+-二五〇の過去と未来 5
「あんたはゆっくり殺す。私が苦しんだ分だけ、何年でも、何十年でも、何百年でもかけて、私の苦しみを味合わせて殺す」
「……っ!」
声も出ない。指の一本に至るまでが、俺の言うことを聞かない。
だが、ヒューリーはまだ、俺の防御力がいくらなのかを知らない。武器で魔法で毒で薬で死なないことを知らない。なら、まだ、チャンスはある。
それはそれとして、今の今まで、役に立たなかった奴の、名誉挽回だ。
風を切る音が聞こえた。その音源は俺の背を掠め、近くの地面へと突き刺さり、碧の雷を放電した。それと同時に、俺の体が自由になる。俺は、俺の体の持てる速度すべてを以て、ホルスターから銃を引き抜き、撃発する。
「〈ショック・ボム〉!」
速さ自体は並以下のヒューリーは、それに反応できずに撃ち抜かれる。中級魔法を込める時間はなかったとはいえ、初級魔法を込めたマグナム式の弾はヒューリーを大きく吹き飛ばした。
「よォ大将。危なかったんじゃねェのか? ンン?」
「助かった。ありがとう」
これ見よがしにドヤ顔を披露するリディアだが、今のはもしかすると死んでいたかもしれない。素直に礼を言うと、間抜けな顔になった。
「あー、で? 今のでやれたのか?」
「やれたとは思ってない。脳天に当たってりゃあ、死んでるだろうが……」
「そうかい」
狙いを付ける暇すらなかったから、どこに当たったのかは分からない。故に、血を流して倒れているヒューリーに、俺たちは近付かなかった。本家の銃や、魔法を込めた弾なら、弾に麻痺でも含めて当てれば、戦闘不能にできるが、ただの魔力の塊にそんな効果はない。マグナムが本家ハンドガンよりもやや高い威力になっているぐらいだ。
遠めに見てみると、ヒューリーの左腕、肘から先がなくなっていた。そして、あれだけ振り撒き散らしていた狂気を、感じなくなっているということは、そういうことだろうか。近付きたくなるが近付きたくない。相反する思いが渦巻く。
「……何よ……今の……」
やはりというかなんというか、ヒューリーは生きていた。地獄の底から響くような声が、その証拠だ。隣にいるリディアも、表情を歪めている。
「知らない。何よ、それ。ライコウの武器じゃないわね」
狂気と怒気が混ざり合う。非常に気分が悪い。
「なんで、ライコウの武器じゃないのに、私を傷付けられるのよ」
やばい蓋を開けてしまったかもしれない。
直感的にそう感じた俺は、反射的に〈フレア・バン〉を発動し、発砲していた。
「はっ?」
気の抜けたリディアの声は爆発音にかき消された。再び吹き飛んだヒューリーの右脚は消えていた。
「えっ、ちょっ、お前何してンの? 何してンの!? 今のどう見ても第二ラウンドが始まるって感じだったじゃねェか!」
「いや、だって、気味が悪かったから、つい……」
「ラスボス戦だぞ!? そンな衝動的に倒していいモンじゃねェから!!」
そう胸蔵を掴んでがっくんがっくん揺らされると、まさかの事態に動けなくなるからやめてくれ。俺が悪かったのは認める。
再び血だまりを作ったヒューリーの構図は、ほとんさっきと同じで、それがどこかシュールだった。だが、左腕と右脚を失っては、もうまともに戦闘はできないだろう。俺はシリアスと引き換えに、勝利を手に入れたのだ。
……ほとんどさっきと同じ構図で?
「おい、リディア。あいつの左腕」
「あァ? そりゃテメェがふっ飛ばしたろうが」
「よく見ろ」
「何だってンだ? 生えたわけでもあるめェし」
この馬鹿はまだ違和感に気付かないのか。目を凝らして、凝視するように言っても、何もないの一点張りだ。呆れた俺は、ため息を吐いてから正解を告げる。
「なんで、もう流血が止まってるんだよ」
「……マジじゃねェか……」
吹き飛んだ時の熱量で傷口が焼けたのなら分かる。だが、そうではない。あいつが左腕を失った直後は、確かに血が流れていた。その証拠の血だまりもある。治った? いいや違う、治したんだ。
「回復魔法は、苦手なのよ……!」
気付けば、右脚の流血も止まっていた。ヒューリーの言う「苦手」が、どのレベルのものかは分からないが、放って置くとまずそうなことは理解できる。万が一にも再生されたら、魔力がろくに残っていない俺と、紙耐久のリディアでは、本気になったヒューリーを止められると思えない。
コウヤには悪いが、ここで止めを――!
「あんたを殺すのは後にするわ」
初級魔法を込めた弾は、見えない壁のようなものに阻まれる。その言葉、右腕の先を見た俺は、リディアに向かって叫ぶ。
「俺を投げろ!」
「あいよ!」
俺の腕を掴み、背負い投げる。中空で手を放したことで、俺は大きく投げ出される。その速度が俺の全力疾走より速いことに、傷付いている暇はない。
魔法の準備は終わっていない。四人が固まっているところに超威力の魔法をぶち込まれたら、ディー以外は確実に死ぬ。下手をすると全員まとめてやられる可能性もある。
流石幼馴染と言うべきか、着地点は俺が求めた場所だった。右腕を軸に着地し、既に放たれた紅蓮の魔法を、左腕で受け止める。
「あっづぅっ!」
左腕が燃えるように熱い。いや、実際燃えているのかもしれない。あの野郎、補助魔法を自分にかけたに違いない。俺がダメージを食らっているのだから。迅速に断絶の籠手で紅蓮を殴りつけたが時すでに遅し。俺の手は重度の火傷を負っていた。
「ら、ライブ……大丈夫?」
「大丈夫、じゃ、ないかも……」
手というよりは、黒い何かになった俺の手を視界に収めた。もう動かない。回復魔法、治癒魔法でももう治らないだろう。唯一戻せる希望のあるディーは魔法の準備中。ヒューリーと戦う間は、右腕一本でやっていかなければならなくなった。
「うわあ……グロ……後で戻すから死ぬなよ」
「死ぬつもりなんて毛頭ない」
俺の手を一瞥したディーはあからさまに引いていた。その隣にいるコウヤは、そわそわしながらディーとヒューリーを交互に見ている。どれだけ話がしたいんだこいつ。
しかし、まあ、好機と思えばそうに違いない。ヒューリーの片手片足は欠損し、まともに立つことすらままならない。




