+-二五〇の過去と未来 2
「ありゃあガワだけ竜の魔物だ! 中身は魔物だから倒せる! 焦んな馬鹿!」
「ガワだけって言っても、ガワは竜、なんですよね」
「そうさ。だから普通の魔法は通じねえし、物理攻撃も効きにくい。そもそも飛んでるから物理は当たらねえ。俺の空間魔法ならぶっ殺せるが、オリジナルの魔法は、発動まで時間がかかる。だから、あいつが攫われるのを足止めする必要がある。分かったらさっさと魔法ぶち込め!!」
ディーが長々と語っている間に、魔法の準備を終えたソピアが一番槍を担う。表情からして殺意マックスなソピアは、竜型魔物の頭部を正確に狙っていた。
しかしソピア渾身の魔法は魔物の頭突きによってかき消される。何の付呪もないただの頭突きで、上級魔法を消し去ることができる竜の鱗には驚くばかりだ。少し鍛冶師としての血が騒ぐ。
「これ、完全に俺置き物じゃン」
「喋ってる暇があるなら、ナイフでも投げて」
「ケッ。ソピアに言われちゃ仕方ねェなァ!」
このシスコンは本当にちょろいな。
「ちょいと、攻撃速さガン振りの実力を見せてやンよ。コウヤ! その剣貸せ!」
「えっ、いいけど、何に使うんだい?」
「あの野郎の首をぶった斬ってやンのさァ!」
コウヤの剣を担いだリディアは、木々を猿のように飛び交う。その速度は時と比例して加速していく。何をやろうとしているかは予想できた。そして、その結末がどうなるかも。
魔物正面にある、ちょうどいい位置の木から飛び出したリディアは、剣を思い切り振りかぶっていた。俺も、来るべき結末に備えて、自由な右腕を構えておく。
「死ねゴラァ!」
リディアのその軌道は、正確に魔物の首筋を狙っていた。半端ではないスピードと攻撃力が相まって、その一撃は、竜の鱗すらも斬り裂くことができると思える、裂帛の気合を孕んでいた。
魔物が羽ばたく。それにより高度が上がり、空中で軌道修正などできるはずがないリディアは、そのまま突っ込んでくる。
俺に。
「あっ」
振り下ろされた剣を右腕で掴む。ただのジャンプで跳んで来たリディアは、そのまま重力に従って落下する。しかし、彼の体は空中で宙吊りになる。俺が剣を掴み、リディアもまた、剣を掴んでいるからだ。
「あーはは、しくったしくった。悪ィな。今度はちゃんと決めるわ」
笑いがやたらと乾いているのは、俺の表情が見えているからに違いない。
「後でぶっ飛ばす」
「ちょっ!」
剣を放す。リディアは森の中へと消えて行った。
改めて、他の面々がいる場所に視線を移すと、リディアの着地点に向けて、零度の眼差しを注ぐソピアの姿が第一に目に入った。本当にあいつは哀れな男だ。
コウヤも魔法を撃っているが、頭突き、尻尾による薙ぎ払い、回避等々、あらゆる方法で無効にされている。足止めという点で考えれば、何もおかしくない。だが、俺に当たるかもしれないという可能性を考慮せずに、足や胴を思い切り狙うのはやめてもらいたい。俺自身は無事でも、服が無事では済まない。
その点、ソピアは頭しか狙わないので安心できる。俺のことを考えてか、魔物に対する殺意かは、本人のみぞ知るところだ。
「さて、と」
俺も、ただぶら下がっているだけではなく、何かしらの抵抗を起こそう。
マシンガンが入ったバッグは、攫われた際に落としている。手元にあるのはハンドガンが一丁。しかし、俺は謹慎期間をふいにしたわけではない。しっかりと改造を施している。
文字通り、あらゆる属性の中で火力が高い火。その中級魔法〈フレア・バン〉を二回唱える。二回分の〈フレア・バン〉は、銃の中で混ざり合い、ひとつの弾丸と化す。
上級魔法を使えるのなら、そっちの方が威力も高くなるが、生憎と魔力が七〇ほど足りない。こればっかりはどうしようもない。
銃口は脚の付け根。余りに近いと、俺(の服)まで巻き込まれる。この距離、状況なら狙いを付けなくとも当たるだろうとふんで、引き金を引く。
マグナム、と言われる銃を参考に改造を施した。確かに許容魔力は桁違いに上がるが、比例して反動も馬鹿にならない。防御が低いと、手の骨が折れてしまいかねない。まあ、それだけの威力は誇っている。
初めて魔物が吼えた。痛みからか、掴んでいた俺を放す。木の枝を無数に折りながら不時着した俺は、そのまま頭上を見上げる。滞空に気が回らなくなって、落ちてくるかと思ったが、どうやらその心配は杞憂だったようだ。
「それでも、逃げるに越したことはないか」
あの魔物は、魔王直々の指令で動いている可能性がある。ディーの事前情報を鵜呑みにするのであれば、魔王は俺を優先して狙う。その指令が働いているからこそ、最初に俺を捕まえたのだろう。
ディーが前述した魔王の身の上を聞いて、魔王が俺を狙うおおよその理由も、見当が付いている。だから、俺は逃げなければいけない。俺が捕まれば、そこで詰んでしまう可能性すらある。
全員が固まっていた場所へと急ぐ道中、前方からソピアが駆けてきた。
「大丈夫?」
「ああ、服に穴が空いた程度だ。そっちはどうなってる?」
「ドラゴンが吐いた火を、頑張って消してる」
まあ、曲がりなりにも竜だし、火ぐらい吐けるか。何にせよ、早く戻るべきだ。ソピアがこうしている今、火炎の相手をしているのはコウヤしかいない。
「でも、大丈夫」
走り出そうと一歩踏み出すと、ソピアは俺の手を取って、引き留める。大丈夫ということは、つまり。
「ディーが、何とかする」
ソピアがそう言うや否や、魔物の苦悶の声が耳を劈いた。やや見晴らしの良くなった空を見上げると、魔物が切断されていた。まるで、銘のある業物で斬り裂かれたように、すっぱりと。首を切断された魔物は絶命し、飛行能力を失い、その身は墜ちていく。
その光景に、呆気に取られていると、背後からディーに声をかけられる。
「〈快刀乱麻を断つ〉、ってな」
時空間魔法、その片鱗をまざまざと見せつけられた俺は、超弩級のドヤ顔に文句を言うことができなかった。
「途中でリディア拾って、再出発と行きますか!」
陽気に先を行ったディーに、俺はすぐに着いて行くことができない。
いくら発動まで時間がかかると言っても、あんな、威力という次元を超越した魔法が存在するとは、目の当たりにした今でも思えない。俺を救った、世界を救った時空間魔法の力は、ともすれば神にも並び得ると、俺は感じた。
「僕も負けていられないや」
「……あれは、勝敗がつけられるような代物じゃないだろ」
それを言ったのは、ほぼ無意識だった。俺は、時空間魔法を目の前にして、完全に目標を見失っていた。
俺の台詞を聞いたコウヤは、どこか安心したように、諭すように俺に言った。
「『技術に優劣はなくとも、戦果に優劣はある』って、僕の幼馴染はよく言ってたよ」
「よく出来た野郎だな」
「いいや、全然さ。あいつはいつも、言葉が足りないんだ」
そう言ったコウヤの表情は、懐かしさを感じているような、諦めているような、複雑なものだった。
「だから僕が、あいつを補ってやらなくちゃいけないんだ。……いつだって、ね」




