プロローグ 2
「……いろいろ事情があるから、親父も含めて、四人で話したい」
「そういうことなら先に言いなさい」
そう言うと、お袋は瞬く間に店じまいを始めた。今日はもう営業をする気はないらしい。
何と言うか、我が母ながら驚くべき行動力だ。行動力の高さなら、すぐそこに、それはもうとんでもなく高い奴がいる。
「ささ、鉄臭い家ですけど、良かったら上がってください」
「いえいえ。私、この臭いが好きですから」
先に上がって行った二人の背を見つめながら、やっぱりどこか似ていると感じた。
店の奥にある生活のための空間に、客間がある。そこに、お袋、地下から引きずり上げた親父と俺、ヒューリーが対面している。親父は見知らぬ女性が目の前にいるせいで、完全に緊張している。さっきまでかいていた普通の汗が、一瞬で冷や汗になったに違いない。
俺たちの間には、説明がしやすくなるだろうと思った俺が、家の奥から引っ張り出してきた家系図が広げられている。
「で、事情って何?」
「じゃあまず、詳細を省くが、家系図の一番上を見てくれ」
「うん? ライトニング・ラウンドと、ヒューリー・ラウンドぐらい、家系図見なくても分かるわよ」
「こいつ、ヒューリー・ラウンド」
ニコニコで手を振るヒューリーと、俺の言葉を聞いて硬直する夫婦。まるで雷に打たれたかのように、びくともしない。特に、親父の普段見せない表情がおかしくて仕方がない。
「……だから、か」
親父とお袋、先に口を開いたのは、以外にも親父だった。親父の呟きにしか思えない言葉を聞いて、お袋も我に返る。ヒューリーは何と言っていたのか聞き取れなかったようで、首を傾げている。まあ、俺たちは長年、親父と一緒にいるから拾えるが、そうでないと何を言っているか分からないことがほとんどだろう。
親父の小声に対して、お袋は「何が」と問いかける。お袋の台詞はヒューリーにも聞こえるので、彼女は次に聞こえてくるであろう親父の言葉に耳を傾けた。
「若い頃の母さんに、似てる」
「それだけ?」
「……ああ」
「じゃああんたは、もう黙って頷くだけにしなさい」
親父は黙って頷いた。
「……いつもこういう感じなの?」
「そうだな。親父はいつも不憫だ」
耳打ちしてきたヒューリーに対して、俺は普通に答える。恥ずかしいことでも、隠すことでもない。近所では有名な家だ。今更身内にばれたところで、何を失うというのか。
「ティア・スピリティアっているだろ? あいつの魔法で、ヒューリーは五〇〇年前から時間が止まってたってわけ。その魔法がこいつにかけられた理由は話せない」
「……うーん、まあ、飲み込めない、ことはない……わね」
腕を組んでうんうん唸るお袋だが、飲み込むことができれば受け入れてくれるだろう。筋を大切にするお袋は、同時に情に厚い。元冒険者だけあって、筋者に似たような性格をしている。
親父はライトニング・ラウンドの性格のうち、駄目なところだけを凝縮したような人間だ。言葉足らずで対人が非常に苦手。だから引きこもって金属をひたすら叩いている。
「私は、一応この家でやるべきことは一通りできるはずよ。だから、お願い」
ディーはヒューリーが下手に出たことはないと言っていた。それはあいつにだけだろう。二人の関係性を深くは知らない。大方幼馴染か何かだ。あの関係は、俺とリディアに似ている。
「……分かった! ヒューリーさん? ちゃん? よく分かんないけど、よろしくお願いね!」
「敬称はいらないわ。こちらこそよろしく、私の子」
厳密にはお袋とは血は繋がっていないが……他で通じるところがあるようだし、細かいことはいいか。
親父は頷くタイミングが分からないのか、水飲み鳥のようにひたすら頷いていた。
◆
夜。俺は、覚悟を決めていた。丸一刻早くギルドに到着した俺は、隅の方で銃と弄り回していた。落ち着いていない証拠だ。俺たちのこれからという、漠然として、暗中の中にあるものに、俺はどう向かって行けばいいのか、分からなかった。
どうしようもない俺の隣に、どかりと、豪快に座る者がいた。
「よう。久しぶりだな」
アクスだった。旅の始まりにも出会ったアクスと、こうしてもう一度話すことで、俺は決心ができると思っているのかもしれなかった。
アクスはもう店を閉めたのか、従業員に酒を注文した。
「いやあ、本当に久しぶりだな。おっさん禁煙しちまったよ」
「受付嬢の怒鳴り声を聞かなくて清々するぜ」
夜のギルドは騒がしい。酒の加減を知らない馬鹿が多すぎる。だが、その喧騒も、俺の心を晴らすために必要なものだった。その喧騒の中に、俺が欲しい答えがきっと存在している。
しばらく沈黙していた俺たちに、従業員が酒を持ってくる。ジョッキに入った酒を、威勢よく飲みこんだアクスは、ジョッキをテーブルに叩きつける。
「悩んでんなあ」
「……まあ、いろいろあるからな」
「ライブ、酒飲めたか」
「飲んだこと、ないな」
この国の法律では、学校を卒業した時点で、酒や煙草などの嗜好品が解禁される。卒業してから三年は経っている俺は、未だにそのどちらにも手を付けていなかった。俺の家庭で、誰もそれらに興味がなかったから、という理由が大きい。
「飲むか? 一口ぐらいならやってもいいぜ」
「いや、いい。めちゃくちゃに酔ったら目も当てられない」
ましてや、もうすぐソピアも来るんだ。真剣な話をしようとしているのに、当の本人の態度がふざけていたら話にならない。
俺がそう断ると、アクスは俺の肩に手を置いた。
「ライブ。今できることは今のうちにやっとけ。ジジイになってからじゃあ遅え。酒は後でいくでも飲める。でもな、冒険、旅ってのは、若いうちに全力でやっとくもんだ」
「……」
アクスの話にだけ、耳を傾ける。今はもう、求めた喧騒は必要なくなっていた。
「お前のお袋だって、若いうちにさんざやんちゃしてたんだ。仕返しがなけりゃあ、全部喋ってやれるんだがな」
そこでアクスはまた一口、酒を呑んだ。
「行って来い。結果が悪けりゃあ帰って来て酒飲んでパーッと忘れろ」
「ありがとう、アクス」
「いいってもんよ。ロイドには、さんざ世話になったからな」
俺の背を数度叩いたアクスは、やはり、親父よりも親父らしかった。




