ふけない(ショートショート14)
ウンコを出し終わって、いざケツをふこうとしたときだった。
右手がいきなり動かなくなる。
――うん?
考えるまもなく、右手が言った。
「おい、左手。今日からは、オマエがケツをふけ!」
「なんだよ。そいつはアンタの仕事だろ」
左手が言い返す。
「ワシは六十年もふいてきた。いいかげんうんざりなんだよ」
右手はフンと鼻を鳴らし、ケツをふくことを断固として拒否した。
それからはまったく動こうとしない。
こうなったら左手でふくしかない。オレは左手でトイレットペーパーをつかみ、ケツの穴に近づけた。
「うへっ! くせえー」
左手がのけぞるように手首を曲げ、トイレットペーパーを投げ捨てる。それからケツを離れ、右手の前に行った。
「アンタの気持ち、とくとわかったよ。六十年も、よくこんなことを……」
「ワシはずっとやってきたんだ。どんなにつらくてもじっとがまんしてな」
「まかせっきりですまなかったよ」
「いや、ワシも言い過ぎた」
「これからも仲良くしようぜ」
「もちろんだ」
右手と左手は、主であるオレの存在を忘れたかのようだ。指をからめて強く抱き合い、いつまでも離れようとしなかった。
ケツがふけない。