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カウントアップが止まらない  作者: 白辺 衣介
一章 勇者の末裔と逸般人
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勇者の末裔と逸般人 3

 依頼書に記された地区に来てみれば、なるほど確かに畑の荒れようは酷いものだった。作物は美味いところだけ食い散らかされ、地面も掘り返されている。かといって、ろくにレベル上げもしていない一般人がファングに勝てるはずもなく。

 まあ、一般人でも俺よりはレベルが高いだろう。俺も親父には及ばないにしろ、そこそこの引きこもり気質だから経験が他人よりも薄い。現に、年下のソピアにすらレベルが負けている。だからといって、俺が負けるということはまずあり得ないが。


「さて、ファングは来ると思うか?」

「肉好きのファングが畑を荒らしてるなら、相当お腹が空いてる。だから畑に食べ物がある限り来る」


 いつの間にやら、ソピアは魔物についての知識を蓄えていたようで、俺がまったく知らないファングの生態を説明した上で俺の質問に答えた。そろそろ本気で年上としての威厳がかすみ始めている。

 どう格好つけるかを考えていると、ソピアの読み通りファングは畑に姿を現した。流石魔物と言うべきか、見慣れない人間を二人視認したファングは、即座に戦闘態勢に入った。


 誰に言われたわけでもなく、ファングに向かって歩き始める。ソピアも俺のこの行動は予測していたのか、何の反応も見せない。俺にできることは射撃とデコイになることだけだ。前者の腕はあくまでも一般人の域を出ない。後者としての性能は人類トップクラスであると自負している。


 魔物は人類の敵そのもの。人類を見つければ、睡眠中でない限りは襲いかかる。彼らにとって、人類の根絶は第一優先事項らしい。だからこそ、俺のデコイとしての性能は輝く。


「さっさと来いよ。じゃないと格好つかないだろ」


 人語を解することができることは、生物学者たちの弛まぬ努力によって明かされている。こうして煽ってやれば、魔物は怒って襲いかかってくる。ファングもその例に漏れることはなく、俺の腕に喰らいつく。


「ッ!?」


 自慢の牙が薄皮一枚貫くことができないという、初の経験に身を震わせる。魔物でも驚くなんていうことがあるのか、とどこか現状を他人事のように捉えながら、空いた右手でホルスターから銃を取り出し、ファングの喉元に銃口を触れさせる。


 再び、身震い。

 動物的直感で死を覚ったのか、俺の腕から牙を放す。だが、いくら速さの足りない俺でも、この距離でファングを逃がしはしない。遠慮なく、躊躇なく、その引き金を引いた。


「ガッ……!」


 喉笛に風穴が空いたファングは短い悲鳴を上げる。どうせ死ぬのならと、断末魔に俺の腕に再度噛みつくも、精々服に穴が空いた程度に終わった。


 今回は威力を重視して、初級魔法を弾にした。魔力消費五でファングを一撃で葬れるのなら、我ながらなかなかの性能をしている。今のレベルだと、一日一五発しか撃てないことを鑑みても、リターンは大きい。

 初依頼はこれで終わりだ。思っていたよりも、あっさり済んで若干不完全燃焼気味だが、これの威力も知れたことでプラマイゼロとしよう。


 今回出番がなかったソピアは、畑の外で眠そうに欠伸をしていた。今日のところはこれで切り上げて、報酬で夕食を食べに行こう。ファング討伐の報酬は一万五千ルプ。二人分の夕食と宿代には十分な額だ。


「あ、後ろ」


 ソピアがそんなことを言いながら、俺の背後を指差した。何かあったのかと思う間もなく、背に衝撃を感じ、それと同時に俺の視界は真っ暗になった。しかし意識を失ったわけではなく、頭をすっぽりと何かに覆われている。背後からの衝撃はしっかりと手を地に着くことで和らげた。


 うわ、これなんかベトベトする。何か尖ってるのが首元で擦れてる。めっちゃくちゃ気持ち悪い。何これ、何だこれ。


 俺が謎の嫌悪感を捉えるや否や、首から下を思い切り振られ始めた。このままだと、いくら防御が高いといえど、遠心力で関節が抜けてしまう。こう体の自由が利きにくいと、俺の頭部を覆っている何かに銃口を向けることも難しい。しかしそれでもと、振られる体を必死に動かして、ホルスターに手をかけたその時、俺の体は宙を舞った。いや、今までも宙に浮いていたんだが。

 正しくは放り投げられたと言うのが正しい。放られた俺は空中で受け身を取ることもできずに、頭から畑に突っ込んだ。のそりと起き上がった俺は、自身の防御力に深く感謝した。


 起き上がった俺が視界に捉えたのは、平均よりも一回りも二回りも巨大な体躯を持つファングと、中級魔法で牽制をするソピアの姿だった。少女一人と猛獣一匹の対決と聞くと、どう足掻いても前者に勝ち目はないように思えるが、現実はそうではない。こと戦闘に関するセンスはリディアよりも優れている。ガキ大将の拳骨をさらりと避け、カウンターとしてアッパーを食らわせた過去がそれを示している。ソピアは肉弾戦でも強いのだ。


 ファングの挙動に違和を感じて観察してみれば、前足に怪我を負っている。恐らくは俺を放り投げた前後に、ソピアによってつけられた傷だろう。傷の規模から見るに、ソピアの得意とする、雷属性の中級魔法だ。

 中級魔法は基本三段階の魔法の中では、効果に対する消費、能率が最も優れている。旅をする冒険者は、何より中級魔法を極めると聞いた。ソピアもその例に漏れず、精度の高い中級魔法を次々と放っている。


 ちなみに、俺は魔力のステータス的に、中級魔法を一発撃つのがやっとだ。


「っ、もう……!」


 ファングの攻撃は未だに貰っていないようだが、ソピアはいくら俺より強いといっても所詮は少女。いつかは体力の限界がやって来る。速さのステータスは、体力とは関係ないのだから。

 顔にこびり付いた唾液を袖で拭って、ファングの相手を肩代わりすべく、俺は柔らかい地を蹴った。ファングの速さどころか、ソピアの速さにすら追いつけない俺は、一人と一頭の動きを先読みして動くことを強いられている。

 幸い、俺は現場の流れから、先の流れを読むことは苦手ではない。得意というほどでもないが、俺にとっては苦手でないだけでも僥倖だ。


「ソピア、一歩下がれっ」

「了解」


 俺の掛け声通りにソピアは一歩後退する。ちょうどソピアの正面にいたファングは、ソピアよりも俺が弱いと判断したのかスイッチして俺に襲いかかる。


 馬鹿かこいつは。さっき俺の首を噛み切れなかったのをもう忘れたのか?

 自分の力で何かに打ち勝つには、退かないこと、恐れないこと、立ち向かうことが重要だと、お袋は再三言っていた。


 俺は、俺の左手を食らわんとするファングの大口に、自分から腕を突っ込んだ。


「!?」

「何を驚いてんだ。こうしようとしてたんだろ」


 目を向いたファングに皮肉をひとつ飛ばしてやってから、左手に握っていた銃の引き金を数度引く。


 銃声は聞こえなかった。


 気味の悪い感触を左腕に受けながら、それを引き抜く。体液はもちろん、血液もかなりの量染みついていた。手についた分はともかく、服に染み込んでしまった分はどうにもならないので、後で捨てよう。

 濡れていない部分で左手と銃を拭くと、心配そうな表情をしたソピアが俺の左手をまじまじと眺め始めた。


「どうした?」

「魔物の血液は、猛毒だから」

「詳しく頼む」


 ソピアが自分で調べた情報によると、魔物であればどの種類でも血液は非常に猛毒で、触れれば皮膚は焼け爛れ、接種すれば三日三晩苦しみ悶えて死ぬらしい。俺はもちろん無傷だ。

 やはり俺は、デコイの才能においては他の追随を許さない。


「本当に大丈夫?」

「見ての通り、べたついてるだけでなんともない。帰って手を洗えば大丈夫だろ」


 このままだとおちおち握手もできない。できるだけ早く宿を取って風呂に入りたい。

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