勇者の末裔と逸般人 8
確かに、この世界では、バランスに特化したステータスは雑魚中の雑魚だが、極めれば強大になるのは、どの特化型でも同じだ。
オーバーキルしないことに安堵すべきか、一撃で倒せないことを危惧すべきか。
まあいいさ。ボムダケの連続爆発を二回当てれば十分倒せるだろ。余りにも速くて当てられないなら、手元に五つ残っている分もある。二五万ルプをボンと使うのはいささか気が引けるが、ソピアには代えられない。腹をくくるしかない。
「開始の合図はどうする?」
「そんなもんどうでもいい。なんなら、先攻をくれてやってもいいぜ」
「いや、先攻を渡すなら僕からだ。レベル差もあるだろうからね。一撃だけなら躱さないと誓おう」
ああ、願ったり叶ったりだ。
俺はすっと、腰に提げたホルスターから、銃を取り出した。
「言ったぞ。言ったぜ。言ったからな」
止まらせない。止まる気もない。毛頭だ。
人は、何かに恐れると、前に出るか、後ろに下がるか、その二つの行動を取る場合が多い。今、目の前にいるコウヤはどうやら、前者だった。
俺の異質な雰囲気を感じ取ったコウヤは、腰に帯剣していた剣に手をかけ、一歩前に出た。さっきの台詞の手前、躱すのは格好が付かないことを分かっているのだろう。コウヤはそれ以上前には出なかった。
「吹っ飛べ」
一瞬、世界が圧し潰された。
コウヤから数歩分離れたところに埋められていたボムダケが、初級の炎魔法を込めた銃弾により引火、及び発破。周囲一帯に爆音が轟いた。上級を超える魔法の威力すら凌駕しかねないその爆風は、俺や、傍観者であるはずの少女すら、巻き込み舞い上げた。
爆炎が服に燃え移らなかったことに、自分の悪運の強さを感じながら、今回は何とか腕から落下した。
やはり俺は、この防御力がなければ数度死んでいる。
一方、馬鹿げた防御力を持っていない少女に視線を遣ると、中級辺りの風魔法で上手く着地していた。俺にはできない芸当だ。俺は咄嗟に魔法を使う、という判断を習得していない。
少女の判断力に若干、羨望の思いを抱きながら、俺は両掌に付いた砂を払った。そして、爆心地を睨んだ。
「コウヤ!」
少女が名を呼ぶ。だが、返事はない。煙に紛れて潜伏しているのか、それとも、一撃で葬れ――いや倒せたのか。一応、次の弾は装填しておく。慢心されるべき俺が油断していては、見える勝機も見えなくなる。
次第に土埃も収まり、周囲が元の景色に戻ろうとしていく。その中で、影が見えた。その影は、立っていた。
「……死ぬかと、思った……っ!」
堅牢な防具は砕け、煌めく剣は薄汚れ、それでも瞳には闘志を燃やしながら、そいつは立っていた。だが、素人の俺が見ても、まともに戦える状態でないのは分かる。あともう一度、ボムダケひとつ分の爆発でも受ければ、気絶するだろう。
「この辺りには、事前にボムダケを大量に埋めてある。それを踏まえて聞くぜ。もう一発いっとくか?」
そう言って手元のボムダケをちらつかせると、ビビって大きく後退していた少女が口をはさんできた。
「貴方は今、ボムダケと言いましたか?」
「ああ、そうだ。今の俺のメインウェポンだ」
魔王の首を取ったような表情になった少女は、俺が肯定の返答をすると、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「ボムダケの個人所有が認められているのは、鍛冶師だけです。貴方、それを分かっているのですか?」
「もちろんだとも」
「捕まっても、文句は言えませんよ」
見たところ、聖女然とした風貌の少女だが、その風貌に似合わず、嫌らしい笑みを浮かべている。コウヤにギフトを授けた神とやらに、怒られるんじゃないだろうか。
それは神の管轄として、勝った気でいる少女に言ってやらないといけないことがある。
「いいや、文句は言わせてもらうぜ」
「犯罪者が何を言って!」
「俺、鍛冶師だからな」
俺の一言に呆気に取られている少女に続けて言う。
「そもそも、今回の戦いにルールはない。俺が負けたら、お前たちがソピアを連れて行くという、一点以外な」
この戦いは俺にメリットがない。勝っても何の報酬もない。ただ、日常を続けられるだけ。だったら、少しぐらい自分の立場を有効活用しないと、フェアじゃあない。
そう、こんこんと説く。杖代わりに剣を使っているコウヤを、口を開けたままの少女を尻目に。
「じゃあ、改めて聞くが、もう一発いっとくか?」
二人とも、首を横へ振った。
かくして、俺のレベルは六、上がったのだった。
◆
あの後、埋めてあったボムダケをすべて掘り返し、回収してから帰路についた。手元に土を掘る道具がなかったので、コウヤから剣を借りて掘り返した。その光景を、少女――クリアは微妙な表情で見つめていた。
今はコウヤに肩を貸しながら、適当に休める場所を探している。怪我自体は、クリアが得意とするところの治癒魔法で治ったが、体力気力はそうもいかない。治癒魔法はあくまで、傷を治すだけのものだ。
「悪いね。僕の力不足と、都合でこうなっただけなのに」
「ああそうだ。その通りだ。飯のひとつでも奢ってもらわないと、気が済まない」
「そうだね。今日の夕ご飯は、僕が持とう」
よし、これで今夜の飯代が浮いた。金を稼ぐことが第一目標である俺たちにとって、節約できる分は節約しておきたい。
問題は金をどうやって増やすかだ。お袋は、五年後の鍛冶屋ラウンドの資産を超えろ、という指令を課した。現在ラウンドの資産は一億ルプ。五年先までの資産を見ることができないのなら、多く見積もって約二倍は稼いでおきたい。
二億ルプ。いくら実の良い冒険者業でも、五年でそれは無理だ。ギャンブルに関しては俺もソピアもずぶの素人だ。カモられるのが見えている。下手をすれば、一獲千金どころか借金を背負いかねない。
何か、一獲千金できるような、何かは――
「どうかしたかい? 僕の顔をじっと見つめて」
「……もしかして、そっちの人ですか?」
流れるような罵倒を、流水の如く受け流し、俺は言う。
「魔王って、倒したら金入るか?」
魔王の復活が本当だとして、それを秘密裏に処理しようとしているのなら、何らかの報酬があるだろう。無いのに粉骨砕身する馬鹿はいない。こいつにも、何か理由があって、その使命を背負っているはずだ。そこにつけ入る隙がある。
「貴方、本当に欲深いですね」
「欲あってこその人間だろ」
「私たちは、見返りを求めて打倒魔王を掲げているわけではありません。私は天啓に導かれ、コウヤは『魔王を倒すべき人間』として旅をしているのです」
「人生面白いのか? それで」
自己意思の欠片もなく、世界のパーツとして生きているだけなんて、つまらなすぎて吐き気がする。そんな人生、願い下げだ。
「僕は人助けが趣味みたいなものだからね。これはこれで、楽しいんだ」
「今時そんな奴がいるとはな」
頭の中に、早くも春が訪れているのかもしれない。自分が頑張ることで、誰かが救われるのならそれでいいと、本気で考えられるような奴は、絶対に一般人と感覚がずれている。普通の人間に、自然と自己犠牲精神が芽生えるはずはない。
こいつもこいつで、何かあったんだろうと、自己完結させる。他人の過去を突いても、メリットはない。だったら、蛇に出会わないようにするが良し。
「で、金は出ないのか?」
「出ませんよ。でも、フィグさんに頼めば、もしかするかもしれないですね。あの人は、優しいですから」
フィグ。頭の出来が良くない俺でも、その名前は知っている。ていうか、自分の住んでる国の、長の名前を忘れるのは人間性を疑う。
クリアの口ぶりからすると、こいつらはフィグ王と面識があるようだ。世界を救おうとしているのなら、それもおかしくはない。むしろ好都合だ。
ふむ。それなら、そうだな。
「なあ、コウヤ。俺と、交渉しないか?」




