勇者の末裔と逸般人 6
「君が、ソピア・スピリティアさん?」
「…………」
ソピアは、未だ視界に星が飛んでいる俺と、正体不明の異界人、その背後にいた少女をそれぞれ一瞥してから口を開いた。
「そうだけど、何?」
異界人の態度が気に食わなかったのか、俺を無碍にされたのが気に入らなかったのか、ソピアは珍しく怒りを露わにしている。魔法的な事象には、とことん疎い俺でも分かるほどに、魔力が漏れ出ている。かれこれ十年ほどソピアとの付き合いがあるが、キレたソピアは初めて見る。
文字通りレベルが違うのだろう、異界人はキレたソピアを前にしても、まったく動じていない。レベルは未だ二〇代と言えど、ソピアの魔法攻撃力はこの辺りでは最強。それに正面から向き合って平然としていることからして、この異界人は少なくとも、ソピアよりも二〇はレベルが高い。
まったく、面倒な奴に絡まれたもんだ。
「魔王を倒す僕の旅に、同行してほしい」
異界人は右手を差し出した。同意するのなら、この手を取ってくれという意だ。
その手に、取られて然るべきだと言わんばかりのその右手に、とても腹が立った。
「よっこらせ」
だから、その手を取ってやった。
俺は異界人とソピアの間に割って入った。そして異界人を睨んでみる。レベルだけ見れば雑魚の俺だが、防御だけ見れば大昔の勇者にも劣らない自信がある。こういった、誰かの盾になることは俺がやるべきだ。
俺が動くことが予想外だったのか、異界人は虚を突かれたような、間の抜けた顔をしている。
「ソピアを連れて行くなら、まず俺を倒してからにしな」
そんな、小物で三流な台詞は、俺の持つ最大至上の武器。今の俺ですら、レベル五〇の一般人に負けない。勝てないまでも、絶対に負けない。戦いの前に準備期間があるのなら、勝機すら作り出せる。俺には、そんな可能性がある。
俺の武器を耳にした異界人ではなく、その後ろにいた少女が、これもまたお決まりの台詞を口にする。
「貴方は何ですか、何者ですか。一般人は口を出さないでください」
「そりゃあ、俺はソピアの、ソピアの……? んん?」
俺とソピアは世間一般で言うところの幼馴染なんだろうが、それでは何か少し違和感がある。
友人と言うには遠すぎる。幼馴染でもまだ遠い。家族と言うには近すぎる。そして辿り着いた結論がひとつ。その結論が合っているのかは分からない。
「なあ、ソピア」
確認のために、言う。
「ソピアって、俺のこと好きか?」
「うん」
どういう意味で捉えられたかは分からない。けれどまあ、この場を乗り切るには、その返事があればそれでよかった。
「? 何をしているんですか? 早く私の質問に――」
「恋人だ。俺はソピアの恋人。うん、そうだ。だから俺は、お前たちを看過できない」
「は――?」
二人纏めてアホ面を晒す。俺が言ったことに何ら不備はないはずだ。恋人が危険な目に遭うのが見過ごせない。理由付けとしては、この辺りでいいだろ。そんな気はこれっぽっちもないが。
俺はソピアと旅をできればそれでいい。いや、それがいい。
恋慕かどうかは、我ながら分からない。それでも、自分がソピアに特別な感情を抱いていることぐらいは分かる。きっとそれは、ソピアも同じはず。
「……恋、人……?」
同じはずだ。
俺がひとつの答えを見出し、ソピアは恋人について疑問を抱く中、呆然としていた異界人がその表情を困惑のそれに変えた。
「え、ええっと? 僕の世界とは恋愛観が違うのかな?」
「いいえコウヤ、この二人がおかしいのです。何ですか今の淡白すぎる告白は! 恋愛というのはもっと複雑で、甘くとも、酸くとも、苦くとも、味があるものですよ!」
夢を見すぎではないだろうか。互いが好き合っているのなら、恋人に発展しても何もおかしくはないだろうに。
「ま、まあ、えっと、ソピアさんを連れて行くなら君を倒さないといけない道理は分かった。うん。で、それは、宣戦布告と見ていいのかな?」
「それはそうだとも。俺は誰にも倒されない」
「……僕は、この世界にやって来る前に、神様から祝福を授かっている。と言っても?」
「ああ。俺を倒したけりゃあ、ボムダケでも持ってくるんだな」
ボムダケの爆発による攻撃力は、上級魔法のそれとは一線を画す。一年前、間違えて起爆させた時に、俺が半死半生になったほどだ。まあ、経験値はあらゆる経験において発生するおかげで、一概に損とは言えない。
経験値は手に入れる本人が、どれだけ新鮮に感じたかによって取得量が変わる。あの時に貰った経験値は凄かった。
閑話は休題しよう。俺の言葉を聞いた異界人は、自分にどれだけの自信があるのか、表情に翳りを見せた。
「そうか、それなら仕方ないね」
「場所はラインから東に行ったところある荒野、時間は明後日の昼前だ。構わないな?」
「ああ、構わない」
一体全体、その自信はどこからやって来るのか。戦ったことのない相手に、自信がある理由が分からない。事前に、相手をきっちり調べているなら分かるが、そうではないだろう。ともすれば一市民にも勝てないような凡夫を、こいつらが調べるとは思えない。
だが、その慢心は俺の勝機に直結する。場所を指定し、時間を作ることができたのなら、俺は恐らくは勝てる。幸い、そのための持ち合わせもある。
「僕の名前は天ヶ崎鋼也だ。後の戦い、正々堂々と戦おう」
「用が済んだなら帰れ」
コウヤと名乗った異界人の決意表明を正面から無視し、戸を閉めた。
ソピアはまずあいつに敵わない。正々と戦って、堂々と負けるだろう。あの手は相手によって加減をしない。自分の目的に、直線的に向かっていくタイプだ。よく知っているとも。
さて早速、勝利のための布石を置きに行くべきだが、未だこの近辺をうろついている可能性がある二人と鉢合わせるのは、精神衛生上よろしくない。そのための一日の空白だ。今日は残りの一日を、依頼をこなすなり、ゆったりと過ごして、明日、コウヤとの戦いに備えればいい。
鍵をかけて、数分振りにソピアの顔を見ると、彼女はまだ思案顔のままだった。そして、俺が自分に向き直ったのを確認するなり口を開く。
「恋人って、どんなことするの?」
「……さあ?」
前途多難である。




