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カウントアップが止まらない  作者: 白辺 衣介
一章 勇者の末裔と逸般人
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勇者の末裔と逸般人 7

 ラインから東に位置する荒野。イゲン荒野。逞しい草以外には、目立つ生物は存在せず、魔物すらも滅多に寄り付かない、ライン周辺の土地でも、特に過酷な地域だ。

 人間は言うまでもなく。だからこそ、今回のような冒険者同士の、私的な戦いの場によく用いられる。しかし冬は魔物も冒険者も、なりを潜める。俺は運が良い。


「それって、もしかして」

「もしかせずともボムダケだ」


 俺は先日採取したボムダケと、実家に保管してあったそのストックを持ち出し、イゲン荒野に埋めている。一点ごとに二本ずつ。

 一年前、俺が死にかけた時ですら一本。その時の爆発が連続で二回起こる。俺の見立てでは、防御が一〇万なければ、二本で倒せる。一二万あっても、連続爆破を数回受ければ気を失うだろう。あの時の俺とは違うのだ。


「それで勝てるの?」

「あいつのギフトとやらの詳細は知らないが、これで倒せないのは、俺か物理無効の特性持ちぐらいだ」


 たかが防御力が高いぐらいで、あそこまで自信満々にはならないだろうから、俺は全ステータスに、何らかのボーナスがかかるものだと考察している。

 ぶっちゃけ、高防御とか、防御無効の付呪装備で倒せるし。





 朝、目が覚めると、ベッドの中にソピアがいなかった。

 体を起き上げれば、椅子に座って、何やら本を読んでいるソピアの姿が目に入った。


「何読んでるんだ?」

「料理とかの本。昨日帰った時に、覚えておくといいって、おばさんがくれた」


 それはまた殊勝なことだ。戦闘以外のことに、あまり興味がなかったソピアが、家事を覚える気になったことは感慨深い。目的のために邁進するソピアなら、すぐに覚えられるだろう。

 しかし、俺の家に料理本なんぞがあった記憶がない。どんな内容が記載されているのか、気になった俺はソピアの背後から、その本を覗き込んだ。


 その本に書かれていた字は、紛れもなく母のものだった。


「? ライブ?」


 本を取り上げた俺に、ソピアが懐疑の眼差しを向ける。それに俺は、震える声で応えた。


「やめろ、やめておけ。これは駄目だ。読んではいけない」

「どうして?」

「お袋は、絶望的に料理が下手だ」


 掃除を始めとした、家事一般をそつなつこなす我が母だが、何がどうしてか、料理だけはできない。味音痴というか、美味しいものを作ろうとすると、魔物の餌にもならない泥土が出来上がる。本人は美味いと言いながら食うが、俺と親父はそれを口に含んだ瞬間、腹の中身をぶちまける。

 これで普通の料理を不味いと感じていたら、母の種族を疑っている。


「ライブの家に行った時のご飯は美味しかったけど……」

「それは親父が作った。うちの炊事担当は親父と俺だ。ソピアが来るときは、お袋の面目を守るために、そういう風に見せてたんだ」


 親父曰く、お義母さん――母方の祖母――も汚泥を作るのが上手かったらしい。どうやら泥製作スキルは、遺伝的なものらしい。爺ちゃんには心底から同情する。娘が初めて作った料理を食べた時の心情は、娘がいない俺にも察するに余りある。

 しかしソピアは「でも」と。


「料理以外も、いろいろ書いてもらったから、返して」

「そういうことなら返すが……それに書いてる料理は参考にしないでくれ。恐らく、錬金術が書かれてる」

「うん、分かった」


 頷いたソピアは、俺の手から、「女が結婚するまでに習得すべき七つのこと」という題の本を受け取ると、再び読み始めた。

 どういう形にしろ、ソピアは「恋人」という形になろうとしているらしい。なら、俺は、俺がやるべきことをやって、そうなればいい。


 宿屋の店員が持って来た朝食を受け取り、黙々と食す。俺よりも生活習慣がきっちりしているソピアも、一旦読むのをやめて平凡な朝食を咀嚼する。

 ただ日々を浪費する。そのやり方を変えるだけで、今までとは気分が違う。


 先に食べ終わった俺は、ソピアに「行ってくる」とだけ告げて、宿屋を発った。俺がまず向かうべきは自宅。旅に出たというのに、帰って来てばかりなことをお袋に指摘されつつ、俺は奥にある鍛冶場で銃の最終調整を始める。

 昨日もしっかりとメンテナンスを行ったが、いくら硬いといっても、金属だって変形する。木が、水を吸って変形するように。金属にも逐一気を遣って然るべきだ。


 果たして銃に問題はなかった。いつも通りの最高の状態(ベストコンディション)だ。俺の策通りに事が運ぶなら、初級魔法二回分撃てればそれでいいのだが。まあ、念には念をだ。


「用が済んだから、行くわ」

「旅が終わるまで、もう帰ってくるんじゃないよ」


 母の台詞とは思えない言葉をその背に受けて、俺はイゲン荒野へと足を向けた。


 足取りは軽い。勝機があるからだろうか。正面を切って戦う人間ではない俺は、ああいった正面を向いた奴とやり合う時に、非常に動きやすい。

 必ず慢心してくれる。必ず油断してくれる。必ず嘗めてくれる。それが、どれだけ嬉しいか。

 人間でも、エルフでも、魔族でも、魔物でも、皆が皆、油断する。それが、俺の強さ。


 「弱いからって、勝てないわけじゃない」。かつて父から譲り受けた、唯一と言ってもいいそれは、俺の支柱だ。


「……随分と早いね」

「待ち遠しかったんだろうさ」


 今のイゲン荒野は、俺が作り上げた闘技場。負ける道理はない。ファングを倒して、レベルが三上がったといっても、今の俺はまだ中級魔法一発と、初級魔法を三発しか撃てない。具体的に言うと、魔力のステータスは七六しかないし、攻撃や速さも同じくだ。だが、それを補って余りある、余り過ぎる防御が俺にはある。


 俺の防御は、四〇万を超えている。


「一応聞いておきますが、勝算はあるんですか?」

「あるに決まってるだろ。なけりゃあ昨日のうちに逃げてる」

「……そうですか」


 「言いたいことはあるが、言うまでもない」そんな表情をした少女は、俺との会話を打ち切った。

 普通、冒険を始めたばかりの、一般人にも等しい戦闘経験しかない奴が、場数を踏んで来た、それも、神からの贈り物を持っている奴に勝てるはずはない。言わんとすることは俺でも解る。


 逃げたところで、きっと結果は変わらないから。俺は立ち向かう。結果が変わらないなら、面倒事は先に片付けておいた方が楽だろう。

 ふと、指の運動をしていた俺は思い立つ。


「なあ、コウヤ、だったか。お前が言う、神のギフトとやらの本質は何なんだ?」


 それが切り札的な存在なら、明かされることはないだろうと、解っていても、俺は無意識的に聞いていた。

 軽く体を動かしていたコウヤは、俺の言葉を耳にしたことで動きを止めた。


「そうだね。隠して隠れるようなものでもないし、言っておこうか」


 コウヤは、俺の言葉で運動をやめたのではなく、その必要がなくなったからやめたのだと、その言葉を聞いて思った。何か根拠があるわけじゃあない。感覚的に、そう思った。


「僕のギフトは、『ステータスに加算がない代わりに、全ステータスに一.二倍のボーナスがかかる』というものさ。何に特化しているかと問われたのなら、バランスに特化している。この世界において、もっとも弱い特化型さ」

「よく言うぜ」


 仮に、ソピアのレベルよりも二〇高いとして、レベル四五だ。今ざっと計算した結果だと、ステータスは一〇万を超える。

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