを見せながらも主人の言うことを聞くべくこの場を後にする。


王城内だというのに、この周囲は木々に囲まれている。大きくはないが小さいとも言えない森のような場所だった。


いつからあるとも知れない大きな木であろうが、幽閉塔は隠しきれてはいない。

それでも不思議と石造りの塔は、森の木々に馴染んで景色の一部になっている。


小さくなっていく愛馬の後ろ姿を見送って、リオアベルはなんとも言えない気分に苦笑いする。


師であり、長でもある騎士団長からこの任を与えられたとき、リオアベルはやっぱりか、と、そうだろうな、という思いが同時に湧きでてきた。


いつまでも一向に期待に応えられない自分にも、お前は向いていないと言ってくる周囲にも、まあうんざりしていたところだった。


それでもそれなりに真面目に取り組んできた褒美なのかなんなのか、師はリオアベルから職を取り上げることはせずに閑職を与えてくれた。

リオアベルが余程お荷物だったのだろう、この任を告げる時、師はにやにやと人の悪い笑みを浮かべて楽しそうにしていたのを思い出す。


『呪われ姫の監視役』


それがリオアベルに与えられた、新しい任務だった。


任地は王城の端の端、姫君の為の幽閉塔。


普通の騎士では監視役は務まらない。

呪いの知識と耐性、魔力が備わっている魔術騎士という条件が揃っていないといけない。


魔力が高く、腕も確かな魔術騎士をわざわざ端の端に追いやるのは国からしたら損失だ。


リオアベルが送られたのは、その魔力量が他と比べて泣けてくるほど低いからだった。

無い訳ではない。

ただ、周りが気の毒がるほど低い。

いっそのこと魔力が無ければ諦めもつくのに、中途半端にあるからかえって辛い。


それでも魔術騎士団を放り出されもせず、閑職だろうと任務を与えてもらえたのだから、腐らず、萎れず、それなりに応えることに決めた。


魔力の無い普通の騎士では与えられない仕事だからと自分に言い聞かせ、不平も不満も森の外側に置いて行くことにした。





この森には魔術が展開されている。

幽閉塔にも。

魔力があるだけではなく、加えて魔術の知識に明るくない者は近付くことすら叶わない。


リオアベルは蔦のからまる石造りの塔に手を当てて、ぐるりと一周回って歩いた。


塔は小さな民家ほどなので、すぐに元の場所に戻ってくる。

扉などの出入り口はどこにもない。

目隠しみたいなそれらしい術の形跡もない。


リオアベルはどうしたものか、ううんと小さく唸り声を漏らすと、石の壁の中からりんりんと鈴のような音が聞こえてくる。


「新しい騎士様ですか?」

「……そうです、魔術騎士第一師団・三等騎士のリオアベルです」


りんりんという鈴の音が、今度は後ろから聞こえて振り返った。


「ようこそおいで下さいました、新しい騎士様。姫様の元へご案内いたします」


鈴の音は気味の悪いほど整った顔をした、小さな女の子から聞こえていた。

七つかそこらの少女にみえる。


「お荷物をお預かりします」


少女はリオアベルの鞄を軽々と持ち上げて、優雅に膝を折り曲げ礼をした。


「いや、荷物ぐらい自分で」


大の男が小さな女の子に荷物を持たせる理由などない。

受け取ろうと手を出すと、女の子はりんりんと声を出す。


「お気遣いなく、私は姫様のお世話をするための、ただの人形ですので」


虚ろな目で恭しく頭を下げた女の子は、魔力で駆動する絡繰り人形だと簡単に自分を説明した。

りんりんと聞こえているのは、少女の形をした絡繰りから。

魔力が無い者には意味を成さないただの鈴の音。魔力の高い者には、少女の声。


魔力の低いリオアベルには、鈴のような音と少女の声が一緒になって聞こえていた。




塔の一部がぽかりと口を開けて、その体内に少女とリオアベルを取り込んだ。


内側はつるつるとした氷のような玻璃の壁で、白い光をぼんやりと発している。

光源になるようなものは何もなく、壁自体が薄っすらと光を放っていた。


内側の壁に螺旋状に階段がある。

遥か彼方に吹き抜けて、天辺がどうなっているのか、下からでは点にしか見えないほど遠い。


きっと魔力が無ければ途中で力尽きて倒れるんだろうなとリオアベルは乾いた笑いを吐き出した。

自分の微々たる魔力でも、なんとか力尽きる前に天辺まで行けます様にと一段目に足を乗せる。



目の前にいる少女のおかげか、そこまで厳しい縛りではないのか、ぐるりぐるりと二周分ほど階段を登っただけで目の前に扉が現れた。


下を覗けば今度は地面が小さな点に見える。

階段はここで終わり。

雲の上にある塔の最上階にやってきた。


内壁と同じ、つるりとした乳白色の大きな扉を、少女の繰り人形は軽々と押し開く。

どうぞお入り下さいと、扉を押さえて頷くように頭を下げた。




通された部屋は、外からの見た目では想像できないほど広く、温かみがある雰囲気だった。


黒に近いこげ茶の木床、落ち着いた色合いの調度品は角が丸く、背の高いものはない。

大きな窓には、小さな花が縁取りされた生成りのカーテンが掛かり、端に寄せてまとめられていた。


姫君の部屋にしては、大人しい色彩で質素といえるかも知れない。しかしリオアベルは貴人の幽閉される場所を見たのは初めてなので、こういったものなのか、という感想しかない。




部屋に通されたはいいが、どうすればいいのか、身を持て余す。


扉から数歩踏み入った場所で、そろりと辺りを見回した。

部屋には他に誰も居ないようだった。


後ろからりんりんと声がする。


「姫様、新しい騎士様がいらっしゃいましたよ」


リオアベルは姫君がどのような方なのかを知らない。

聞こえてくるのは良くない噂ばかり、滅多と人前に出てこられないので、そのお姿は拝見したことがない。


呪いを持つという姫君だ。もしかして目に見える姿や形が無いのかと、ほんの一瞬でこの先に多々ありそうな面倒を思いやった。


呆けているリオアベルをすたすたと追い越して、繰り人形の少女は窓辺に歩み寄る。


窓の端に寄っている、赤や青の小花が散った生成りのカーテンをぺろりとめくった。


「姫様、ご挨拶なさいませ」


束になった布の中には、きれいな人が小さくなって蹲っている。


お姫様、と言うに相応しい方。というのが、リオアベルの一番の印象。




師に向かって五体投地の上で感謝の言葉を叫び倒したくなった。が、そこはぐっと堪えて、なんとか体裁だけは整えようと騎士の礼の形を取る。


ただ、にやけている自覚があるので、顔は見られないように、深く深く頭を下げた。


もう一度、今度は強めに少女に促されると、衣擦れの音と一緒にこちらにやってくる気配を感じる。


「私の名前はエレナルイス。……あなたのお名前は?」


掠れたような小さな声まできれいだなと思いながら、しっかりしろと自分に命じて更に顔を伏せる。


「リオアベル……魔術騎士第一師団・三等騎士のリオアベルと申します」

「リオアベル……新しい私の騎士」


言い聞かせるような声に、姫からの許しもないのにリオアベルは思わず顔を上げて、しまったと思った時には、わずかの間見つめ合っていた。


「……申し訳ない、許しも無く」


慌てて頭を下げて床を見た。


視界の中に姫君の空色の衣装の端が入ってくる。


冬の空のような薄曇りの水色。

姫君の藍の混ざった緑色の瞳とよく似合っている。


近くにある目を見ながらそこまで考えて、リオアベルはぐと息を飲み込んだ。


リオアベルの目の前にしゃがみ込んで顔を覗き込むようにして顔を少し横に倒している。


ふたりの顔はすぐ近くにあった。

それでもあからさまに避けることもできず、かといって真っ直ぐ見つめ返すことも憚られて、リオアベルは固まったように動けないでいた。


「……リオアベルは、あまり魔力を持たなかったのね」


すと立ち上がって数歩分下がる姫様に分からないように、止まっていた息を静かにゆっくりと吐き出した。


姫様が覗き込んだのは顔ではなく、魔力の量なのだと、どんどんとうるさい胸の内側に言い聞かせて宥めようと試みる。


「顔を上げて、リオアベル」


離れてしまうと、辛うじて聞き取れるほどの小さな声。

憂いを含んだ暗い緑の瞳。

白い肌を一層引き立てる黒橡の髪。

ひとつも変わらない表情すら、美しさの要因に感じた。


「これからよろしくお願いします」


ゆっくり紡がれた言葉が、何度も頭の中で繰り返される。





さっきまでは師に感謝しかなかったというのに、今は少し恨めしい気がしていた。


大変だ、と身体中にそればかりが巡っている。


騎士としての本分を失わずに、与えられた役を過不足なく勤められるだろうか。


王城の端の端で、魔力量の低い出来損ないが閑職をこなすより、溢れるような想いを御する方が難題な予感がしてならない。







監視とは何だろうと、リオアベルは数日過ごした今も分からないままだった。


誰かが訪ねて来ることもない。

エレナルイス姫がここを出ていこうとするでもない。


姫君の手ずから淹れた茶を向かいの席に座って飲む。

今では日課となった、何ということのない午後のひと時を過ごしていた。


「……姫様」

「リオアベル?」

「エ……エレナルイス様」

「様はいらないと言いました……」

「いえ、それは本当に勘弁していただきたい……」


最初の日に姫君からは、友のように接して欲しいとお願いされたが、流石にはい喜んでとは言えない。


平民上がりのリオアベルが、姫君に拝謁することすら恐れ多い出来事だとどれだけ説明したことか。


その度に大きな瞳を伏せて、気落ちした声で、でも……と言われれば、いかな鉄の意志もぐらつこうというものだ。


「誰もいないのです、私の名を親しみを込めて呼んでくれる方など……リオアベルもそうなの?」

「う……ぐ……そ、それは」


開き直っていっそのこと呼んでしまえば良い、と、そうなれば想いを留めておけなくなりそうだ、が、せめぎ合って胸の内で喧しい。

臓腑が燃えて焼けきれそうで、身悶えしそうな身体をなんとかじっと抑え込む。


己の内側で死闘を繰り広げていると、小さく零れたような息の音が聞こえて、姫君に目を向ける。


憂う目は更に伏せられて、それ以外に表情は無いにも等しいのに、リオアベルは心臓が握り潰されたように痛んだ。


保身に気を取られている己の小狡さを張り倒す。





監視役とはなんだろうか。

外には一歩も出ず、誰も訪れないこの場所で、ただ、友が欲しいと悲しそうな声を出させるために、そのためだけにいるのが自分の役目なんだろうか。


それで良いのか。


問いかけると、否、と自分の内から大声が返ってくる。



こんなに悲しげな目をさせたいのではない。

気落ちした小さな声を聞きたいのではない。



光差すきれいな目が見たい。

晴々とした声が聞きたい。



笑った顔が、見てみたい。



「貴女の期待に応えたい……その……あなたをお名前だけで呼ぶことを許して下さい」

「……はい! もちろんです」

「エレナルイス」

「はい!」


薄く朱が入った頬、瞳に光が映り込む。

少しだけ口の端が持ち上がる。




覚悟は決まった。


「貴女の覚悟はよろしいか……エレナルイス」

「はい?」




かくんと傾いた頭とさらさらと肩から滑り落ちる髪の毛を見ながら、リオアベルはエレナルイスの手を取ると、その指先に口付けを落とした。












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