表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四半世紀に光あれ!  作者: 正坂夢太郎
疫病神とヴィーナスと僕
3/4

七浪って、それはないでしょう!

 平穏無事に第三新聞部に入部してしまった僕は、そばかすの小麦さん(どうやら彼女は第三新聞部唯一の二回生らしく、部長や副部長は別にいるらしい)に粗い説明を受けて、その場はお開きになった。また数日後に新入生歓迎バーベキューがあるらしい。ヴィーナスと再会するのは、その時になる。

 入学式で貰ったエコバッグを肩に担ぎ、僕は大学前の坂を下りていった。

 僕が暮らすことになった学生寮『藁葺わらぶき寮』は、この大学に存在する学生寮の中で最低ランクの学生寮だ。学生寮というものはどこもかしこも似たり寄ったりだとは思うが、藁葺寮は常軌を逸していると言っていい。


「ひゃほあーっ!」


 奇声とともにガラスの破砕音が響いた。誰かが窓から飛び降りたのだ。続いて水しぶき。中庭の池に飛び込んだのだ。さらには拍手喝采。見物客までいるらしい。

 僕は自室の窓から中庭を見下ろした。酒瓶を両手にもって池で泳いでいる男を中心として、数十人の男が酒宴を繰り広げていた。僕は自室へと視線を戻す。

 木造(さすがに藁葺きではなくて、僕もホッとした)四階建てのこの寮の、三階西側端に、この部屋はある。角部屋ではあるが、窓は中庭側のみにしかついていない。薄汚れた二段ベッド、茶色の(元々は白色だったらしい痕跡がある)丸いカーペット、床の木板の隙間にはパン屑のような白いものが挟まっていて、カーペットの中心に丸テーブル、椅子が二脚。クローゼットらしき物体と、元々はハンガーだったのだろう、水色の針金が床に転がっていた。

 話には聞いていたので別段失望したということはなく、しかしやっぱり少し頭を抱えて、僕は椅子の一脚に座った。少しがたつくが座れないことはない。

 僕はカバンから携帯ゲーム機を取り出し、ルームメイトが来るまでしばし暇を潰すことにした。なんでも、初日の夕飯はルームメイトと共に摂らなければならないらしい。さもなくば減点される、と隣室の男が言っていた。『減点』が何を指し示しているのかは判然としないが、極力避けた方がいいのだろう。

 そして30分ほど経っただろうか。みし、みし、と廊下から足音が近づいてきて、僕の部屋の前で止まった。そして扉が勢いよく蹴飛ばされた。

扉は宙を舞い、僕の頭を掠めて、窓を突き破り、中庭の池へ落ちた。入り口から窓にかけて、『暴力』と呼ぶに相応しいものが一瞬にして駆け抜けたのだ。はらはら、と数本の髪の毛が床に落ちる。


「あ、なんだ、いたのか」


 先ほどまで扉があった場所に、男が立っていた。彼は、摩りきれた学ランの上にマントを羽織り、破れた学帽を被っていて、ぼさぼさの長髪、ながったるいあごひげがゆらゆらと揺れていた。腰には手拭いらしき布がぶら下がっていた。僕は罵倒の言葉をぐっとこらえ、今世紀最大の苦笑いを浮かべた。


「えっと……誰ですか」

「俺? 俺は“疫病神やくびょうがみ”だ」

「はい?」


 両手にガラクタのようなものを抱えたまま、男は繰り返した。


「俺は“疫病神”、七尾一世ななおいっせいだ、以後よろしく」


 よろしくしたくない。僕は心からそう思った。

 七尾はガラクタを床にばらまいた。ガラガラガラと音を立てガラクタは床を埋めつくす。


「で。お前は誰だ」と七尾はあごひげを揉みながら僕に問うた。

「あ、僕は、飛鷹優雅です」

「ふん」七尾はなぜか鼻で笑った。「気持ち悪いから敬語はやめてくれ、ルームメイトだろ」


 僕は今世紀最大の苦笑いを更新した。

 むしろ本当に彼がただの疫病神なら、どれだけよかったことだろう。彼は実在の人間で、しかも僕のルームメイトなのだ。これから四年間、寝食を共にしなければならない。

 七尾は椅子に腰かけ、懐から煙草を取り出した。そしてそれを口にくわえ、僕をじっと見た。


「吸うか」

「いや、僕は」

「あ、そう」


 七尾はマッチで煙草に火をつけ、スパスパと吸い始めた。煙が部屋に充満する。藁葺寮は禁煙だが、そんなことを注意するのはもはや馬鹿らしかった。

 扉があった入り口には、壊れた蝶番ちょうつがいが揺れていた。紫煙が、割れたガラス窓から外へ流れ出す。


「えーと」僕は沈黙に耐えきれなくなり、ゲーム機に目を落とした。「七尾はゲームとかやる?」

「ゲーム?」七尾はしかめっ面でゲーム機を睨んだ。「花札か? 麻雀か?」

「いや、そういうのじゃなくて、電子ゲームとか、こういうの」


 僕はゲーム機の画面を見せる。そこにはとあるアクションゲームのワンシーンが映っている。


「しないな」

「よかったら、やっていいよ」


 この時の僕は何をトチ狂っていたのか、七尾にゲームを勧めた。恐らく、ルームメイトとして少しでも仲良くなろう、と思ったんだろうし、そしてゲーム仲間が出来れば楽しいだろう、そんな浅はかな考えでゲーム機を差し出したんだろう。


「いや、俺はそういうのはできない」

「やってみなきゃわかんないじゃないか」

「遠慮しとく」

「やり方は教えるからさ」

「電源を切った方がいいんじゃないか」

「何言ってるんだよ、電源切ったらゲームできないぞ、いいからやってみろって」

「後悔しても知らんぞ」

「ははっ、なんだよ、後悔って?」

「壊しちまうかもしれんからな」

「よっぽど乱暴しなきゃ壊れたりしないからさ」


 そして僕は、七尾にゲーム機を渡した。

 ボンッ!

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。ゲーム機は漫画みたいな音を出して爆発したのだ。


「それ見たことか」


 七尾は、粉々になったゲーム機を床にばらまいた。僕は口をあんぐりと開けるしかない。


「な、な……」

「もう一度ちゃんと自己紹介しとくべきだな」


 七尾は煙草を窓の外に弾き捨て、あごひげを揉んだ。


「俺の名前は七尾一世、全ての電化製品を故障させる体質がある。付いたあだ名は“疫病神”、七浪25歳の童貞だ」


 僕は口を更にあんぐりと開けるしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ