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くじらの歌  作者: イヲ
22/29

真綿のような雪をただ、見上げる

 それから、ウタの両親が訪ねてくることはなかった。

 だが、これで諦めたとは思えない。

 そう思うと、毎日、すこしずつ疲弊してきたような気がする。


 早いもので、今日で今年が終わる。

 おせちをつくるといって張り切っているのぞみは、腕をまくって栗きんとんを作っているようだった。

 手伝おうかと言っても、彼女は「これが今年最後の大仕事だから」と言って、手伝いを拒んだ。

 なので、ウタの部屋にいるのだが、だいぶ前から筆がとまっていた。


「筆、止まってるな」

「うん……」

「邪魔だったら、部屋もどるけど」

「戻らないで。ちょっとだけ疲れただけだから」

「そっか」


 ウタは勇魚のとなりに座りこんで、ふう、と息をついた。

 だいぶ、疲れているようだ。


「少し休んだ方がいいんじゃないか?」

「平気。それにしても、早いね。もう、今年もおわり」


 話をむりやり変えようとしているのが分かる。勇魚はそれを甘んじて受け、そうだな、とうなずいた。


「ねえ、勇魚。初詣、一緒に行こう」

「ああ、うん。いいけど」


 ウタはうれしそうに笑う。

 初詣なんて一年に一回、毎年いっているが、ただ人が多くて疲れるだけだ。

 それでも、今年はウタがいる。

 一緒に行くのも悪くはないだろう。


「ウタ」

「?」


 そっとウタの手を握る。

 彼の手はいつもどおり、冷たい。こんなに冷えた手で、筆を握ることができるのは、もはや執念としか言いようがない気がする。


「勇魚の手はあったかいね」

「おまえの手が冷たいんだよ。それより初詣、いつ行くんだ?

「できるだけ、早いほうがいいね」

「じゃ、二年参りってことで早めに出るか」

「うん」

「言っとくけど、二人きりでだぞ」

「うん」


 そうでなくても、のぞみは寒さが苦手で、二年参りなど行ったことがない。

 深夜だから、余計寒いだろう。

 和希もおそらく、のぞみが行かないなら行かないはずだ。蛍も。


「二年参りなんて、何年ぶりだろう」

「俺は初めてだけどな。母さん、寒いの苦手なんだ」

「そっか。楽しみだね。勇魚」

「そうだな。でも、深夜に出かけて。疲れてないか?」

「大丈夫だよ」


 きっぱりと大丈夫、と言っているのだから、大丈夫だろう。

 時計を見ると、そろそろ夕飯の時間だ。


「下、行こう。夕飯、出来てると思うから」

「うん」

「あ、ウタ」


 忘れないようにと、念をおすために彼のなまえを呼ぶ。


「なに?」

「忘れるなよ。姫はじめ」

「う……、う、うん」


 恥ずかしそうにうなずくウタを、一度抱きしめる。部屋はあたたかいはずなのに、ウタの身体は冷たかった。

 そっと体を放して、部屋から出る。


 リビングには、すでに三人とも席についていた。


「あら、今呼ぼうと思ってたところよ。ちょうどよかった」

「年越しそばもあるからな」

「あ、そうだ。俺たち、二年参り行ってくるから。11時半くらいになったら出る」

「こんなに寒いのに、行くの?」

「寒くない冬なんてないだろ」

「気をつけてな」

「分かってるって」




 大みそかの料理は、クリスマスと同じくらい、豪華なものだった。

 今までの大みそかの料理と言えば、スーパーのオードブルが精いっぱいだ。

 確かにオードブルとおなじような品々だけれど、すべて、のぞみが作ってくれたものだとわかる。


「それにしても、今年はいろいろあったなあ」

「あなたとも出会えたしね」


 のぞみは嬉しそうに食後のあたたかい緑茶をのんでいる。


「なあ、母さんはどこで父さんと会ったんだ?」

「そうねえ。春ころ、私が履いていた靴のヒールが折れちゃってね、助けてくれたのが和希さんなの。ドラマティックでしょ?」

「……わざとじゃないだろうな?」

「まさか。だから運命なの! すてきでしょう?」


 この少女の心をもったまま大人になったような女性が、母親であるのぞみだ。

 時計を見ると、もう11時半近い。

 蛍はソファの上で毛布にくるまって眠っている。

 たしか、一緒に年越しをしたいといって聞かなかったから、12時近くになったら起こすだろう。

 まだ、自分の思い通りにならないとぐずる年だ。


「じゃあ俺ら、二年参り行ってくるから」

「気を付けていくのよ」

「うん」


 うなずいて、玄関をあけると、覚悟はしていたがひどく冷たい風がほおをぶつ。

 おもわず目をつむってしまう。


「寒いな。ウタ、ちゃんとマフラーしてきたか?」

「うん。……父さんのだけど」

「自分のないのか」

「あんまり、家から出ないから……必要ないかなって思ってた……」

「せっかくだし、初売りで買おうぜ」

「そうする」


 外は当たり前のように暗い。

 電灯がところどころあるくらいで、あとは本当に暗かった。


「ここから10分くらい歩いたところに、神社あるんだ」

「そうだったんだ。知らなかった」

「結構古いところだけど、ちゃんと管理してる人がいるから、きれいなところなんだよ」

「……最近、減ったよね。ちゃんと手入れされている神社」


 ウタはぼんやりと呟いて、空を見上げた。

 星が、銀色に輝いている。

 きれい、とウタがつぶやく。


「そうだな。きれいだな」

「ずっと、見てたい……」


 はじめて星を見たかのように、ずっと見上げている。

 空に針の先で穴をあけたかのようなそれ。

 まわりに人の気配はない。

 ウタの、手袋もしていない手を握りしめる。


「行こう」

「――うん」


 神社は、ほんのわずかだが人がいた。

 まだ12時にはなっていないが、この寒さのせいか、早々に初詣を済ませてしまっている人もいる。


「意外だな。人がいる」

「そんなに意外なの?」

「手入れされているとはいっても、いつもは宮司さんも誰もいない神社だからなあ」

「そうなんだ……」

「どうする? ここでさっさと初詣すます人もいるけど」

「ううん。ちゃんと二年参りしておこう」

「分かった」


 律儀だな、とそっと笑う。

 木々がしなるほど、風が強くなってきた。

 星がまだ見えているから、雪は降らないだろうけれど。


 スマートフォンの画面を見た。

 あと5分で「来年」になる。


 ふと周りをみると、わずかながらにいた人が一人もいなくなっていた。


「人、誰もいなくなったな」

「そうだね」


 そっと、ウタが肩を寄せてくるけれど、うつむいているからか表情は読み取れない。

 

「……勇魚」

「ん?」

「来年も、いっしょにいてくれる?」

「ずっと一緒にいるって言っただろ」


 腕をとって、抱きしめる。

 静かな場所だ。

 誰かが来たらすぐにわかるはずだ。


「うん……ありがとう。勇魚」

「あ」


 遠くで、除夜の鐘が聞こえてくる。

 いつの間にか、5分たっていたのか。


「おめでとう。今年もよろしくな」

「……おめでとう。こっちこそ、よろしくね」


 黒い、冷たい髪が腕の中で動く。

 髪の毛を梳くように頭を撫でた。

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