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昼ごはんの味

『乳がんは乳腺にできる悪性腫瘍で、一般的なものは乳腺の中を這うように大きくなります。小さいものなら腫瘍部分をくりぬく形で取れますが、ある程度大きくなると取り残しが心配になります。乳腺と脂肪組織を一緒に切り取って、場合によっては脇のリンパ節も取ります。ただし、腫瘍の性質によっては広範囲に取っても腫瘍だけ取っても、その予後はデータ的にみると大差がありません。術式は選択できるので考えておいてください』

注文したレディース御膳をほとんど平らげてから、

「お父さんから一般的な話は聞いていたから、いくらか冷静に説明を受けられたの。だから今もご飯が食べられたのかも」

医師が淡々とした口調で説明してくれたことを、ホット烏龍茶を飲みながらお母さんが話してくれた。私は日替わりのちらし寿司を注文したが、食べ物がのどを通らないという感じで、半分も食べられなかった。残り半分を食べてくれたお父さんが、

「仕方がないと思うけど、こんなに残すなんてめずらしいな」

と、出されたものは残さないように心がけている私を心配してくれた。しかし返事ではなくて、

「ねえ、お父さん。乳がんは治るものなの。この間テレビを見ていたら、お母さんくらいの年で乳がんの手術を受けた人が出ていたんだ。抗がん剤の点滴でつらそうにしていたよ。大丈夫なのかな」

何が大丈夫なのか自分でもわからなかったが、自然とこの言葉がでた。今の不安な気持ちが現れたのだろう。

「明日、手術の前に必要な検査を受けにもう一度病院に行ってくるからね。その時にお父さんも一緒に手術の話を聞いてくるから、その後なら話ができるよ。どの程度のものなのかがわからないから、今は説明ができないんだ。手術をしたら、まず切り取ったものの組織検査をして、悪性だったらどの程度のものなのか分類しないと治療方針が決まらないんだよ。手術前に組織をとって調べる生検という方法もあるけど、もし悪性だったらその細胞を蒔き広げてしまう可能性もあるから今回はやらないといっていたよ」

茶碗蒸しを口に流し入れて、「おとうさん、聞きたいのはそれじゃあない。答えになっていないよ」という言葉を一緒に飲みこんだ。私が生まれるずっと前に、お母さんは実のお兄さんを白血病で亡くしている。白血病は血液のがんで、治療しても助からなかったことを以前話してくれた。

「お母さんのお兄さんは、最後まで落ち着いて自分の状況を受け入れていたよ。自分だったら取り乱すかもしれないけどね」

もう昔のことだと笑いながら話してくけたけど、今はどうだろう。そう考えると、聞きたいことはあるのに言葉が出てこなかった。

食後の飲み物と一緒に、デザートとして大好きなフルーツタルトが運ばれてきた。しかし残念なことに、食べても口の中を甘くするだけで味がよくわからなかった。食べ終わったあと、お父さんのコーヒーをもらって少しだけすすった。焦げくさくてちょっと酸っぱい飲み物は、お父さんに言わせると「苦味と酸味が調和していて味わいが深い」のだそうだ。私には理解できない味だったが、口の中にべったりついていたものは洗い流されてさっぱりした。いつかはこの味がわかるようになるのだろうかと思いながら、ふと窓の外を見た。二階の窓から見える黄金色の稲穂が、色々な方向に揺れている。もう少ししたら、赤城おろしで街が急に寒くなってくる。そのころに家の生活が変わっているのだろうと考えるだけで、すこしだけ手のひらがしびれるような感じがした。

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