勇者の末裔と逸般人 7
ラインから東に位置する荒野。イゲン荒野。逞しい草以外には、目立つ生物は存在せず、魔物すらも滅多に寄り付かない、ライン周辺の土地でも、特に過酷な地域だ。
人間は言うまでもなく。だからこそ、今回のような冒険者同士の、私的な戦いの場によく用いられる。しかし冬は魔物も冒険者も、なりを潜める。俺は運が良い。
「それって、もしかして」
「もしかせずともボムダケだ」
俺は先日採取したボムダケと、実家に保管してあったそのストックを持ち出し、イゲン荒野に埋めている。一点ごとに二本ずつ。
一年前、俺が死にかけた時ですら一本。その時の爆発が連続で二回起こる。俺の見立てでは、防御が一〇万なければ、二本で倒せる。一二万あっても、連続爆破を数回受ければ気を失うだろう。あの時の俺とは違うのだ。
「それで勝てるの?」
「あいつのギフトとやらの詳細は知らないが、これで倒せないのは、俺か物理無効の特性持ちぐらいだ」
たかが防御力が高いぐらいで、あそこまで自信満々にはならないだろうから、俺は全ステータスに、何らかのボーナスがかかるものだと考察している。
ぶっちゃけ、高防御とか、防御無効の付呪装備で倒せるし。
◆
朝、目が覚めると、ベッドの中にソピアがいなかった。
体を起き上げれば、椅子に座って、何やら本を読んでいるソピアの姿が目に入った。
「何読んでるんだ?」
「料理とかの本。昨日帰った時に、覚えておくといいって、おばさんがくれた」
それはまた殊勝なことだ。戦闘以外のことに、あまり興味がなかったソピアが、家事を覚える気になったことは感慨深い。目的のために邁進するソピアなら、すぐに覚えられるだろう。
しかし、俺の家に料理本なんぞがあった記憶がない。どんな内容が記載されているのか、気になった俺はソピアの背後から、その本を覗き込んだ。
その本に書かれていた字は、紛れもなく母のものだった。
「? ライブ?」
本を取り上げた俺に、ソピアが懐疑の眼差しを向ける。それに俺は、震える声で応えた。
「やめろ、やめておけ。これは駄目だ。読んではいけない」
「どうして?」
「お袋は、絶望的に料理が下手だ」
掃除を始めとした、家事一般をそつなつこなす我が母だが、何がどうしてか、料理だけはできない。味音痴というか、美味しいものを作ろうとすると、魔物の餌にもならない泥土が出来上がる。本人は美味いと言いながら食うが、俺と親父はそれを口に含んだ瞬間、腹の中身をぶちまける。
これで普通の料理を不味いと感じていたら、母の種族を疑っている。
「ライブの家に行った時のご飯は美味しかったけど……」
「それは親父が作った。うちの炊事担当は親父と俺だ。ソピアが来るときは、お袋の面目を守るために、そういう風に見せてたんだ」
親父曰く、お義母さん――母方の祖母――も汚泥を作るのが上手かったらしい。どうやら泥製作スキルは、遺伝的なものらしい。爺ちゃんには心底から同情する。娘が初めて作った料理を食べた時の心情は、娘がいない俺にも察するに余りある。
しかしソピアは「でも」と。
「料理以外も、いろいろ書いてもらったから、返して」
「そういうことなら返すが……それに書いてる料理は参考にしないでくれ。恐らく、錬金術が書かれてる」
「うん、分かった」
頷いたソピアは、俺の手から、「女が結婚するまでに習得すべき七つのこと」という題の本を受け取ると、再び読み始めた。
どういう形にしろ、ソピアは「恋人」という形になろうとしているらしい。なら、俺は、俺がやるべきことをやって、そうなればいい。
宿屋の店員が持って来た朝食を受け取り、黙々と食す。俺よりも生活習慣がきっちりしているソピアも、一旦読むのをやめて平凡な朝食を咀嚼する。
ただ日々を浪費する。そのやり方を変えるだけで、今までとは気分が違う。
先に食べ終わった俺は、ソピアに「行ってくる」とだけ告げて、宿屋を発った。俺がまず向かうべきは自宅。旅に出たというのに、帰って来てばかりなことをお袋に指摘されつつ、俺は奥にある鍛冶場で銃の最終調整を始める。
昨日もしっかりとメンテナンスを行ったが、いくら硬いといっても、金属だって変形する。木が、水を吸って変形するように。金属にも逐一気を遣って然るべきだ。
果たして銃に問題はなかった。いつも通りの最高の状態だ。俺の策通りに事が運ぶなら、初級魔法二回分撃てればそれでいいのだが。まあ、念には念をだ。
「用が済んだから、行くわ」
「旅が終わるまで、もう帰ってくるんじゃないよ」
母の台詞とは思えない言葉をその背に受けて、俺はイゲン荒野へと足を向けた。
足取りは軽い。勝機があるからだろうか。正面を切って戦う人間ではない俺は、ああいった正面を向いた奴とやり合う時に、非常に動きやすい。
必ず慢心してくれる。必ず油断してくれる。必ず嘗めてくれる。それが、どれだけ嬉しいか。
人間でも、エルフでも、魔族でも、魔物でも、皆が皆、油断する。それが、俺の強さ。
「弱いからって、勝てないわけじゃない」。かつて父から譲り受けた、唯一と言ってもいいそれは、俺の支柱だ。
「……随分と早いね」
「待ち遠しかったんだろうさ」
今のイゲン荒野は、俺が作り上げた闘技場。負ける道理はない。ファングを倒して、レベルが三上がったといっても、今の俺はまだ中級魔法一発と、初級魔法を三発しか撃てない。具体的に言うと、魔力のステータスは七六しかないし、攻撃や速さも同じくだ。だが、それを補って余りある、余り過ぎる防御が俺にはある。
俺の防御は、四〇万を超えている。
「一応聞いておきますが、勝算はあるんですか?」
「あるに決まってるだろ。なけりゃあ昨日のうちに逃げてる」
「……そうですか」
「言いたいことはあるが、言うまでもない」そんな表情をした少女は、俺との会話を打ち切った。
普通、冒険を始めたばかりの、一般人にも等しい戦闘経験しかない奴が、場数を踏んで来た、それも、神からの贈り物を持っている奴に勝てるはずはない。言わんとすることは俺でも解る。
逃げたところで、きっと結果は変わらないから。俺は立ち向かう。結果が変わらないなら、面倒事は先に片付けておいた方が楽だろう。
ふと、指の運動をしていた俺は思い立つ。
「なあ、コウヤ、だったか。お前が言う、神のギフトとやらの本質は何なんだ?」
それが切り札的な存在なら、明かされることはないだろうと、解っていても、俺は無意識的に聞いていた。
軽く体を動かしていたコウヤは、俺の言葉を耳にしたことで動きを止めた。
「そうだね。隠して隠れるようなものでもないし、言っておこうか」
コウヤは、俺の言葉で運動をやめたのではなく、その必要がなくなったからやめたのだと、その言葉を聞いて思った。何か根拠があるわけじゃあない。感覚的に、そう思った。
「僕のギフトは、『ステータスに加算がない代わりに、全ステータスに一.二倍のボーナスがかかる』というものさ。何に特化しているかと問われたのなら、バランスに特化している。この世界において、もっとも弱い特化型さ」
「よく言うぜ」
仮に、ソピアのレベルよりも二〇高いとして、レベル四五だ。今ざっと計算した結果だと、ステータスは一〇万を超える。




