勇者の末裔と逸般人 2
ソピアが旅の誘いに来てから三日が過ぎた。尻に敷かれている親父は、異を唱えるなどという無謀なことはせず、ただただお袋の言葉に頷き、相槌を打つだけの人形と化していた。
この三日で準備も終わり、俺でも最低限戦えるように、武器も新調した。防具は必要ないので、パッと見た感じではほとんど変化はない。
今日は昼にギルド前に集合、とソピアから連絡があったので、少し早めに到着するように家を出た。ギルドには、ガチガチに装備を固めたような冒険者は少なく、必要最低限の武器や防具のみを身に着けた、若い冒険者が多い。それでも、稀に屈強な冒険者がいることがある。今日はそんな奴らはいないようで、ギルドは初心者で溢れていた。
平和なものだと思いながら入り口の前で欠伸をしていると、無精髭を生やした中年の親父が俺の隣にやって来た。
「ようライブ。また新商品の売り込みか?」
「違えよ。ソピアに誘われて、今日から旅を始めるんだ」
「なるほど。ソピアは昔からお前の後ろに引っ付いてたもんな」
髭を弄りながら頷いているのはアクス・ウェイ。親父の親友で、ギルドと併設している武具屋の店主だ。引きこもりがちな親父に代わって、昔はよく外に連れ出してもらっていた。
ソピアは家が近いこともあって、あいつの兄貴――リディアと一緒によく遊んでいた。リディアは学校を卒業するや否や、息つく間もなく旅に出た。便りも知らせもないので、リディアの今を知っている奴はいない。まあ、あいつは勇者そのものみたいな奴だったから、多分大丈夫だろう。
アクスは腰を下ろすと葉巻を吸い始めた。普段からやめるやめると言う割には、意志の弱い奴だ。
「何にせよ良かったな。お前、ガキの頃から外に出たがってただろ」
「まあな。ソピアには頭が上がらない」
「そういうことでもないだろ。あの子はあの子で、多分恩返しのつもりだと俺は思うぜ?」
吐いた煙で輪を作りながら、そう言ったアクスは親父よりも親父らしい。
まったく、あの引きこもり親父は何かひとつでもらしいことをしただろうか。
そんな風にとりとめのない世間話をしていると、集合時間ぴったりにソピアは姿を現した。
「よっこらせ。それじゃあおっさんはこの辺りでお暇するかね。無茶しないで頑張れよ、若者」
俺の肩を叩いて、格好つけながらアクスはギルドの奥へ引っ込んで行った。
「アクスさん!? また葉巻吸って! この前今度こそはやめるって言ってましたよね!?」
「ああ、いや、そういう雰囲気だったからノーカンノーカン」
「ワンカウントです!!」
アクスがギルドに戻るなり、受付嬢のものと思われる怒号が飛んできた。
大丈夫だろうか、あのおっさんは。
「待った?」
「いんや。さほど」
動きやすさを重視した結果なのか、ソピアの服装は学校の制服にスパッツを穿いただけのものだ。俺もあまり人このことを言えた立場ではないが、もう少し服装について関心を持った方がいいんじゃないだろうか。
淡白なソピアは、これと目的を定めてから行動を開始する。答えを探すことが目的なら、答えが見つかるまでは思慮に耽る。だから、ソピアは単一の作業を行うことに長けている。それはこういった場にも表れており、俺とソピアが揃うなり、ソピアはギルドの中にある依頼が掲示されている場所に一目散に向かった。
依頼の内容は千差万別で千態万状。草むしりから魔物討伐、古ぼけて黄ばんだ紙からたった今掲示された紙まで実に多様性に富んでいる。
「え、と……」
事前にどんな依頼を請け負うのか決めていたのであろうソピアは、低い身長で大きな掲示板に貼りつけられた依頼のひとつひとつを確認していく。
こと冒険においては完全に素人、学校での冒険系統の実技授業はことごとく補習を受けていた俺は、こればかりはソピアを先導することができない。魔物との戦いか、それとも平和的な依頼なのか。年甲斐もなくそわそわしながらソピアの背を見つめる。
「おおっとお!? そこの少年少女はもしかしなくとも、初依頼かあ!?」
ソピアと掲示板の間に、やけにテンションが高い男が割り込んだ。何がそんなに楽しいのか、顔面には煌々とした笑顔が張りついている。
「この心優しいディーさんが、依頼の何たるかを教えてやろうじゃあねえか!」
「必要ない」
ソピアにしては珍しい、重い声でディーと名乗った男の提案を断ち切った。俺からは背中しか見えないが、より一層のジト目を注いでいることだろう。
「いやいや、そう言うなって。なあ? 見返りを求めるわけじゃあねえ。これはいわゆる親心的なもので、俺の存在は必ずお前らにとって有益なものになると約束しよう!」
「邪魔」
だらだらと喋ったディーを、たった一言で切り伏せたソピアはディーのさらに後ろに回り込んだ。
ソピアには話が通じないと見たディーは俺を見た。そして瞳を輝かせた。
そこはかとなく、嫌な未来が見える。
「なあ兄ちゃんよ、兄ちゃんは説明聞きてえよな?」
「いいや。まったく」
こいつは序盤特有の説明役なのだろうか。絶対に説明を聞かなければいけない類いの。昨今の物語でも、こんなキャラクターは見かけない。化石のような男だ。
俺に狙いを定めたディーは俺の肩に腕を回した。異様に馴れ馴れしいこの態度に、俺は深い不快感を覚えた。
「いいじゃんかよー、ちょっとぐらい聞いて行けよー。なーあー」
「助けなら別のところで借りるから、今は必要ない」
「おっ? 言ったぞ? 言ったからな? じゃあ、俺の助けが必要な時は、『助けてディー!』って言えば光の速さで駆けつけっから!」
俺の適当な方便で満足したのか、ディーは言うだけ言ってギルドから去っていった。もう二度と会うことはないだろう。
しかし、あの男はどこかで見たことがある気がしてならない。ただのデジャヴか、それとも記憶に残らないほど幼い頃に会っているのか。
それはさておき、依頼の選定を終えたソピアが足りない身長で紙に手を伸ばしている。伸びても跳ねても、どう足掻いてもソピアには到底届かない位置にそれがあるようなので、代わりに俺が取ってやる。
「これで合ってるか?」
「うん。それ」
依頼の内容はファング一頭の討伐。ファングというのはこの辺りに生息するグラスレオの通称。名の通り主に草原に生息しているが、雑食であるが故に畑の周辺に生息地を移すことがある。この依頼の内容も、畑を荒らされた被害者がギルドを仲介したもののようだ。
初心者が請けるにはいささか難易度が高めな気もするが、勇者の末裔と壊れステータスの俺がタッグで請けると考えれば妥当だろう。
たったレベル二〇で、一〇万を超えるステータスを持った人間など、史上存在しないのだから。




