白い息が蝶のように舞う
「いじわる」
「そうか? ウタには俺、いちばんやさしいんだけど」
ふっと、腕をつかんでウタをベッドの上に押し倒す。
ベッドがきしむ音が聞こえて、胸の鼓動を感じるくらいに体を寄せた。
「今日で、二回目。忘れてないよな? ウタ」
「――うん」
「今からでもしたいけど」
「……んっ」
首筋にくちびるを寄せられて、呼吸がとまる。
「夜までがまんする。そういう約束だからな」
「律儀だね」
「まあな。嫌われたく、ないんだ」
「勇魚は、不安なの?」
「……そりゃ、不安だよ。いつも」
前髪がゆれる。勇魚はすこし、つらそうに笑った。
不安。
それはどこまでもついてまわるものだった。自分の影のように。
自分たちは男だ。
両親にさえ、打ち明けることはないだろう。それこそ、死ぬまで。
「そっか……」
「べつにおまえとこうなったの、後悔なんてしてねぇけど」
そうだ。勇魚はまだ高校生なのだ。
だから、不安になることもあるだろう。
まだ十代の、みずみずしいこころ。二十歳と十代の差は、ちかいようで遠い。
たとえあと3年で二十歳になるとしても、その差はおおきいはずだ。
「勇魚、携帯なってるよ」
机の上に置いてある勇魚の携帯が、震えている。
彼はベッドからおりると、携帯を耳にあてた。
「もしもし。どうかしたのか?」
ウタもベッドからおりて、勇魚のとなりに立つ。かすかに聞こえてくるのは、のぞみの声だった。
「ずいぶん遠いところまで行ったんだな。分かってるよ、飯くらい、どうにかすっから」
勇魚はどこか呆れたように、携帯を切った。
それから、ふたたび携帯を机の上においた。
「隣の県まで、初詣に行ったみたいだ。けど電車がとまってるから、帰るのは明日になるってよ。近くでホテルとったって言ってた」
「そんなに吹雪いてるんだね。大丈夫かな」
「まあ、ホテルとれたって言ってたから大丈夫だろ。今日の夜中にはやむみたいだし」
「うん、そうだね」
窓を見る。
外は、ひどい吹雪だった。窓も風でがたがたと鳴っている。
「それにしてもすげぇ吹雪だな。これじゃ夕飯にも……」
「冷蔵庫のなかのものですまそう。僕がつくるから」
「いいのか?」
「うん。あんまり期待されても困るけど」
勇魚はうれしそうに笑っている。
それから机の上に置きっぱなしだった昼食をとるために、ビニル袋を持ち上げた。
冷蔵庫のなかには、冬野菜のだいたいのものがあった。
牛肉や豚肉もある。
これだけそろっていれば、買い出しに行かなくても済む。
それに、おせちの残りもある。和希たちがいないけれど、食べてしまってもいいだろう。
ウタは献立を調べるために、携帯をとりだした。
勇魚は自室で、ベッドに寝転んでいた。
手には、本。
文字をおっているつもりはない。
ただ、文字のかたちを見つめているだけだ。
「……不安、か」
ひとりごとを呟いても、応えるひとはいない。
それでよかった。いまは。
そうだ。不安なのだ、勇魚は。
けれど、後悔などしてはいない。
後悔すると分かっているのなら、ウタに恋などしなかった。
当たり前のことだが、ウタも勇魚も男だ。
それを重いと感じるのか、それとも気にしないと感じるのか、勇魚はどちらなのか。
わからない。きっとこれが、不安のもとなのだろう。
不安だ、と。
嫌われたくないのだ、と。
弱音を伝えても、ウタは何も言わなかった。笑うこともなかった。
ただ、うなずいてくれた。受けいれてくれた。
それが、うれしかった。
どこかで、自分はウタよりもしっかりしていなくてはいけないのだと思っていたのかもしれない。
そんなこと――どちらが上だとか下だとか、そんなものはないというのに。
ウタが聞いたら、きっと「どうしてそんなことをいうの」というだろう。
そして、叱るはずだ。
ウタは、強い。
自分とむきあうこと。それはいちばん難しいことのはずだ。
けれど、彼は自分自身と、そして両親と向き合おうとしている。
置いていかれている、とまったく思わない、とは言えない。
ウタは、待っていてくれるだろう。となりに立つまで。
ノックの音がする。
「勇魚、ごはんできたよ」
「わかった」
リビングに戻ると、ちいさめの鍋が置いてあった。
「水炊き。切って入れただけのものだけど」
「じゅうぶんだって。じゃ、食べようぜ」
「うん」
かすかな沈黙がおとなう。
やはり、意識するなというほうが無理だ。
二回目、とはいえ。
「緊張する?」
「……うん」
「俺も」
「ほんと?」
「本当」
かすかに笑ってみせるウタの表情は、それでも強張ってはいなかった。
信頼してくれているのだろうか。
「あのね、勇魚」
「ん?」
「僕は、不安だった。ううん、今も不安だと思う。僕の……実の両親とのこと」
「ウタ……」
「でも、勇魚たちがいてくれるから、僕は、きっとだいじょうぶになれてる」
さらりと髪の毛がゆれ、ほほえんだ。
それがとてもきれいで、胸がしめつけられる。
勇魚も、ぎこちなく笑ってみせた。
鍋と食器を洗い、足音をたてないように、静かに階段をのぼる。
なぜだろうか、静かにしなければならない気がした。
勇魚の部屋に、ウタとともに入る。
窓がガタガタとふるえていた。
吹雪いているのだろう。
「ウタ」
「……ん」
いざなうように、ベッドにすわらせる。
その隣にすわって、呼吸をした。呼吸することは、当たり前のことなのかもしれないのに、どこか苦しい。
手をにぎる。
ウタの手はすこし、つめたい。
「いい?」
「――うん」
勇魚の手がウタの肩に触れて、ゆっくりとベッドの上に倒れこんだ。




