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カウントアップが止まらない  作者: 白辺 衣介
四章 +-二五〇の過去と未来
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+-二五〇の過去と未来 4

 俺に触れる直前で腕を掴まれた魔王は、ディーと言葉を交わす。視線は俺に注いだまま。


「いい加減ライトニングのことを許してやれよ、ヒューリー」

「黙りなさい、ティア。ライコウが私に何をしたか、言ったか、知らないはずはないでしょう」


 二人以外与り知らぬ会話を、一句たりとも聞き逃さないように意識をする。表情は薄いまま、怒気を隠そうともしない魔王――ヒューリーに気圧される。だが、俺が折れるわけにはいかない。俺は最早、渦中の人間だ。


 俺とヒューリーが睨みあう最中、俺より数歩後ろにいたコウヤが、「やっぱりか」と、苦々しく呟いた。


「ライコウ、ライトニング・ラウンド……今更、漸く繋がったよ」

「……何、あなた。あなたもライコウの関係者?」


 視線が俺からコウヤへと移り行く。それにつられて、俺もコウヤへと視線を注いだ。苦虫を噛み潰したような表情のコウヤは、若干の怒気を孕んでいた。


(つぶら)頼光(らいこう)。その名前に、聞き覚えがあるんじゃないのか」

「――っ!」


 コウヤがその名を口にすると、ヒューリーが目を見開く。続いて、頬を風が撫でた。


「っ! ライブッ! コウヤの前に出ろ!!」


 ディーが叫ぶ。俺のステータスに速さが足りないせいで、庇うことはできなかった。それでも、右腕をコウヤとヒューリーの間に滑り込ませることはできた。

 刹那遅れて、気温が上昇する。ヒューリーがコウヤにかざした掌から、煌々とした炎が伸びる。その炎は、間一髪間に合った俺の腕――断絶の籠手に触れると同時に、硝子が砕けるような音と共にかき消えた。


 ヒューリーが、俺が装備した籠手に気が付くと、掴んでいたディーの腕を振り払って大きく跳び退いた。


「邪魔をしないでよっ……ライコウッ!」


 きっと、ヒューリーはもう現実が見えていない。ライコウ、ライトニング、それらの存在に反応して破壊を実行するだけの機械だ。怒りで正気を失っているのか、狂気に触れて怒りが表面化しているのか、それは俺の知るところではない。

 ここで漸く、当初の予定通り、俺が前面に立つ。


「……ライブ、頼みがある」

「手短に」


 この状況では、悠長に話をしているような時間はない。ディーのように実力と経験が並外れていれば、冗談を言いながら抗戦することもできるのだろう。


「できれば、本当にできればでいい。彼女と僕が話せる時間が欲しい」

「話をできるような相手には見えないがな」

「それでも、頼む」


 コウヤはいつだって誰よりも真面目で、誰かのために動いていた。フィグ王と対面した時に言っていたように、こいつは本当に他の生き方を知らないのだろう。そのコウヤが、この期に及んで、今更、わがままにも取れる頼みを、よりにもよって俺にしてきた。


「任せろ」


 俺はそれに、応えてやりたくなった。

 連鎖鉄鎖をいつでも使えるように握りしめ、時間を稼ぐために、時間を作るために魔王と呼ばれた女と対峙する。

 両の手で顔を覆っていたヒューリーは、その隙間から俺を睨みつける。


「似てるのよ。あんた、ライコウに、似てるのよ」

「だろうな。似てる似てるって、よく言われるぜ」


 彼女の両腕の筋肉が弛緩したかのように、だらりと垂れる。完全にイってるなあ、という感想を漏らせる空気ではなかった。


「その顔を、私が愛するその顔を……っ!」

「何、言ってんだ? お前……」


 ヒューリーの狂気が辺りに蔓延し、毒霧でも吸っているかのような感覚に陥る。力の入っていない体とは対照的に、ぎらぎらとした瞳が俺を見つめているのが気持ち悪い。プラスに考えるのなら、この狂気は今、俺にだけ向いている。これを耐えきれば、精神的には勝ったも同義だ。……ポジティブすぎるほどに考えれば。


 だらりと垂れ下がった腕を、気持ちの悪い動きで持ち上げる。掌の延長線上には俺がいる。さっき見た、無宣言の魔法が飛んでくることを警戒する。

 今のヒューリーは正気ではない。正気を保っていれば、こんな分かりやすい予備動作など取らないはずだ。理知と情熱の二面性のうち、後者が色濃く表れている状態だと言える。元々の怒りに加えて、コウヤの一言、俺の存在が相まって、想像もつかないほどの炎が燃え上がっていることだろう。


「消してやる」


 今回の炎は青い炎。状況が状況でなければ、見惚れてしまいそうになるほど美しい炎。青い大蛇にも見えるそれは、俺を飲み込まんと大口を開ける。だが、俺には断絶の籠手、生来の防御力がある。例えどれだけ倍率が高くとも、ヒューリーの攻撃力で、俺の防御力は超えられない。


 大蛇が断絶の籠手に喰らいつく。さっきの炎と同じように、気味の良い音を立てて砕け散る。ヒューリーが何処から現れるか、左右ばかりを気にしていた俺は、砕けた大蛇の中から現れたヒューリーに、反応が一瞬遅れた。

 魔の手を伸ばすヒューリーには気を配らず、視界の端に入った、尖った岩に向かって右腕を伸ばす。その動作と連動しているかのように伸びた鉄鎖は、俺の目論見通りに岩に絡み付き、その身を縮める。連鎖鉄鎖の動きに逆らわず、俺は壁に肩をぶつけながらも、ヒューリーを回避した。


「それもっ!」

「面倒臭いな……」


 連鎖鉄鎖を認識したヒューリーは、さらに狂気を振り撒く。この怒りようを見るに、リディアかディーが、ライトニングに関するものを所持せずに挑んだ方が、楽だったんじゃないのか?

 事前に打ち合わせしておいた通り、他の四人はディーが道中で造った、魔法の原則をぶち壊す魔法の準備を行っている。リディアは相変わらずお荷物だ。


「ライ、コウ……」

「だから、俺はライコウじゃないって言ってるだろ」


 時が経つにつれて、ヒューリーの精神が徐々に蝕まれている。コウヤに約束した手前、何とかして拘束するなり、戦闘不能に陥れるなりして、話の機会を設けたいが……


「無理かもな、こりゃあ……」


 唸っているヒューリーを遠巻きに眺めていると、その体が帯電していることに気が付いた。碧の雷がヒューリーを中心として瞬いている。どういう効果のものかは、魔法に疎い俺では分からないが、どう見てもやばい代物だとは肌で解る。あれは、触れない方がいい。

 となると、ヒューリーへの対処は今までの、ギリギリを攻めたそれだと間に合わない。即時解決が求められる。まあ、それが容易にできれば、悩むことはない。


「まずはあんたから、殺す」


 バチン。音が聞こえた。

 気が付くと、ヒューリーは目の前にいた。もちろん、帯びている碧の光も共に。


「あっ……!?」


 それを認識するや否や、俺の体は崩れ落ちた。ダメージを食らったわけではない。俺の体は服も含めてノーダメージだ。ただ、体に力が入らない。体が動かない。

 何が起こったのかは分からない。ただ、あの碧の雷が、俺を行動不能にしたという事実だけが突き付けられる。

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