【全殺し】と【全愛】の戦闘記録 ~ベルヘシャス姉妹編~
長いこと脳内で温めてた長編の一部です。
長くなりますが、どうぞよろしくお願いします。
荒野。
崖も多く、遠目には平坦に見えても、実際には荒れている地面。
その地を歩く影は、今、二つ。
「人の気配とかねぇけどよ、この辺りなのか? パレス。」
「かつての事件で残された血の臭いと同じ臭いがする。臭いの濃さで見て、おそらく通り過ぎて数刻といったところだ。」
灰色の長髪長身の男からの問いに答える、白銀の瞳と髪の男。
「しかしどうだィエード、この辺りを通ったとして、罪人が身を隠す場所などあるのか。」
「さてなー。もしかしたら、だけどよ? 相手さんは、俺たちをここにおびき寄せたかった、とか、ねぇかな?」
「その通りだ。」
ィエードからパレスへ投げられた疑問に答えたのは、しかしパレスではない。二人の歩く地よりやや離れた崖の上。パレスとィエードを見下ろす場所から投げられた言葉。
「【全殺し】パレス・アザ・ルーマ。そして、【全愛】ィエード・タユ・モースだな。時折、貴様らを誘うために痕跡を残していたが、ようやくたどりついたか。」
声の主は、女。黒の長髪を風に流す、細目の美女。
「ベルヘシャス・ティトゥ・ルルゼ。神殺しの鬼の名だ。貴様ら二人は、我らにとって害となる。ここで殺す。」
「ご丁寧にどうも。パレス、臭いの持ち主は、コイツでいいのか?」
ルルゼ、と名乗った女を見据えたまま、ィエードはパレスへ問う。
「あの女で間違いない。現在の3代前の東国王が殺された事件で残された、犯人の血の臭いだ。」
「へぇ。だったら――……。」
一拍。ィエードの首元から、【水操・槍】による水の槍が放たれる。
「こっちとしても、ここで捕らえねぇとなぁ。」
同じ操術を3重展開し放たれた3の槍。水蒸気の尾を引いて、ルルゼを穿たんと走る。
ルルゼは退かない。槍に向かって手を差し出すと、
「【雷操・鬼裁】」
呟き。
同時に、ルルゼの手の先から、眩い光が生まれる。
雷だ。
雷は水の槍を消し飛ばすと散ってしまうが、間髪入れずルルゼは次の照準をパレスとィエードへと向ける。
「【雷操・鬼裁】」
再び放たれる雷。先程水の槍と雷の衝突で生まれた水蒸気によって、ィエードの回避が一瞬遅れる。
「――!」
間に合わない。思ったその時、ィエードの長身を、パレスを疾走がかっさらう。
雷が荒地の一部をはがしたところで、パレスは抱きかかえたィエードを放り投げる。
中腰で着地したィエード。動き回る標的に狙いを定め切れていないルルゼへ、新たに水の槍を放つ。
槍の数が多い。20は超える槍の殺到に、ルルゼは、振るう腕に雷を生ませて薙ぎ払う。
「この俺に出血を許した時点で――……。」
膨大な水蒸気の向こうからの、パレスの声。ルルゼは、細目でも焦りとわかる表情を浮かべ、狙いもそこそこにパレス達のいる辺りへ雷を放つ。
が、
「よいしょ、っと」
パレスともィエードとも違う声。女の声だ。
「貴様の負けだ。」
パレスの勝利宣言。
己の放った雷が敵を捉えていないと悟ったルルゼは、己の雷が水蒸気に空けた穴から、赤黒い物の飛来を見る。
「ッ……!【雷操・雷身!】
怖気を覚えたルルゼ。操術によってその身体は雷そのものとなり、雷は別の崖の上へと一瞬で落ちる。
雷から人の姿へと戻ったルルゼは、見る。
「っはー、殺せなかったかぁ。ごめんねパレス?」
「黙れコフスス。主様、ィエード様、敵は無事です。テサイノ、場所は?」
「ベノんカ、アチらの崖ダ。」
パレスの左手首の朱線。そこから伸びる3本の赤黒い糸。そして、
「パレスの、血液人形か!」
3体の、赤黒い人型。パレスの【血操・人型演舞】。その操術で生み出された血液人形が、宙に浮いている。
1体は、赤黒い肉体に気さくそうな笑みを浮かべ、振り終えた右手の赤黒い長剣を構え直す。女型だ。
「まあー?取って食えるものなら、早めに殺して食いたいじゃん?」
1体は、同じく赤黒い肉体に、眉のないしかめっ面と、両手に血色の片刃の刃を逆手に構え、ルルゼを見やる男型。
「主様の前だぞ、態度をわきまえろコフスス。戦闘も終わっていない。」
3体目は、人型ではあるのだが、輪郭が不安定でいびつで、顔もパーツがなく、ただ手足と頭がある程度の情報しか伝わらない。
「警戒ヲ。敵は、ヤツ1人でワなイ可能性がありマす。」
パレスが、世界で最も強いとされる5人【五大天】に数えられる所以たる力。血を操る力。そして、その人形、ベノンカにテサイノと呼ばれた人形の言葉。それらに、ルルゼは苦しげに顔を歪める。
「ひいいいいいいいいいっはあああああああああああ!」
奇声の序盤には、もうコフススの長剣が振り抜かれ終わっていた。突然とも言える剣撃の至る距離は、しかし明らかに長剣の見た目で届く範囲を超えていた。1つの崖、その上に立つ人影を、崖の下から視認できるほどの距離。遠距離攻撃でしか届かないと思える距離を、一振りの剣が切り裂いた。
ルルゼは、ギリギリで己の肉体を雷と化し、辛うじて剣撃をやりすごす。
再び人の姿に戻るが、
「予測通りだな」
ルルゼの背後から、静かな殺気。ベノンカがルルゼの背後に回り込み、既に刃を滑らせていた。
ルルゼの回避が、間に合わない。
当たる。
「――……!」
鮮血。
鮮やかな赤が、空をその色に染める。
だが、
「貴様……!」
鮮血の主は、ルルゼのものではなかった。
人影が1つ、ルルゼとベノンカの間に割り込み、背に刃を受けていた。
人影は、斬撃を受けて大きくのけ反る。背に流した長髪が切られて宙に舞い、己の散らした赤と混ざる。
突如現れた人影に与えた傷は、ルルゼ相手に、と想定していた間合いとズレたため,致命傷には至らない。そう手応えで悟ったベノンカは、次の斬撃のため、身体を捻る。
瞬間。
「――……。」
斬撃を受けた人影が、のけ反り上を向いた顔から、パレスとィエードを、視線だけで見下ろす。
「――……ガッ、は!」
「ッ!」
苦鳴、二つ。
同時に、パレスとィエードは、崩れるように膝をつく。
「パレス様!ィエード様!」
「パレス!どうしたの!」
ベノンカとコフススは、次の攻撃の手を止め、崩れ落ち背を丸める主人の下へと、急いで戻る。
「痛いですか?苦しいですか?」
のけ反ったままの人影からの、凛とした女の声。
「それは、貴方達が、他者に与えたものですよ。」
「姉さん!」
ルルゼに姉と呼ばれた長髪の女。そのまき散らした血と髪が、黒い雷のような姿へと変化し、パレス達の見えない崖の地面から、女の傷口と髪へと飛ぶ。そうして、傷口と髪は、切られる前の姿へと戻る。
「な、んだ、よ。今、の激痛、は?」
「わからん。突然、全身に痛みが走った。」
「敵ノ操術と予想できマす。しかシ、痛みノミ与エる操術ハ、過去の例にアリマせん。」
新たに現れた女は、パレス達から見た、ルルゼの後ろから、ルルゼの隣へと歩み出る。
「ねえさ――……。」
「戦闘中ですよ、ルルゼ。」
右手を、天高く掲げ、告げる。
「我はベルヘシャス。【せんけん】のベルヘシャス。」
言葉に呼応するように、ベルヘシャス、とだけ名乗った女から、黒い煙のような何かが一気に溢れ、天へと昇る。それらは天にて無数の剣の姿となり、切っ先をパレスとィエードへと向ける。
しかし、
「あれは……剣、なのか? そもそも物体にすら見えねえんだけどよ。」
ィエードの言う通り、黒き姿は確かに剣ではあるのだが、どこか、存在感が物体のようではない、というか、物体以外の何かが、ただ剣の姿をしている、というような。そんな剣の姿を無数に従え、
「来るぞ、パレス!」
「【せんけん】……。【千剣】、といったところか。」
剣の姿は、天から大地へと降り注ぐ。ただ一直線に。
「は?」
ベルヘシャスとだけ名乗った女へと。
剣の姿は全て、女の身体を貫く。やはり物体ではないのか、背から腹側へと貫通しているようには見えるのだが、血も出なければ髪や衣服が切れたような様子もない。
が、
「あ、あああ、あ、あ……!」
苦悶の声を上げたのは、ィエードだった。
パレスも、ィエードも、全身を跳ねさせ、再びの激痛に身をよじる。視界は真っ赤に染まっているのだろう、焦点が合わず、両の目が同じ方向を向いていない。
パレスは、【血操】によって体内の痛みを制御。ィエードより早く復帰する。
「パレス様。敵ノ操術は、己の得た痛ミヲ、相手ニ押し付けル能力、と予想できまス。」
「聞いたかィエード。いつまでも身体を捻っていないで、次の行動を――……。」
言われたィエードは、のけ反って倒れた体勢のまま、息荒く目をかっ開いて動かない。気絶はしていないが現状戦力にはならないと判断したパレス。己の人形たちに、ィエードを守ることを優先事項とするよう、テサイノを通じて、言葉なく同調意識下で伝達。
「しばらくそこで跳ねていろ。」
ィエードに吐き捨て、パレスは跳躍。否、跳躍、と言ってよいのか、大きく離れた距離を、軽い屈伸運動の反動だけで、一瞬で詰める。
崖へと至る空中にいるパレスへ、ルルゼは慌てて両腕を向ける。
「【雷操・神柱舞】!」
ルルゼの両腕。その先から、極太の雷が、パレスへと落ちる。
数は4。まともに受ければ、焦げるだとか、焼かれるだとかでは済まないだろう。人間程度なら灰となるか蒸発するかもしれない、それほどの雷。
パレスは構わない。落ちる雷を、防御も回避もせず、その身に受ける。
眩い雷の光から姿を現したのは、
「……血操というものは、なんでもありか!」
新たな傷一つなく、わずかに残る雷の光に髪と瞳を美しく輝かせた、姿変わらぬパレスだ。
己では戦力になるか怪しい、と悟ったルルゼは、己が姉と呼んだ女をいったん置いて、雷となり、距離をとる。
が、
「それで逃げたつもりか。」
離れた位置で、人の姿に戻ったルルゼの動きが止まる。止まり始めはやや震えてもいたが、やがて完全に静止する。
「さて……。」
崖の上へと着地したパレスは、微動だにしない女へと視線を向ける。
「貴様には、俺の、気体化した血液を吸わせての支配は、通じないようだな。」
パレスの使用する操術、【血操】。その力で操れるのは、液体の姿である血液だけではない。元が血液であるなら、気体化していようが何であろうが、自在に操ることができる。ルルゼは、気体化したパレスの血液を呼吸で吸い込んだ。そうしてルルゼの体内に入ったパレスの血液は、ルルゼの血液を侵食し、パレスの血液へと変換。そのまま、血を通じて、ルルゼの身体を支配したのだ。
「やはり、【五大天】相手に、ルルゼでは勝てませんか。」
女は、パレスへと、その整った顔を向ける。
「せっかくですし、名乗っておきましょう。私は、ベルヘシャス・レトゥ・ソルシア。皆様の間で、行方知れずと言われている、現在、世界で唯一の【世界操士】。そして【五大天】の一人でもあります。」
「会話をする気があるのなら、貴様らの目的でも、ついでに聞いておこうか。」
「目的? 目的……ですか。」
復帰したらしい、崖の下で起き上がったィエードに一瞬目をやり、ソルシアと名乗った女は目を伏せる。
そして、恋愛感情に疎いパレスでさえ、美しいものであると理解できるような笑みを浮かべ、ソルシアは告げる。
「ただ、私がこれまでに世界から受けた痛みを、世界に返そうという、それだけです。」
一息。
「出てきなさい、シェストニア。」
ソルシアが言うと、ルルゼのそばに、新たな女が現れる。顔や髪の色は、ソルシアやルルゼと似ているが、髪は短めに切り揃えられている。
「ソルシア姉さん……。」
「よいのです。彼らに、私を討てる力はありません。」
「……姿を、完全に消す操術、か。ベノンカの斬撃を受ける時、貴様が血の臭いなど全くない中で現れたのも、その女の能力、ということか。」
「……。」
パレスの言に、無言で肯定する、ソルシアとシェストニアの、ベルヘシャス姉妹。
「そして、貴様を俺が倒せない、というのも、どうやら事実らしいな。」
「そうですね。私の使える操術はただ一つ、【痛操】。その力で、私自身の全てを、痛みとして変換、その上、操ることができます。貴方からの血の支配も、痛みとして私の血を制御することで、なんの影響も受けていません。」
「対して、俺の方では、貴様からの痛みを、血を制御することで無効化できる。お互いに、害することはできない、か。」
ィエードは、崖の上でのやり取りに、目と耳を集中させる。
「ふふ。」
ソルシアは微笑む。
「貴方は、私から、害されない、と。」
その笑みは、
「本当に、そう思いますか?」
心からの、喜びの色を得ていた。
突如、ソルシアから、形容しがたいほどの量の、黒い煙のようなものが噴き上げる。
間近にしていて、パレスは理解する。先程も見たこの煙のようなものは、空間が黒く歪んで見えるほど濃縮された、痛みそのものだと。
ソルシアの身体から溢れ出した痛みの煙は、一気に空に広がり、剣の姿へと変化する。
「貴方から送られた血を、体内で、痛みによって従え、おそらく一瞬でしょうが、私も【血操】を使用できました。」
広がった痛みの剣は、空を覆いつくす。
「感謝しますよ。私の持つ痛みの全てを吐き出すために、いくら【痛操】を駆使しても、私の身体という出口がもたなかったんです。それが、【血操】による肉体の強化のおかげで、ほら。」
「パレス様。各地ノ情報によるト、コの剣は、全世界の空を覆っテいまス。」
「ふふ、これだけの痛みの出口になっても、私は無事です。」
全世界を覆いつくした、痛みの剣。それを見て、ィエードは。
「――……。」
ィエードは思う。ああ、と。
「やっと!やっとです!」
今まで、彼女は、と。
「妹たちの力でも、成し遂げられなかった願いが!今!ついに!」
こんなに、痛かったのか、と。
「我が【宣剣】の名の下に!」
今まで、世界から、と。
「【宣剣】します!我はベルヘシャス!【全権】のベルヘシャス!」
こんなにも、傷つけられて、生きてきたのか、と。
「【全権】の名の下に!砕けろ!世界!」
恍惚の表情を浮かべたソルシアによる、世界への死刑宣告。
ソルシアが両の手を広げると、空を覆う剣たちが、一斉に世界へと降り注ぐ。
音など聞こえないが、空が、雲が、そして大地が、激痛による大絶叫を上げているような。そんな絶大な痛みが、世界を蝕む。
「【血操・骸街】!」
パレスは顔を歪ませ、痛みの剣が今こそ突き立たんとする大地へと、己の手を突き刺す。
そこからは、一瞬。
パレスの腕を通じて、パレスの体内の膨大な血液が、大地へと流れ、駆け巡る。駆ける血液は、かつて世界で生き、死んだ、人や動物の、大地に撒かれた血をかき集め、侵食する。侵食された血液も大地を駆け巡り、やがて、全世界の大地へと、パレスの支配する血液がはり巡る。
そして、血液は動く。テサイノの情報管理の下、血液は、文字通り無数と呼べる数の腕の姿を得て、大地へ生える。
痛みの剣は、貫く。大地ではなく、パレスの血液の腕を。
もちろん、腕を使役するパレスが無事なはずがない。一瞬で膨大な量の血液を支配し使役することを優先したため、痛みに対する己の制御が間に合わなかった。全世界に広がる腕たちから、世界を破壊できるであろうほどの痛みを、一身に受けたパレス。糸が切れたように、身体は地面へと崩れる。同時に、パレスの人形たちも、人型を保てなくなり、それぞれ真下の地面に血液をぶちまける。
「……。ほう……。」
ソルシアは、素直に感嘆していた。決して大げさではなく、先ほど世界に放った痛みは、世界を破壊させるのに十分なほどの痛みだった。
「私以外にも、あれほどの痛みを受けきれる者が……。」
【五大天】の名は、伊達ではない。そう結論づけたソルシアは、しかし、
「しかし、私は、貴方に痛みをぶつけたかったわけではありません。」
世界に、また異変が起こる。世界中で、痛みを受けて大地に散った血の腕から、
「痛みよ、再び集いなさい。」
黒い痛みの煙が湧き出ると、ソルシアの下へと集結してゆく。
世界を壊す痛みを、改めて己に宿したソルシア。
「では、改めて――……。」
「待ってくれねえか?」
ソルシアへと声をかけたのは、ィエードだ。ィエードは、崖の上のソルシアを真っ直ぐ見据えて、
「なあ……。お前の痛み。俺にも、分けてくれねえか?」
ソルシアは首を捻る。
「お前、辛かったんだよな?何か知らねえけど、辛いことが、世界に向ければ世界が壊れちまうような辛いことがあって。それを、一身に受けて生きてきたんだよな。」
「……。」
「でもよ?」
ィエードは言う。でも、と。
「そうやって世界を壊したら、さ。お前は、辛くない世界を見ないまま、世界と一緒に死んじまうんだぜ?」
「――……。」
ソルシアは、美しいと言える顔を、不快の色に染める。
「……そんな……。そんな、世界が……!」
ソルシアの生きてきた道は、地獄そのものだった。幼いソルシアは、【痛操】という希少な力に目をつけられ、攫われた。まだ操術の扱いが満足にできなかったソルシアは、攫われた先で、ありとあらゆる痛みを押し付けられる日々を送っていた。
「私が……!己の得る痛みでしか世界を見られない、この私が……!」
ある日、攫われたソルシアは、妹たちに助けられた。しかし、その時のソルシアには既に、このような力を、境遇を与えた世界への、復讐の念しか、残されていなかった。
「痛みを得ないで見られる世界が!」
それから、妹たちと決めた目標。それは、ソルシアの復讐。ただそれだけだった。
「そんな世界が!どこにあるというのですか!」
それは、願うような、心からの、叫びだった。
「お前の、【宣剣】の名の下に、俺も、【宣剣】するぜ。」
「何を……?」
ィエードは気にしない。
「俺の名は、【全愛】のィエード。【全愛】の名の下に、お前の全てを受け止めて、愛して。そして、見せてやるよ。お前が愛せる世界を。」
「――……。」
ソルシアは、大きく目を見開く。そして思う。
「なぜ……?」
なぜ、と。
「私の操術を、その力を、理解しているのですか……?」
ィエードは答えない。
ソルシアの操術は【痛操】。だが、間接的なものを含めれば、ソルシアの操ることができる存在は、痛みだけではない。
「……痛みをもって、世界そのものを従える、【宣剣】という、宣告の剣。その操術があれば、私の周囲に限り、他者でもある程度、世界に干渉できます。が、なぜ、それを貴方が?」
「さてな。俺の操術の一つ、とでも言っとけばいいか?」
「まあ……。まあいいでしょう。」
ソルシアの身体から、幾度目かの痛みの黒煙が噴き出る。今回は、空を覆うような広がり方はしない。黒煙は、ソルシアの周囲に円状に広がり、やはり剣の姿をとる。世界を壊せるほどの痛みを凝縮された剣たちは、もはや遠目に見ているだけでも、目が痛みに悲鳴をあげる。そこから剣たちは、ソルシアの周囲で高速回転。金属が空気に撫でられるそうな、涼しげな摩擦音をたてて回転する痛みの剣の群れ。それらは、高速回転の残像と、痛みによる空間の歪みもあって、禍々しい黒輪のようにも見える。
痛みの黒輪の中央で、ソルシアは告げる。
「受け入れられるというのなら、受け入れてみなさい!痛みを!」
そして、
「私を!」
大声ではない。が、何より強く耳に刺さる、悲痛な声。
声と共に、転移、という形で、痛みの黒輪は、ィエードの周囲へと移動する。
そして一拍置いて、痛みの剣たちは、ィエードを貫かんと一気に空を走る。
「ッ!」
「……」
いくらかの時間が過ぎた。軽い疲れが癒えてしまう程度の、そんな時間。
「……生きて、る。よな、俺。」
呟き、ィエードは目を開ける。
目を閉じる直前にあったことは覚えている。痛みの剣が、己の身体を貫き、文字通りの想像を絶するほどの痛みを得た。そして、それを、痛みを、ィエードは確かに受け入れた。
「あれから、俺、どうなったんだ?」
辺りに視線を送る。どうやら己は倒れていたらしい、と、ィエードは上半身だけ起こす。そばには、立ってィエードを見下ろすパレス。さらに、崖からは下りているものの、軽く離れた位置でィエードを見る、ソルシアと、ルルゼ。そしてシェストニアが見える。
「ィエード、貴方は、確かに、私の痛みを受け入れました。その後、私の影響下で世界に干渉した操術の効果が切れ、なんとか意識を保っていた貴方も限界を迎えたようで、そのまま倒れました。」
「そう、か。」
「貴方へ与えた痛みは、また、私が頂きましたよ。」
言われて気づく。確かに、もう痛みを感じない。
「ィエード。この女たちが、これからのことについて、ィエードに話があるそうだ。」
パレスに言われて、ィエードは、ベルヘシャス姉妹の話を聞く。
「私は……。私、ベルヘシャス・レトゥ・ソルシアは。貴方についていきます。なので、ちゃんと、貴方の【全愛】の名の下に、私も愛してくださいね。」
「――……。」
少し驚く、ィエード。だが、何も尋ねることはせず、
「ああ。お前を愛するよ、ソルシア。」
「ふふ。」
ソルシアは満足気に微笑むと、妹たちへ視線を送る。
「それで、貴女たちはどうするのですか?ルルゼ。シェストニア。」
「私は……。」
まず口を開いたのは、ルルゼだ。
「私も、ィエードを愛することにする。だが、共に行くことはできない。」
「?」
ィエードは、催促するように、気さくな笑みをルルゼに送る。
「私は私でやりたいことがある。その最終目標を果たすために姉さんと共にいた。が、姉さんが新たな道を得た以上、私は、私でやり遂げてみせる。」
ィエードからソルシアへと、ルルゼは視線を移す。
「姉さん。私は、私の力とやり方で、世界を良くしていくよ。」
「そうですか……。わかりました。よい答えです。」
「わ、私は……。」
遠慮がちに、最後、三女のシェストニアが口を開く。
「私は、今まで、姉さんたちに頼ってばかりだった。戦いも、考えも、生き方も。でも。」
でも、
「でもこれからは、私は、自分で生きてみたい。だから、私はィエードさんを愛することも、ついていくこともしない。一から、私をはじめてみるよ。」
姉たちに、軽い驚きの色を与えたシェストニア。
「ごめんね、ソルシア姉さん。ルルゼ姉さん。今までありがとう。」
「いえ、少し驚きましたが、姉として、妹の新たな道を応援します。シェストニア。そしてもちろんルルゼも。」
「これからしばらく離れ離れになる。が、姉さん。シェストニア。いつでも大切に思っている。」
「だ、そうだが?」
姉妹の言葉を一通り聞いたところで、ィエードに言葉を投げるパレス。
ィエードは、相も変わらず気さくそうな笑みを顔に浮かべたまま、
「よし。じゃあ――……。」
ゆっくり、立ち上がる。
「じゃあ、またな。ルルゼ、シェストニア。そして帰ろうぜ、パレス。ソルシア。俺たちの王国に、さ。」
まず、読んでいただいてありがとうございます。
元々長編で長々と温めてあった話を、今まではそのままの形で発表しようとしてましたが、なにかとうまくいかなかったもので。
シリーズ化して、短編として、部分ごとに小出しにして投稿しようかと。
その1パート目です。
これからも、時系列だとかそのあたりはぐちゃぐちゃでしょうが、少しずつ書いていく予定ですので、興味ありましたらまたよろしくお願いします。