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カウントアップが止まらない  作者: 白辺 衣介
四章 +-二五〇の過去と未来
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+-二五〇の過去と未来 1

 ああ、呆れた。俺の、この半生で、ここまで何かに呆れかえったことはかつてなかった。


 俺も、ソピアも、ともすればコウヤとクリアも、期待していたんだ。今から、物語のような大冒険が始まると。野を森を海を山を越え、その先にいる魔王との戦いに、行く先々にいる強力な魔物との戦いに、意気込んでいたんだ。


「魔王はグロンドにある、洞窟にいるぜ」


 ああ、興醒めだ。世界とはどれだけ狭いものか。


 おかげでディーとリディア以外全員のテンションはだだ下がり。下降の一途を辿っている。

 確かに、グロンドは広い。国という目だけでなく、世界にまで視点を広げても、グロンドほど広い森林地帯はそうそうない。


 それでもさあ……魔王も魔王で、ラインとかいう初心者がたむろする街の近くに、根城を構えないでくれよ。あちこち巡った後に戻って来るのなら分かるが、俺は王都に行っただけだぞ。


「…………」


 ソピアも終始不機嫌だ。誰が悪いという話ではない。強いて言うのなら魔王が悪いが、魔王の居場所を知っているディーにも責任の一端はある。しかし、勝手に期待して、勝手に落ち込んでいることは理解できている。だから、誰も何も言わない。それがまた、空気を重くしている。


 果たして、このまま魔王の根城に特攻して大丈夫なのだろうか。士気というか、連携というか、その辺りの面で。


「なァディー、テメェ魔王と一回会ってンだろ? どンな奴だった?」


 鉛のような空気に耐えかねたリディアが口を開く。普段から余計なことまで口に出すこいつからすれば、今の空気は非常に居心地が悪い。最初に声を上げるのは、リディアかディーだろうということは、容易に予想できた。

 問われたディーは、空気を背負いつつ先行している。明らかに重くなった空気を察して、今まで黙っていた。


「恐ろしく理知的で、情熱的な女だな」

「あァ? 一言で矛盾してンじゃねェか」


 リディアの言う通り、ディーの語った魔王の性格は正反対のものだった。「燃える氷」のように、息つく間もなく矛盾するその表現は、この場にいる全員の眉間に皺を与えた。


「あいつは、ライトニングの嫁でな、ライトニングが好きで好きで、あの引きこもりの借り家に凸って凸って……まあ、これだけだとちょっと熱い女ってだけだが」


 また、重要項を流したディーはそこで一瞬話を区切った。


「ライトニングに関することになると、頭が異常に冴えるんだ。例えば、魔法を造ったり(・・・・・・・)、な」


 ディーが強調した一言で、おそらくリディア以外の全員が今回の騒動、事件の原因を覚った。


「あのクソ野郎がコミュ障じゃなけりゃあ、あいつもここまで暴走しなかったろうに」


 コミュショウなる言葉が何を意味するのかは分からないが、ろくな意味ではないことは、雰囲気から十分に伝わってくる。しかし、話に聞く限りでは、ライトニングがラウンドの祖であることにしっくりくる。絶妙なろくでなし加減が実にらしい(・・・)


 女子二人が怪訝な表情を、俺とリディアがため息を吐く中、コウヤは左手で額を押さえていた。目線も加味すると、自分の中の記憶を整理しているかのような所作だ。


「……引きこもり、コミュ障で……いや、でも、二年前に……二年、前……っ」

「どうかしました? 何か、顔色悪いですけど」

「あ、いや、ちょっとね。体調が悪いわけじゃないんだけど……」


 クリアに声をかけられると、露骨に話を濁した。平静を装っているが、心ここに在らずと言わんばかりの表情だ。今の話のどこかで、こいつの中に引っかかるものがあったのだろう。

 視線を後ろから前に戻せば、いつものへらへらとした表情の一切を消し、謹厳な顔のディーがいた。しかし、俺の視線に気付くと、厳かな雰囲気はどこへやら、一気に顔が弛緩した。


「何か俺の顔に付いてるか?」

「……何も」


 それに触れてはいけないような気がして、俺は何も、何も言えなかった。

 隣を歩くソピアは一連の異変には気付いていなかったようで、魔王の話が始まる前と同じく、口を少し尖らせながら歩を進めていた。


 リディアのおかげで空気はいくらかマシになったが、俺とコウヤは逆に、内に蟠りを抱えてしまった。コウヤは記憶の海に意識を沈め、俺はコウヤの挙動と、ディーのあの表情の正体を模索する。

 たった二人の私情のためにペースを落とすわけもいかず、俺たち六人はグロンドの中を進んで行く。真昼とは思えない暗さから、足元には常に気を張っておかなければならない。


「結局、何日ぐらいかかるんだ?」

「魔物が一体も出ないと考えると丸二日だな。そんなことはあり得ねえが」


 この面子だと、出るも出ないも関係なさそうなのは、俺の気のせいだろうか。魔法砲台二名、盾役一名、物理攻撃一名、万能一名、補助回復一名の、かなりバランスの取れたパーティーで、しかもそのどれもが高水準。軍隊及び群体でない限りは対処ができ、魔物にはそういった行動を取るものはいない。多くてもギリギリ二桁程度だ。

 不意に歩みを止めたディーは、俺たちの方へと振り返る。


「あいつの居場所に近付くにつれて、魔物のサイズがデカくなる。そろそろ出る頃だから、気ぃ張っとけよ?」


 いくらデカくなると言っても、この森の中、そう大きいとすぐに気付きそうなものだ。気を張ると言っても、周りを見渡しても何も見当たらない。ただ木と草が生い茂っているだけだ。まさか、これらの木々が魔物と言うわけでもあるまいに。


「あと、ライブは前に来い。道は指定するからその通りに進め」

「ああ」


 魔物が出るのなら、俺が前線に立つのは必定。背後以外のどこから来られても庇えるように、辺りに注意を払う。

 隊列は変わり、最前に俺、次にディー、それに女子二人が続き、殿は残りの男二人が務めることになった。暗くなり始めた森に目を凝らしつつ、俺は逐一ディーの指示を受けながら先を行く。


「さあ、もうすぐだ。お前ら、特にライブは落ち着けよ」

「トップクラスに落ち着きのねェ野郎がよく言うぜ」

「お前もそのトップクラスだぞ」


 こんな風に、つい口を突いて突っ込んでしまうから、この馬鹿二人の仲間扱いをされるのだろう。この悪癖をどう治療すべきか、そう思考しようとしたその時、ただでさえ暗い一帯が、より一層暗くなった。


「来なすった! 魔法を撃てる奴は、詠唱なりなんなり準備に入れ! 俺の魔法が完成するまで時間を稼げよ!」

「来たって、何が」


 ソピアがディーに問うも、その答えはディーから返って来ることはなかった。


「っ!? ライブ!」


 木々が圧し折られる音にソピアの叫び声がかき消される。そして、俺の体が何かに鷲掴まれる。それに次ぎ、浮遊感が俺を襲う。まず間違いなく、翼を持つ魔物の仕業であると、俺は冷静に判断した。されるがままに空に攫われる俺は、リディアとクリアのアホ面を視界に収めた。


「ど、ど、ドラゴンじゃねェか!!」

「な、何で竜種がこんなところに!?」


 どうやら、俺を抱えているのは竜種らしい。


 死霊と同じく、魔王とは一切関わりのない存在。竜種。存在自体が伝説で、倒せば問答無用で英雄になれると、まことしやかに噂されるほどの圧倒的存在。曰く、竜種には成す術がなく、人類はその災厄が過ぎ去るのを待つしかないと云う。


 仮に、本物の竜種だとしたら、流石に俺でも死ぬだろ。

 レベルの概念が通じない竜種に攫われ、鷲掴みにされ、それでも傷ひとつないということは、こいつは竜種に似せた魔物だろう。

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