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くじらの歌  作者: イヲ
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きれいな音のリフレイン

 月曜日も、雪が降っていた。黒いブーツを履いて外に出たが、それほど積もってはいない。

 電車も、通常通り運行しているようだ。


 勇魚はブレザーのタイを無意識にゆるめて、電車に乗り込む。

 いつもどおり、混んでいた。椅子に座れはしないが、知った顔があった。


 如月ゆかだ。

 赤と白のストライプのりぼんをいじっている。

 電車のなかはすこしだけ、あつい。


「あ、おはよう。月宮くん」

「おはよ」


 あくびを飲み込んで、椅子にすわっている如月の前にたつ。


「なんか最近よく会うよね。電車の中で」

「ああ、まあ、そうだな」


 気づいていなかったが、如月が気づいていたのだろう。あいまいにうなずいておく。

 濃い茶色をした、肩までの髪の毛が、ふっとゆれる。


「もうすこしで冬休みだね。月宮くんは予定、あるの?」

「予定? あるっちゃあるけど。家族サービス」

「家族サービス? 月宮くんまだ高校生なのにね」


 如月はおかしそうに笑っている。

 だが、うそではない。

 クリスマスイヴは先約があるし、クリスマスはさすがに家族団らんに費やさねばならない。

 蛍にとっては初めての「お父さん」がいるクリスマスだ。

 プレゼントだって期待している。

 生きているのか死んでいるのか分からないほんとうの父親からは、プレゼントなど貰ったことがないから、なおさらだろう。


 電車が停車する。

 学校のもより駅からおりると、如月は勇魚のうしろをついてくる。

 特に気にしないで校門を通り過ぎ、下駄箱にブーツをいれて、教室に入った。

 教室はすでに温まっていて、外の気温との差にわずかなめまいを感じる。


 高校2年がもうじき終わろうとしていることを示唆しているのか、、ショートホームルームで受験の話を教師がしていた。


「受験ね……」


 とりあえず、大学は行く予定だ。

 のぞみもそれを望んでいる。けれど、なにも考えないで大学を選んで、受験して、それからどうなるというのだろう。

 ウタのように、得意なことを理由に大学に進められれば、いちばんいいだろう。


 迷わなければならないのだと、教師のことばで実感した。


「月宮」

「あ?」


 窓辺の席なので、ぼんやりと窓の外を見下ろしていると、後ろの席のクラスメイトが勇魚を呼んだ。

 名前を高林という、髪の毛を茶色に染めている男子だった。


「お前さ、如月とつきあってんの?」

「は? 付き合ってないけど」

「ふうん……。なら、別にいいけど」


 高林は疑わしげに勇魚を見下ろしたが、すぐに席から離れていった。

 「なら別にいいけど。」それは、高林が如月のことを好きだということだ。

 勇魚には関係ないが、面倒なことに巻き込まれたくはない。




「月宮くん」


 下校時間になり、鞄に出された宿題のため、教科書とノートをいれていると、すこしあまいにおいのする如月がいた。


「なに?」

「あの……クリスマス、あいてない? クラスのみんなと、クリスマスパーティやろうって……」

「ああ、悪いけど、電車の中で言ったとおり。家族サービス。弟がはじめての”お父さん”からのプレゼント、楽しみにしてるから」

「そ、そっか。ごめんね。何度も。じゃあ、また明日」


 如月は困ったような表情をしてから、教室を小走りで出ていった。

 クラスでクリスマスパーティ、という噂は聞いたことがない。


 ちいさく息をつき、鞄をもって駅に向かった。

 雪はもう、降っていなかった。




「ただいま」

「おかえり。勇魚」


 リビングにいたのは、のぞみではなくウタだった。

 エプロンをして、手には包丁が握られている。


「なに、夕飯?」

「うん。のぞみさん、遅くなるって言ってたから」

「作れんの、おまえ」

「それなりに。おいしいかどうかは分からないけど、父と二人暮らしだったから」

「へえ。なに作んの」

「ペペロンチーノ。簡単なのでごめんね。この前、イタリア料理店に行ったでしょう。そのとき、ほんとうはペペロンチーノにしようかと思ってたんだ。だから、今日作ってみようって思って」


 ガーリックのいいにおいがする。

 ペペロンチーノのほかに、水菜やレタスをつかったサラダも作っている。

 ドレッシングは自分で作ったとも言っていた。


「ウタ」

「ん?」

「今日さ、クリスマスにクラスのやつらとクリスマスパーティやろうって言われたんだけど」

「行かないの?」


 ウタは、当然のように聞く。行かないよ、と勇魚は当たり前のようにこたえる。


「そう」


 安心したように、そっと息をついた音が聞こえた。


「一応、家族サービスって言っておいたけど。蛍にとってもはじめて父親がいるクリスマスパーティだからな」

「家族サービスか。ふふ、確かにそのとおりかもね。料理も楽しみにしてる」

「うちのクリスマスの夕食は豪華だぞ。安心しろ」

「うん」


 手を動かしながら、ウタはわらう。

 白いうなじが見えて抱きしめたくなったが、ここはリビングだ。

 いつのぞみたちが帰ってくるかわからない。


 ソファにすわり、ローテーブルに出された課題にとりかかった。


 すこしテーブルが低いが、ここはウタが料理をする姿を見ながらすることにしよう。

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