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カウントアップが止まらない  作者: 白辺 衣介
一章 勇者の末裔と逸般人
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勇者の末裔と逸般人 5

「ああ、寒……ん?」


 視界の端に、とあるものが入る。


 それは茸。菌糸。

 それは赤。真紅。

 その名はボムダケ。


 火気を近付けると大爆発を起こす、ギルドから見つけ次第回収、または水魔法で湿らせることが命じられている茸だ。この地方では、下手な魔物よりも危険だとして非常に有名だ。

 俺はそれを何の躊躇いもなく毟り、携帯している小さな袋へ入るだけ詰め込んだ。


 ボムダケは削る以外に加工の仕様がない鉱石――ガンサイトを砕く際に、最適であることは武具屋業界では有名だ。しかも、ガンサイトは巨大な塊でしか採掘されない、という特性があるせいで、第一級危険種であるボムダケを使うしかない。危険なせいで誰も採取したがらず、だが鍛冶屋業界は常に供給を求めている。そんな状況が生まれているせいで、ボムダケは高騰しっ放しだ。

 一本五万ルプ。その辺りの高級食材よりも値が張るそれは、この辺りによく自生している。誰にも、両親にも教えていない俺だけの穴場だ。


 その穴場を抜ければ、すぐに苔生した三階建ての建物が視界に入る。ここがラウンド家御用達の服屋、レンブライトだ。とりあえず、今日は俺の服とソピアのマフラーでも買っておこう。

 レンブライトに入ると、ありがたいことに、入り口付近の服は既に冬物のそれに入れ替わっていた。手近なところにマフラーがあったので、適当なものを手に取る。ソピアの趣味や好きな色を知らないので、完全にテキトーだ。あとは厚手の服――フードが付いている――を選んで、それをレジへ持って行く。


「二四八〇ルプになります」

「じゃあ、これから」


 手早く会計を済ませる。服に対して大して興味がないおかげで、ものの数分で買い物を終えた。

 早速パーカーを着た俺は、来た時とほぼ同速で宿屋への帰路に着いた。マフラーを小脇に抱え、首を亀のように縮めて、足早に歩く俺は変人に見えることだろう。周りからの、「寒いならマフラー着けろよ」、という視線が痛い。

 いっそ着けてしまおうか、という思いが過ぎるが、誰かのために買ったものを、自分のものにできるほど、俺は図太くない。


 若干陽が落ちてきたことにより、赤くなっている街道を歩いていると、やけに高そうな武具を装備している男女が視界に入った。また物好きがラインにやって来たのか。いつも通りの光景だと思う間もなく、 その片割れ、俺と年が変わらない男が道行く住民に声をかけた。


「ソピア・スピリティアという少女を知りませんか?」


 俺の歩速は今までにないほどの高さになった。


 いやいやいやいやおい。これ以上ない面倒事の臭いがするぞ。そりゃあ、ソピアだって長子じゃないとはいえ、スピリティア家の人間、勇者の末裔だ。ある程度は覚悟してたが……ありゃあ黒髪黒眼だ。噂によるところの異世界人だ。面倒事を一身に背負ったような、ともすれば面倒事を擬人化したような存在だ。関わらないが吉。大吉だ。


 首を一層窄めて、できるだけ存在感を、気配を消しながら、その一組の男女の隣を通り過ぎていく。自業自得ならまだしも、他人の都合で巻き込まれるのはまっぴらごめんだ。

 しばらく歩いてから振り返れば、あの二人はまだソピアについての情報を収集しているらしかった。それが事態をどう運ぶのかは知ったことじゃないが、ソピアに辿り着かないことを祈るばかりだ。

 かなりの歩速が歩いているせいで、住民からの注目を浴びつつも、俺は無事に何事もなく、宿屋に帰還した。


「ただいま」

「おかえり」


 変な気苦労を背負ったせいで、無駄に疲れた。部屋に戻った俺は、その疲労から、ソピアへマフラーを渡すことも忘れて、ベッドに転がった。


「ソピア、これ、持ってってくれ」

「ん」


 ベッドの縁から腕を垂らし、その先にぶら下がっているマフラーを数度振る。それだけで意図を察したソピアは、俺の手からマフラーをそっと受け取った。


「……わたしが、藍色好きなの覚えてたの?」

「そうだっけ」


 目に留まったものを買っただけだから、ソピアの好みはまったくもって考慮していない。無意識下でソピアに似合うものを、と思っていたのかもしれないが、俺の美的センスは平均以下なので、それもないだろう。

 まあ、所謂偶然だ。


「ありがとう」

「どうも」


 うつ伏せだったから実際はどうだか分からない。だが、そのソピアの声は、少しだけ嬉しそうだった。





 何事もなく一夜を明け、俺は生活習慣的に、ソピアよりも早く起きた。

 同衾しているソピアが寒くないように、するりと、獲物を狙う蛇の如くベッドから抜け出す。そして、一度大きく伸び。ほうと息を吐いて、いつも通りの猫背に戻る。


 鍛冶場があれば銃のメンテナンスをするんだが、宿屋にそんなものがあるはずない。仕方なくメンテは簡易的にして、どこか良い場所があった時に本腰を入れてやろう。


 魔力を込めずに引き金を引いてみたり、叩いて強度の確認をしたり。簡易的な器具をポーチに入れてきていたおかげで、分解して部品ごとに摩耗していないかの確認もできる。普通の銃とは違って、部品のほとんどが魔力伝導率の高い金属――キリナイトが原材料になっているので、解体するだけでも非常にやかましい。

 それを知らしめるかのように、布団の中で眠っていたソピアがのそりと起き上がった。


「……何?」

「簡易的なメンテナンス。まだまだ実験段階だから、こまめにやっとかないと」

「そうなんだ」


 言いながら、ソピアは洗面所へ足を運び、軽く顔を洗った。

 ああ、そういえば、メンテに夢中で顔を洗うのを忘れていた。父親譲りの悪癖を思い出した俺は、ソピアと入れ替わる形で、洗面所に足を運んだ。

 生来のものと、まだ目覚めたばかりとが合わさって、今の俺は非常に目つきが悪い。三白眼も、それを助長している要素のひとつだろう。


 洗顔を行ったことで、多少さっぱりとした気分になった俺の耳に、来訪者を知らせる呼び鈴が鳴った。洗面所が扉から近いこと、ソピアは部屋の奥で着替えをしていること、これらの現状から、俺が戸を開けた。朝食の配達だと思ったからだ。


「ご苦労さーまっとお!」


 しかし現実はそうではなかった。二〇三号室の前にいたのは店員ではなく、昨日見かけた黒髪黒眼。思っていたよりも数日早く、俺たちの場所を嗅ぎ付けられたことが意外だった。だから当然、であれば必定。俺は時間稼ぎの意味合いも込めて、開けた戸を、全力で、最速で閉めた。

 つもりだった。


「ビンゴ、でいいのかい?」


 野郎は戸と壁の隙間に爪先を挟み込むことで、閉扉を防いでいた。


「ハズレだハズレ。残念賞もないから、とっとと帰れ」

「参加賞ぐらいは、貰いたいんだけどねえ」


 冷静になって考えてみれば、当たり前にこいつの方が強い。それは物理的な意味でも、魔法的な意味でも。だから、俺がこの場でどう気張ろうとも、この異世界人に勝てる道理はなく、また敗北しない因子もない。


 それでもどうにか、壁を背にして、なんとか踏ん張っていると、着替えを終えたソピアが部屋の奥からやって来る。「来るな」というメッセージを目線で送ってみるが、やはり俺にはその手のスキルは皆無らしい。


「ライブ?」


 ソピアがそう言うや否や、開扉の力が突如強まる。俺はそれを受け止めることができずに、戸と壁の間に挟まった。鼻と後頭部を強かに打ちつけた。

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